シェアハウス ①
本郷から西崎に電話がかかってきたのは、それから2時間ほど経った時だった。
凪としては意外だったが、その間、桜呼と取り止めのない話を続け、全く時間は気になっていなかった。しかも、結構楽しかったのである。
西崎は電話が鳴るなり、さっと体を起こし、軽く頭を振ると、いつもの調子で話し出した。
「寝起きいいな……」
凪の呟きに、
「良すぎて怖いわ」
桜呼が頷く。
「―ああ。分かった」
通話を終えると、西崎は首を回して肩を回した後、
「ショートスリーパーなもんで。いつもこんな感じだぜ」
凪と桜呼にニヤリと笑ってみせた。
ヒソヒソ声だったのに、電話中でも聞き取れていたのは、ウィンガーならではというより、西崎ならではだ。
「コーヒー、あるか?」
伸びをしながら、遠慮なく聞く西崎に、
「紅茶ならあるわよ」
桜呼はティーポットをかかげてみせた。
「ああ、じゃあ、それでいいや」
「そういう時はね、」
桜呼は無表情でポットにお湯を注ぎながら言った。
「それがいいや、って言うのよ」
(ほぉ、)
凪は声が出そうになるのを堪えた。自分だったら、こんな言い返し、絶対できない。
凪の隣まで来た西崎は、
「はい、それがいいです」
あからさまな棒読みのセリフでお茶を受け取った。
チラリと凪を見下ろした目が笑っている。
(こんな茶目っ気のある顔……するんだ)
桜呼と西崎の間の空気が険悪でない―むしろお互い茶化しあっているようなところがある―のを感じたので、凪は何も言わずに座っていた。
「さて、どこかで腹ごしらえしてから行くか」
半分ほどお茶を飲み、一息つくと凪を見て、西崎が言った。
どこへ行くのか言わないのは、先ほどの電話の内容が2人にも伝わっていることを確信しているからだ。
「どうする?一ノ瀬も来るか?」
桜呼はすぐに首を振った。
「今回の事件は私は無関係だもの。エレナにも、特に会いたいとも思わないし」
「ま、そうだな」
西崎もその答えを予想していたらしい。
「でも、集合場所や打ち合わせに使うなら、ここの場所の提供はするわ。今のところ、ジーズが使えないでしょ」
「それは助かる。Thank you 」
長身の2人がカウンター越しに会話する様が、凪にはなんともスタイリッシュに見えた。そばにいる自分が、いささか場違いにも。
「警察から帰されたってことは、事故、で片付きそうなんでしょ?エレナの様子が変って、どういうことなのかしらね」
「いや、できるだけ出歩くなってのは、事件の可能性も捨てきれないからだろ。検死にどれくらいの時間がかかるのか分からんが、その結果待ちだろ」
凪は電話の向こうの本郷の言葉を思い出していた。
―エレナのヤツ、警察から戻ってから、妙にソワソワしてさ。帰りの車の中も張り詰めてる感じ……本人は否定してるけど、何かに怯えてるみたいなんだ……
そして、凪と話がしたいと申し出たのは、エレナの方からだという。
もちろん凪も、もう一度落ち着いて話し合ったほうがいいとは思っていたが、昨日の攻撃的な態度がどう変化しているのか、ちょっと予想がつかなかった。
到着時間に合わせて、駅にはマイケルが迎えに来てくれていた。
西崎は後部座席のドアを開けて凪を乗り込ませると、自分は助手席へ落ち着いた。
誰かに車のドアを開けてもらったことなどそうない凪は、それだけで調子を狂わされ、あたふたと車へ乗り込んだ。
「疲レマシタヨ。何回モ、何回モ、同ジ話サセラレテ!」
走り出すなり、マイケルは愚痴をこぼした。
「マイケルの印象としてはどうなんだ?事故だと思うか?」
マイケルは大きく頷いた。
「アノ時ハ、ミンナ1階ニイマシタ。誰カ、侵入シテイタナンテ、アリエマセンカラ」
「エレナちゃんは、なんて?」
身を乗り出すようにして凪が聞くと、今度はため息をついて首を振った。
「凪サンガ来タラ、話スト言ッテマス。ナントイウカ……昨日ヨリ、素直ニナッテマス」
それは、どういう心境の変化だろうと、凪は考えた。
牽制し合っていた間柄とはいえ、ジャネットの死はショックだったのは確かだろう。
ただ、エレナとしては、うるさい監視役がいなくなり、都合のいい点もあるはずだ。
道路は駅前こそ混み合っていたが、5分も走ると車の流れはスムーズだった。
タイミングよく信号にもあまり引っかからず、15分もせずに、目的地のシェアハウスへたどり着く。
閑静な住宅街の一角だった。
グレーの外壁のシンプルな一軒家。
二世帯住宅として建てられただけあって、周囲の家より一回り大きいが、特に目立つ要素はなかった。
ジャネットが落ちたという外階段は、玄関側からは見えない。
凪がキョロキョロしていると、マイケルが
「現場ハ、向コウデス」
と、家の西側を指差した。
外階段は家の南側にある庭の方から、上り下りするように作られていた。なるほど、玄関の方からは登り口が見えない。西側にもカーポートがあるので、そちらから出入りするのに便利らしい。
だが、現在はカーポートには簡易式の物置が置かれ、駐車場としては使われていない。
当然、外階段もあまり使われていないのだろう。
「……見マスカ?」
凪が興味深そうにしているのを見て、マイケルが小声で尋ねた。殺人現場を見たいなんて、少々不謹慎だとは思ったが、突き落とされたかもしれない場所を確認しておきたかった。
(あたしが、変な使命感燃やしたって、しょうがないんだけど)
自分にツッコミを入れながら、
「ちょっとだけ……」
と、マイケルに頷く。
「血ノ跡ハ有リマセンカラ」
と、気遣う素振りを見せながら、マイケルは階段の下まで案内してくれた。
凪の後に西崎も続く。
「出血してなかったのか?」
「ハイ、殆ド。ダカラ、キレイナ顔デシタ」
階段はそれほど急なわけではないが、踊り場はなく、真っ直ぐに2階まで伸びている。
確かに足を踏み外せば、下まで真っ逆さまに落ちることはあるだろう。
「倒れてレテタノハ、ココデス」
マイケルは階段を下りたところから、少し離れた芝生を指差した。
言われてみれば、少し芝生に跡が残っているが、言われなければ分からない程度だ。
「警察ハ、勢イヨク階段から飛ビ降リナイト、コノ場所ニハ来ナイ、ト言ッテマス」
「誰かに突き飛ばされたか、追いかけられて、飛び出した、って疑われてるのか」
西崎はすぐにマイケルが言わんとすることを理解した。
「アノ時、彼女ハ1人デシタ。デモ、警察ハ私達ガ共謀シテルト考エテルカモ」
マイケルは明らかに不満そうだ。
「力になってくれそうな人に連絡を取ってる。とりあえず、宙彦がジャネットとなんの関係もないことはすぐに証明できるはずだ」
伊達守議員に今回の件を報告しているのを凪は聞いていたから、力になってくれそうな人が誰かは分かった。
「あんたの方も、ツテはあるんだろ?」
西崎の意味深な視線に、マイケルは首をすくめた。
「ソレハ、最後ノ手段デス。大事件ニナッテシマイマスカラ」
その言葉の意味がよく分からず、凪は首を傾げたが、西崎もそれ以上は説明してくれなかった。




