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flappers   作者: さわきゆい
第1章 Maverick Wing
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12話

 桜木隼也は、念のためジャケットの襟を直し、髪をなでつけてからジーズ・バーのドアを開けた。

 狭い店なのは分かっている。1階に入る居酒屋・鮮昧もそう広い店ではないし、2階のフロアは同等のスペースにもう一店舗入っているから、単純に考えても鮮昧の半分ほどの店だ。

 案の定、広がっていたのはカウンター5席に、テーブルが3つだけの、一目で見渡せるような空間だった。

 ダークブラウンの木のカウンターに、揃いのテーブル、アンティーク調の椅子。正しいのかどうかは分からないが、隼也の頭には、"英国調"という言葉が浮かんだ。

 落ち着いた空気に満ちた店内には、微かに、洋楽のメローなナンバーが聞こえる。


 店内にいるのは、後輩のアイと、今、隼也が付き合っている未生のルームメイト、水沢凪。それに、カウンターの向こうのマスターだけだった。

 カウンターの女子2人の姿は、なんとも言えず、この場にそぐわない。


 アイは肩の大きく開いたトレーナーにダメージデニム、スニーカーといういでたちだし、凪の方もグレーのモコモコのパーカーに黒いデニムという、まるで普段着だ。

 どう見ても子供っぽい出立ちで、バーに飲みに来た客には見えない。仕方ないとはいえ、隼也は苦笑が漏れそうになった。


 50代かとおぼしき、少し頬のこけたマスターは、すぐに隼也が関係者だと分かったらしく、軽く会釈して

「どうぞ」

 と、アイの隣の椅子を勧めてくる。

 目尻の深いシワのせいか、ちょっと哀しげに見える顔に、困惑の表情を浮かべながら、マスターは名刺を差し出した。


『高橋元太』の文字を確認しながら、隼也も名刺を出した。

「こちらから話は聞かれたかと思いますが」

 すすめられた椅子には座らず、隣の少女にチラッと視線を走らせて、隼也は切り出した。

「ええ、驚きました。立山くん、何かその…問題を起こしたんでしょうか?ウィンガーなんて、突然言われましても…」

「いえ、事件を起こしたとかではありませんよ。ただ、我々は専門家ですので、翼が見えてない時でも、ある程度ウィンガーを判別する手段を持っているんです。立山さんは登録されたウィンガーじゃありません。逃げ出したのも、その証拠でしょう」

「何も事件を起こしてないなら、逃げただけでは罪になりませんよね?いや、彼、とてもいい青年で…」

 気弱そうな見た目ながら、このマスター、的確なポイントをついてくるな、と隼也は内心舌打ちした。


 ウィンガー、と聞いただけで恐れをなして、べらべら情報提供してくれるような相手なら楽なのだが。

 ウィンガーを匿ったからと言って、罰則があるわけではない。

『発見した場合は、警察や自治体を通じて迅速にアイロウへ届け出ることが推奨される』だけだ。ただ、そのウィンガーが暴力沙汰を起こしたり、犯罪に絡んだ場合は、当然匿っていた人間も非難を浴びることになる。

 このマスターは、立山がウィンガーであることを知らなかったと言っているが、本当がどうかは、慎重に判断した方が良さそうだった。


「立山さんは日本人ですよね?いえ…」

 マスターが明らかに不審そうな顔をしたので、慌てて隼也は続けた。

「外国籍で、ウィンガーだと強制送還されるとか、不法入国で、とかなら逃げるのも分かるんですが。そうでなければウィンガーだからって逃げる理由が無いと思うんですよ」

「ああ、なるほど。でも、普通に日本人だと思いますよ。実家は大阪らしいです」

「履歴書、あれば見せてもらいたいんですが」

 未登録翼保有者対策室に、ウィンガーに関しては警察と同等の捜査権限があることを知っているのかどうか、マスターは、頷いて奥のスペースへ消えた。


「あの…あたし、いた方がいいですか?鮮昧の店長には、簡単に事情説明してきたんですけど」

 凪が隼也の方へ身を乗り出した。

「ああ、今日バイトだったんだよね。うちの上司の人があと30分くらいで来れるから、そしたらちょっと話聞かれるかもしれない。店の方、大丈夫?」

 凪は小さく頷く。

「予約も入ってないから、今のところ大丈夫みたいです。店長にも必要なら、こっちの話すんでからでいいって、言われたので」


 そう言いながらも、浮かない表情で、なるべく早くこの場から逃れたい様子は分かった。隼也は気付かないフリをして、笑ってみせる。

「助かるよ。あ、そういえば、」

 アイの隣の席に腰を下ろしながら、不意に隼也は思い出した。

「さっき、約束って言ってなかった?」

「え?」

「ほら、さっき、立山さんが逃げた時、立山さんに、約束!って」

 あの咄嗟の場で出る言葉としては、なんとなく不思議だと、気にかかっていたのだ。


 凪の瞳が揺れた。

「あ…あの、未生ちゃんが…」

「え、未生?!」

 なんでここで彼女の名前が出てくるのかと、隼也はカウンターに身を乗り出した。

 隣のアイは、反対にグッと身を引く。

「未生ちゃん、今日、友達とゴハン行くって言ってませんでした?」

 凪の様子だと、今日隼也が未生と会っていたことは知っているようだ。

「ああ、なんか中学校の時の友達と会うって」

 凪はこくこくと、頷いた。

「その友達が、立山さんの彼女さんなんです」

「え?!」

「一緒にゴハン食べてから、彼氏が働いてる、ここに来るって…。あの時もちょうどその話してたんです」

「…マジか…」


 あまりの偶然に、隼也は言葉をなくした。

 どうも、未生には職業を偽っていたことを、知られないわけにはいかなさそうだ。

 アイが何か言いたそうな顔で見てきたが、何も言わずにおいた。なんとなく雰囲気で、『未生』が隼也の彼女であることは伝わったようだ。


「こちらですね」

 マスターが奥から、ファイルを持って出てきた。

 隼也の前に、お世辞にもきれいな字とは言い難い文字の並んだ履歴書が広げられる。

 凪は気を使ったのか、ただ興味がないだけなのか、目を逸らし、マスターが出してくれたウーロン茶に口をつけている。

 アイの方は、もちろん首を伸ばして覗き込んでいた。


 顔写真は、さっき会った時の印象とだいぶ違う。もちろん、まともに見たのは一瞬だけだったが…

 履歴書の写真は、ほぼ金髪に近い髪色で、かなり入念に整えたであろう髪型の青年が写っていた。どちらかというと、チャラい少年、といっていい。

 先程の黒髪の一つ結びのほうが、ずっと大人びて見えた。

 生年月日を見ると、今年20歳になったばかり。未生や、凪と同じ歳だ。


 隼也は、思わず凪の横顔に目をやり、まあ、子どもっぽさが残っていても仕方ない年頃かと思った。

立山尚(たてやまなお)。20歳。住所は…」

 確認しながら、履歴書を写真に撮る。

「さっき、電話かけてもらったんですけど、電源切ってるみたいです」

 アイが口を挟む。


「今は、彼女と一緒に暮らしてるらしいんですよ。その彼女が、もう少ししたら、来る予定だったんですが」

 マスターの言葉に、隼也は凪を見やりながら頷いた。


「さっき、聞きました。その女性と一緒に来る予定の友達が、実は、私の知人で」

 マスターの眉がグッと上がる。

「ホントですか!それはまた…世間は狭いですね…」

「ええ…」

 隼也は頭の中で未生がここへきた時のシミュレーションを繰り返していた。


 多分…嘘をつかれていたと分かれば、機嫌が悪くなるだろう。事情を説明したところで、すんなり受け入れてくれるようなタイプではない。プライドの高い、女王様気質は未生の魅力でもあったが、男の方にしてみれば、面倒極まり無い性格とも言える。

 出来れば、先に須藤が到着してくれればいいのだが。ちょっとシャクだが、須藤の方が話をうまくまとめてくれそうだ。


 履歴書の職歴欄を見ながら、こういう男と付き合っている女性とはどんなもんだろうと考える。

 立山の前職はホストだった。ここから歩いて10分ほどのところにある店に勤めていたのだという。


「彼、実家とは絶縁状態みたいなんですよ。親御さんが立山くんの名前使って借金してたみたいで。大阪でもホストクラブに勤めてたみたいなんですけど、しょっちゅうお金せびられたそうです。我慢できなくて、こちらに来たようですよ」

 マスターはため息をついた。

「そんな親もいるんですねぇ…元々ホストはそんなに好きな仕事じゃなかったそうで、お金のために続けてたって言ってましたよ。今の彼女と付き合うようになって、借金も返す目処がついたんで、やめることにしたって」

「なるほど…ここには毎日来てるんですか?」

 マスターは首を振った。

「うちはこの通り小さい店なんで、平日は私ひとりでなんとかなるんです。週末だけ、バイトで来てもらってます。昼間はほぼ毎日パチンコ屋で働いてるそうですが、他にもいろいろ掛け持ちして働いてるみたいですね」


 マスターは立山に同情的なようだ。なんとか、こちらへ好印象を与えようとしていることが窺われる。

「彼、車は持っていますか?」

 車で逃亡されると少々行き先の特定に時間がかかる。だが、マスターは首を振った。

「免許も持ってません。お金貯めたら自動車学校通うって言ってました。中卒で免許もないとなると、選べる仕事も限られてくるからって」

 カウンターの固定電話が鳴った。

「ああ、下からだ」

 表示を見たマスターが、凪を見て、下を指差す。鮮昧からのようだ。


「団体さんが来たみたいで、出来れば凪ちゃんに来て欲しいそうなんですが」

 マスターと凪の視線が隼也に注がれた。

 隼也は時計を確認してから頷いた。そろそろ須藤が来てもいい頃だが、まず、自分たちからの状況報告もある。




「凪ちゃん、ここにはたまに来るんですか?」

 凪が鮮昧のバイトは向かい、アイが家に連絡を入れてくると言って席を外すと、世間話のつもりで隼也は聞いてみた。


「いや、店には来ませんね。うちと鮮昧さん、オーナーが同じで、下の倉庫、一緒に使ってるんですよ。おしぼりとか、予備の食器とかね。ゴミも下に置いてるんで、ちょくちょく下に行く時に、顔は合わせてますが。鮮昧の店長が凪ちゃんのこと気に入ってましてね、いい子ですよ。あ、そう言えば、凪ちゃんと知り合いですか?」

「ええ、まあ。これから来る私の知人と彼女がルームメイトで」

 マスターの目がキラッと光ったように見えた。

『知人』が恋人であることを察したらしい。

 どうせだから一杯どうか、というマスターの冗談まじりの申し出を丁重に断っているところへ、アイが戻ってきた。

 相変わらず、不機嫌そうな顔つきだ。

 しかも、何か気がかりなことでもあるのか、隼也の方は見もせずに、ため息をついている。

 突然、休みの日に仕事を持ち込まれ、気分が浮かないのは隼也だって同じだ。

(まったく…)

 隼也も深いため息をついた。



 その頃、本郷は、絵州駅の近くのカラオケボックスに来ていた。

 ドアを開けた先の個室には、女性が2人。

 2人と本郷の間にお互いを確認し合うような、微妙な空気が一瞬流れたが、

「よう、久しぶり」

 屈託ない笑顔で、本郷は室内へ乗り込んだ。


(ったく、女子ってのは…化粧なんかやり始めると、一瞬誰だか分かんなくなるな)

 内心のボヤキを口にしないくらいのデリカシーはある。

「久しぶり。ってか、なんで、こんなとこで会わなきゃないのよ」

 愛想よく応じるかと思いきや、相手の女性は、苛立ちを隠す様子もなく、突っかかってきた。


 小宮山暦美(こみやまこよみ)はいつもこんな感じだ。昔から、こんな感じだ。

 言いたいことをはっきり言い、思っていることを分かりやすく顔に出す。

 目も鼻も口も小さめで、こじんまりとしたパーツでできているのに、不思議とシャープな印象を与える顔立ち。どこにでもいそうな、それでいて意志の強さを感じさせる顔立ちには、彼女の性格がよく現れていた。

 キリッと引かれたアイラインや、マスカラのおかげで、目元の印象がだいぶ違うために、本郷は一瞬ためらったのだが、もう一人はさらに彼をたじろがせていた。


「そうだよ〜。せっかくなのに。なんかあったの?」

 こちらも小宮山と同様、膨れっ面だ。声を聞けば、ああ、吉川美実(よしかわみのり)だと納得できるが、(本郷的に見て)かなり濃い目の化粧を施した顔に小中学校時代の面影を見出すことは難しい。

 毛先の方だけピンクに染めたボブヘアと、迷彩柄のダブダブのワンピースという、個性的な装い。普段の本郷なら、それを見ただけで、声もかけずにおこうと思うタイプの人種になってしまっている。


 本郷の記憶にある吉川は、丸顔でほほの赤らんだ、あまり垢抜けない女の子だった。

 ただし、小学校のクラスでの発言力はあった、と思う。

 クラスの女子のリーダー格だった小宮山と、仲の良かった吉川。

 小宮山が割と感情で突っ走るのに対し、吉川はもう少し大人な対応ができた。

 こっそり学校にスマホを持ち込んで、友達と動画撮影したり、画像データのやり取りをしていたの小宮山を、それとなく諭したり、それでいて小宮山と折り合いの悪い女子が言いつけようとすると、かばったり。

 どちらかというと、優等生タイプだった吉川が、こういう外観に成長するとは、本郷としては予想外だった。

 最後にこの2人に会ったのは、高校の卒業間際だ。その時は、まだありきたりの格好をしていたように思う。


 そういえば、水沢凪におよそ6年ぶりに再会した時は、その変わらなさ加減に驚いたっけ。小学生の顔が想像つきやすい範囲で大人びていた。

 あんまり変化がなさすぎて、笑ってしまったくらいだ。当の凪は、そう言われて相当心外だったようだが…


 そんなことを思い出しているうちにも、目の前の2人は

「さっさと状況を説明しろ」

 とせっついてくる。

 順を追って説明する流れを考えていたのだが、結論から先に言ったほうが手っ取り早いと、本郷は思い直した。


「立山尚が、対策室に見つかった。そして、逃げた」

「は?!」

「今頃、ジーズに対策室の連中が乗り込んできてる。高野愛凪も一緒だから、オレやコミは大丈夫だと思うけど、吉川は多分、まずい」

「うわ、高野愛凪かぁ、え、じゃあ、尚ちゃん、それでバレちゃったわけ?」

 暦美の横から被せるように、美実も

「え、その立山さんって人、なんで逃げたのよ?」

 身を乗り出してくる。


 予想通り、この2人に1人で対峙するのには骨が折れそうだ。

「歩いてて、運悪く、か、運良くか、出くわしたんだと。向こうはすぐにウィンガーだって、分かったみたいだ。逃げた理由は、オレも知らん!かえって面倒なことになるって、話してたんだけどな」

 美実が自分の膝に頬杖をついて、ため息をついた。付けまつ毛で強調された目力が、本郷に注がれる。

「やっぱりさぁ、ウィンガーだからってだけで、誰でも彼でも引っ張り込んじゃダメなんだって」

「いやいや、ナオちゃん連れてきたの、エビさんだから。見つけてそのまま、ジーズに連れてきちゃったんだよ」

 さすがに本郷も口を尖らせて反論したが

「でも、そこで一旦ストップかけなきゃ」

 美実の目は、それが本郷の役目だと言いたげだ。

「ああ、でもあの時って確かにエビさん、突っ走ってたよねぇ…どんどんマスターと話進めちゃって」

 意外なことに、暦美がフォローしてくれた。美実も釈然としない顔つきながらも、黙る。


 高校卒業後、絵州市を離れている美実としては、あまり口出しできないというのもあるのだろう。

「でも、さ、ウチらのこと、黙っててくれるかな?」

 身を乗り出す暦美とは反対に、本郷はソファの背にもたれかかり、天井を仰いだ。

「今のところ信じるしかないな〜。ま、オレとしては、なんで逃げたのかの方が気になってるんだよ。なんか、あいつ…アイロウのこと妙に毛嫌いしてる感じなんだよなぁ。理由ははっきり言わないんだけどさ」

「それ、ウチらだって同じじゃない」

 暦美の言葉に、美実もうなずく。

「オレらと事情が違うだろ。とにかく!」

 パン!と膝を叩き

「しばらく、ジーズ周辺には近づくな。ナオちゃんのことは、エビさんに責任持って対応してもらう」

 本郷が言い切ると、仕方なさげに女性2人も頷いた。


「さて、と」

 これ以上、ここで話しても何か解決できるわけではない。本郷はリモコンに手を伸ばした。

「とりあえず、一曲ずつ歌わね?」



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