桜呼と語る
1時間後、凪と西崎は桜呼のマンションにいた。
「ずいぶん面倒くさいことになってるわね」
ブスリとした表情の桜呼の横で、西崎は蝦名や海人に連絡をとっている。
室田の心当たりを探すのと、エレナ・モリィがダーウィンの幹部で、今、日本にいることを伝えるため、凪は桜呼と暦美に連絡を取った。
デリケートな内容だとすぐに理解した桜呼は、自分のマンションに集まるよう、すぐに提案してくれたのだ。
暦美はというと、細かいことまで聞きたがり、凪が閉口するくらいだった。
スーパーの休憩スペースという公の場で、ウィンガーだの、行方不明だの、挙句に殺人事件かも、なんて口にするのは憚られる。
凪がオタオタしていると、西崎がスマホを取り上げ、
「後でまた連絡する」
とだけ言うと、さっさと通話を終わらせた。
おかげで凪は桜呼のマンションに来てから、もう一度暦美に電話し、西崎と一緒にいた理由まで含めて細かく説明することになった。
やっと状況説明を終えた時には、隣にいる桜呼も全て事情を把握できていたのは言うまでもない。
西崎はというと、一通り連絡を終えると、
「悪い、少し寝るわ」
と言うなり、ソファにドサリと横になった。
桜呼は一瞬、眉をひそめたが、西崎は1分もしないうちに寝息を立て始めている。
昨日から、彼が仮眠程度しか取っていないのは凪も知っていたから、小声でそう告げると、桜呼も仕方なさそうに頷いた。
西崎の身長だと当然、3人がけのソファに収まりきれるはずもない。曲げて立てられた膝は窮屈そうでもあり、少し愛らしくもあった。
「エレナ・モリィ、ウィンガーになってたのねえ。正直、あんまり感じのいい子じゃなかった、くらいしか記憶にないけど」
「え……」
桜呼はそのまま、リビングを出て行くとすぐに戻ってきた。
「これ、一応かけてやって」
「あ、はい」
渡された大きめのバスタオルを素直に受け取ってから、
(……なんで、あたし?)
と大きなクエッションマークが頭に浮かぶ。
それでも、「桜呼ちゃんがかけてやればいいでしょ」とは言えないのが凪である。
仕方なく、そうっと西崎の腹のあたりにバスタオルをかけてやり、振り返ると桜呼はキッチンでお湯を沸かしているところだった。
キッチンカウンターのそばへ行くと、
「紅茶、飲むでしょ?」
と、桜呼は紅茶葉の入った缶を出してみせる。
「イギリスのお土産にもらったの」
「わ……本場の」
桜呼が凪がコーヒーが苦手で紅茶派のことを覚えていてくれたのが嬉しかった。
出してくれたティーセットも可愛らしい。そう褒めると、桜呼は照れたような、強がるような笑顔を見せた。
言動はキツいところもあるが、桜呼のこんなところは、ちょつと可愛らしいと思う。
「エレナちゃんって……中学校、あんまり馴染めてなかった?」
昨日、自分を責めたエレナの言葉を思い出しながら、凪は聞いてみた。
「んー、というか、小学校の頃からじゃない?」
桜呼は即答だった。
言われてみれば、クラスに溶け込んでいた、とは言えない気もする。あからさまに避けている子もいたのは確かだ。桜呼も―どちらかというと、そうだった。
「……結構……フレンドリーな感じで、みんなと喋ってたと思ったんだけどな……」
誤魔化すように口にした凪の言葉に、桜呼が鼻を鳴らす。
「フレンドリーっていうか、うざったかったな。帰国子女なの、鼻にかけてるっていうか。すぐにアメリカだと違う、アメリカだとこうだったとか、そんなことばっかり言って」
桜呼の口調は辛辣だった。
「そういえば、室田も中学校、エレナと同じクラスだったわ。あのクラスって、上丘小のクセの強い女子がいてね」
八川小学校と、その隣の上丘小学校のほとんどの生徒が八川西中学校に進学する。つまり2つの小学校が合わさって中学校になる、という感じで、生徒の比率も半々だった。
学年によっては、八川出身者と上丘出身者で派閥ができてしまったりする、とは聞いたことがあったが、転校が決まっていた凪は、気にしたこともなかった。
「八川出身の子で、ターゲットにされた子が学校来なくなったりして。多分、エレナもすぐに目つけられたんじゃないかな。気がついたら、学校来なくなってたしね。他には―ウィンガーで同じクラスの子はいなかったわね」
「10クラスだっけ?他のクラスの様子なんて、分かんないよね……」
小学校も今にしては珍しいマンモス校だったが、その小学校が2つ合わさった中学校は当然クラスの数も倍になる。
「そうそう。カイとか、タクとか、莉音、とか。中学校になってからウィンガーになった子、よく事前に捕まえられたと思うわ」
沸騰したお湯を、桜呼はティーポットへ勢いよく注いだ。茶葉がポットの中で踊り、ふわりと優しい香りが広がる。
蓋をしたティーポットを、2人はしばらく無言で眺めていた。
「エレナちゃんが、」
エレナをあまり心良く思っていない桜呼に言うのはどうかとも思ったが、凪はどうしても言っておきたくなった。
昨日の夜エレナに言われた、言いがかりとしか思えない言葉を伝えると、桜呼は顔をしかめた。
「なにそれ。久しぶりに会って、いきなりそんなこと言うわけ?」
「うん、なんか、納得できなくて。今日亡くなったジャネットさんには、あたしが人をおかしくする力があるみたいに言ってたみたいだし……」
「気にすることないわよ。ただの被害妄想でしょ。勝手に思い違いしてんじゃないの?実際水沢さんの能力のことなんか、コソコソ見てただけで分かるはずないし」
カップに注いだ紅茶を、カウンター越しに凪に渡しながら、
「ああ、そういえば、」
ふと、桜呼は思い出したらしい。
「中学校になってから、水沢さんから連絡来てないか、聞かれたことあったな。私たちは、水沢さんがウィンガーグループと距離を取りたいっていうの知ってたけど、エレナはそこまで知らなかったんだろうね」
そこで、桜呼は顔を曇らせた。
「あの時、私たちがウィンガーだって知ってたってことよね?黙っててくれたのはありがたいけど……なんで、そこで自分もウィンガーになったって言わなかったのかな」
「うん。そうなんだよね……」
「水沢さんがいたら、言ってたかもね」
「え?あたし……?」
自分のカップの紅茶を一口飲み、桜呼は小さく頷いた。
「小学校の時も、くっついて回ってたじゃない?ウィンガーだってのもあっただろうけど―水沢さんなら優しく話聞いてくれそうだと思ったんじゃない?」
「え?優し……くは、別に……」
それに、そんなにエレナがくっついていた記憶もない。ウィンガーの女子なら暦美や美実だって、と考えて
(あ、2人ともエレナちゃんに当たりがキツかったな)
と、思い出した。
(もしかしたら、あたしならチョロいと思ったのかもしれないな……脅迫?とかするつもりだったとか)
それは憂鬱な想像だった。だが、桜呼の考えは違うようだった。
「なんかさ、」
桜呼の口の端に呆れたような笑みが浮かぶ。
「エレナって、ただのかまってちゃんじゃない?水沢さんと仲良くしてたつもりなのに、連絡もらえなくて逆恨み、みたいな」
「連絡もらえなくて……?いや、それって……子供じゃあるまいし」
つい、本音が出た。
「まあ、当時は子供だったわけだし」
「いや、確かに逆恨みならまだいい……いや!よくないけど」
1人ツッコミをする凪に、桜呼が
「ふふっ」
と、笑う。
「ホント、気にしなくていいんじゃない?もう一回、エレナと会うんでしょ?ハッキリ言ってやればいいわ。バーカ、って」
今度は凪が「ふっ」と、吹き出した。




