予期せぬ知らせ
西崎から電話が来たのは、1時間もしない時だった。予想していたより、ずっと早い。
「もしもし」
何も考えずに応答ボタンを押した凪は、
『水沢、すぐに来れるか?』
その一言に、言いしれぬ緊張を感じた。
「何かあったの?」
そして、次に聞こえてきた言葉は凪が全く予想しなかったものだった。
『ジャネットが死んだんだ』
**********
西崎は10時過ぎにジャネットを連れて、室田のマンションへ向かった。ジャネットのトランクを受け取るためである。
その後、本郷と一緒にジャネットを連れて、マイケル、ヘンリー、エレナと合流した。
郊外のファミレスで食事をした後、マイケルが運営するシェアハウスに到着したのが、ちょうど昼頃だった。
表向きは留学生用のシェアハウスだが、世界中でウィンガー捜索をするマイケルたちの、日本での拠点ということらしい。もちろん、この場所を拠点にしたのは、ここが絵洲市だからである。
5つある部屋の一つをマイケルが使い、いつもなら、もう1人か2人が滞在しているのだが、現在はマイケルしか滞在していない。
もちろん、ここへ訪れるのは全てがウィンガーで、ヘンリーもここへ滞在する予定だったが、まだ部屋が空いていたので、エレナとジャネットを留め置くのにちょうどいいとなったわけである。
荷物を置き、休みたいというジャネットは部屋に残した。階下のリビングはちょうどジャネットの部屋の下だったから、物音は聞こえる。普通の人間であるジャネットが、ウィンガーが5人もいる家から逃亡出来るとは思えなかった。
ただし、エレナは他のメンバーと共に、リビングにいるよう命じられた。
「別に、逃げる気はないわ」
そう言ったエレナは諦めているようにも見えたが、信用するわけにはいかなかったのだ。
しばらくして、西崎はヘンリーと買い出しに出かけた。
そして、その知らせが来たのは、車で15分ほどの距離にあるショッピングモールに2人が着いた時だ。
「息をしてないって?!どういうことだ?!」
マイケルからの電話の内容は、もちろん隣の西崎にも聞こえていた。
『外の階段から落ちたんだ。首が―完全に折れてる。今、ホンゴウが、心臓マッサージをしているが……』
状況が絶望的なのは、その口調で分かった。
シェアハウスは、元々は二世帯住宅として使われていたものをマイケルが買い取ってリフォームしていた。
もちろん、1階から2階へ上がる階段もあるが、2階へ直接外から入れる階段もある。ただ、今はほとんど使われていなかった。
マイケルによれば、西崎とヘンリーが外出した後、間もなくガタガタと大きな音が外から響いたという。何事かと様子を見に行くと、ジャネットはすでに外階段の下で動かなくなっていた……
**********
地下鉄の終点の駅で、凪は西崎から事の顛末を聞かされていた。
ここがシェアハウスからの最寄駅だったが、ここから車で20分ほどかかるという。
知らせを聞いたヘンリーはすぐに引き返したが、西崎はタクシーでここまで来ていた。
「多分、今頃警察が調べに来てるだろう。足を滑らせて落ちたにしては、不審な点もあるからな。オレは現場にいなかったし、ヘンリーが戻らない方がいいって言ってな」
西崎は少し不本意そうだった。
関わる人数は少ない方がいい、と言ったのはヘンリーだったが、西崎もそれには同意だった。だが、現場から逃げ出したような形になったのが、彼の性格としては受け入れ難いのだ。
「エレナとジャネットはマイケルたちの知り合いで、日本に遊びに来ていたことにする。
エレナも、自分がウィンガーだと明かす気はないだろうから、これ以上、面倒なことにしないためにも、それで了承するはずだ。もし、承諾しないならその時は、他の手をヘンリーが考えると言っていた。今のところ、連絡もないから、その筋書きで進むと思う」
「不審な点って……」
凪はそばを通る人影に、声をひそめた。
大きなスーパーの中の休憩スペースに2人はいた。人はまばらだが、だからこそ気をつけないと会話が丸聞こえになる。
「わざわざあそこから外に出た理由が分からない。それに……よく見たわけじゃないけど、そんなに急な階段でもなかった。足を滑らせたとしても、首を折るほどの事故になるとは思えないんだ」
不審な、という言葉に、もしかして、という思いはあったものの、西崎の言葉にそのモヤモヤが具現化していくように感じられた。
「突き落とされた、ってこと?でも、誰もそばにいなかったんでしょ?」
西崎は首を振った。
「分かんねえ。宙彦なら現場にいたから、もう少し何か分かるはずだけど、向こうから連絡来るまでは……あいつもとんでもないことに巻き込んじまったな……」
西崎の後悔と疲れが入り混じった表情は凪には見慣れないもので、なんだか直視するのがバツが悪かった。
「どうするの?そこの……マイケルさんの家に行く?」
目を逸らしたまま、凪は尋ねた。
西崎は唇に手を当て、少し考えてから首を振った。
「いや、まだ警察もいるだろうから……まず、昨日いたメンバーに報告して、それから、まずは室田だな」
「室田くん、見つかったの?」
「いや、明け方に連絡あったきり、だ。ああ妹、花ちゃん、熱出したらしくて、カイたちが病院連れて行ってくれた。そのまま、カイの家に泊めるってさ」
長旅の後に色々あって、花も心身ともに限界なのだろう。
「何考えてるんだか、室田は」
西崎の苛立ちを隠さないその言葉が、自分の気持ちをそのまま代弁していたので、凪は黙って頷いた。




