こじれ女子
「黒の女王」
その単語を聞いたのは久しぶりだった。
マイケルの顔を見た時に、チラッと脳裏をかすめはしたが、凪も忘れかけていた呼び名だ。
凪としては、気に入らない、不本意な呼び名で、早く忘れ去られればいいと思っている。
そんな様子が顔に出ていたらしい。
西崎が気の毒そうな笑みを浮かべ、マイケルは気まずそうに凪を見た。
「黒の女王。噂の出所を探ると、アメリカかカナダ辺りなのは分かったんだけどな。まさか、お前かよ、何のために―」
「決まってるでしょ!」
西崎の言葉は、とんがったエレナの言葉に遮られた。
隣のジャネットがピクリと体を震わせる。
「この人を引きずり出すため。ヒカルに頼んでも、全然!なんの手がかりも持ってこなかった」
凪を見ながらそう言ったエレナは、フッと鼻先で笑った。
「そうよね、ヒカルは私と同じ。仲間ハズレ。なんにも教えてもらえない」
室田の言葉を信じれば、敢えてエレナに情報がいかないように分からないフリをしていた、ということだが、エレナはその魂胆に気づいてないらしい。
ヘンリーが何か言うと、エレナの顔に自嘲の笑いが浮かんだ。
「ええ、そうよ。エンジェル。空を飛べる天使ね。みんな、私のこと大事にした」
そこからの会話はまた英語になって、凪は部分的に聞き取れる単語をつなぎ合わせていたが、どうもちんぷんかんぷんだ。
「神秘性というか、カリスマ性っていうのか、とにかく限られた人間にしか姿を見せないように、どっかの山の中に隔離されてたらしい。おかげで必要な情報を手に入れられなかったって言ってる。その気になりゃ、ネットもあるし、顔を知られてないなら、かえって出歩けたと思うけどな。要するに本人も承知で、教祖様みたいに崇め奉られてたんだろ」
西崎が自分の見解を述べると、エレナはジロリとそちらを睨んだ。
「あなたは、いつもみんなのリーダーだった。分かるでしょ、リーダーでいるためにはみんなに、すごいって、認められないと、ダメね」
西崎は眉をひそめ、小さく首を振った。
「違うだろ。みんなをまとめて、同じ方向に引っ張っていけるやつがリーダーになれるだけだ。そういう意味では、オレは向いてない」
凪は思わず西崎の顔を見上げていた。
エレナは歪んだ笑みを漏らした。
「あら、残念ね。期待ハズレね」
2人はそのまま睨み合っている。
沈黙がたまらず、凪は口を挟んだ。
「……エレナちゃん、ウィンガーの誘拐とかさせてたの、エレナちゃんなの?」
「さっきも言ったけど、」
エレナは凪に向き直ると、苛立ちを隠さずに言った。
「私、ウィンガーを売ってることなんか知らない。私じゃない人たちがやったこと」
「じゃあ、なんでオレたちのことを探ってた?なんで水沢を引っ張り出そうとした?」
ヘンリーがため息をついて肩をすくめた。自分が話をするはずなのに、と言いたげだ。
ジャネットがゆっくりと床に這わせていた視線をエレナへ向ける。
「それは―」
エレナは唇を噛み締めた。
「言いたくないなら、水沢に頼んで言いたくなるようにしてもらうか?」
「YES、Ma'am!」
突然大きな声を出したのはジャネットだった。その目はしっかりと凪を見つめている。
そのまま、二言、三言付け加えたが、突然のことで凪は英語を聞き取れなかった。
「なんか……知ってること全て話しますって、言ってるぞ?」
さすがに呆気にとられた様子の西崎がそう通訳してくれて、凪はハッと気づいた。
(さっき、移動する前に……後で聞かせてもらうって言ったの、覚えてたのかな)
落ち着かせて移動させるためにかけた言葉が、結構効いていたようだ。
(翼出してなかったのにな……暗示にかかりやすいタイプなのかな?)
凪がどう対応しようかと迷ううちに、ジャネットは立ち上がっていた。
凪を真っ直ぐ見つめ、まばたきも忘れたように話し出す。身振り手振りも加わり、さながら独演会のようになりかけたのを、凪は慌てて止めた。
「あ、あのね、英語、ムリ。ジャ、ジャパニーズ、プリーズ」
そばで西崎がふっと、息を殺して笑ったのが分かった。
「ちょっと!何よ!勝手なこと、しない!」
立ち上がり、ジャネットに詰め寄ろうとしたエレナは、ヘンリーに止められた。
それほど力を入れた様子はなかったが、腕を掴まれたエレナは電気でも流されたかのように、ビクンと固まる。
異様なものを見る目でヘンリーを見たエレナは、それ以上抵抗もせず黙り込んだ。
「別々に話を聞いた方がいいな」
西崎の提案に、ヘンリーとマイケルも頷き、エレナを部屋から連れ出した。
チラリと凪の方を見たものの、エレナは何も言わずに2人に従った。
その間、ジャネットは凪を見つめたままだ。
その様子は楽しげですらある。
(なんだろ、この人。ちょっと……変)
凪の方は落ち着かない気分だ。西崎がいてよかったと思った。こんな、よくわからない状態の、知らない外国人と2人きりなんて、何を話したらいいか分からない。
だが西崎は、
「水沢が話した方がいいだろ?」
とだけ言うと、床に胡座をかいて座ってしまった。
「え……ええと……」
とりあえず、ジャネットにも座るよう促し、3人で輪を作って座り込むことになってしまう。
相変わらず、ジャネットはなんだか嬉しそうに凪を見ているし、西崎も興味深そうに2人の様子を見ている。
凪にとっては居心地の悪い、奇妙な状況だった。
「あの、じゃあ……知っていることをとりあえず、教えて……?」
なんとか平静を装って、そう切り出した。
「あ、日本語で、ね」
ジャネットは待ってましたとばかりに話し始めた。
「私はエンジェルの監視役です。彼女は素晴らしい能力者ですが、勝手なこと、いっぱいします。ガブリエルは心配しています」
「ガ、ガブ……?」
「ダーウィン・ミッションのリーダーだな」
西崎の言葉に、ジャネットは躊躇いなくうなずく。
「ガブリエルはエンジェルのそばに、誰かいないとダメ、言いました。私、女で、日本語できる、ピッタリの仕事だとミッキーが言いました」
「ミ、ミッキー……って、誰?」
某ネズミのキャラクターを頭に浮かべつつ、凪は西崎を見たが、今度は西崎も知らない人物だったらしい。
「ミッキーは私の彼氏です。ステキな人ですね」
すぐにそう言ったジャネットが、ちょっと照れくさそうに笑うのを見て、凪は思わず西崎と顔を見合わせた。
(……なんだ、この展開……)
頭の中では状況整理が忙しい。
「ウィンガーのそばにいるの、危険な仕事です。私ならできると、ミッキーは言いました」
どうしてもネズミのキャラが甲高い声で
「君ならできるよ!」
と、脳内で笑顔を振り撒くのを払いのけつつ、凪はジャネットの話に集中しようと自分に言い聞かせた。
(なんか、疲れておかしくなってるな……)
深夜を通り越し、バイトがある時でさえ、とっくにベットに入っている時間だ。それほど夜更かしするタイプでない凪は、自分でも限界が近いのを感じていた。




