エンジェル捕獲
一応、本殿として再建された祠の前で、小柄な人影がへたり込んだ女性を睥睨していた。
「しっかりしな。どこもケガなんかしてないよ」
なんの労りもない言葉を凪は放つ。エレナは茫然自失のままだ。
「Ha、ha、ha……」
突然、祠の陰から、笑い声と拍手の音が漏れた。
ギロリと凪が睨んだ先には、長身の外国人男性がにこやかに立っていた。
「Sorry.Ah〜」
ちょっと戸惑ったように首をすくめた彼の背中に、次の瞬間、光の粒子が集まっていく。
祠の周りに申し訳程度に設置されたソーラーライトの光に、純白の翼が輝いた。
「……アーククラス」
凪は呟き、以前にマイケルが連れて来た外国人ウィンガーたちを思い出した。
全員の顔を覚えているわけではないが、目の前のウィンガーがその中にいたメンバーでないことは確かだ。
(これだけ綺麗な顔だったら、絶対!覚えてる。とすると―)
凪は用心深く身構え、傍らのエレナの様子も窺った。
突然のウィンガーの出現に、放心状態だったエレナも、我に返ったようだ。息を飲んで凝視している。
知り合い、つまりエレナの仲間というわけではないらしい。
「ヘンリー!」
西崎の声に、凪は振り返った。
ヘンリーと呼ばれたウィンガーは、翼を消し、手を挙げて応じる。
「知り合いか」
エレナの首根っこを掴んで西崎に差し出しながら凪が言うと、
「ああ」「Yes.Yes」
ヘンリーも一緒に頷いた。
「アー、ハジメマシテ。ミズサワサン。ワタシハ、ヘンリー・ブライアン・ジョエル・ストックトン、デス」
「―長っ、てかなんで、あたしの名前知ってんの?」
2度ほどまばたきをした後、無表情のままそう返した凪に、ヘンリーはとびきりの笑顔を見せた。
「……西崎、しばらくほっといてくれ。粗相があるといけない」
西崎の返事を待たず、凪は投げ出すようにエレナから手を離すと、背を向けて歩き出す。
エレナはひどく悔しそうに凪の後ろ姿を見ていた。
(なんだ?粗相って)
と思ってから、
(ああ、ちょっと口が悪くなってるってことか。ヘンリー、日本語そこまで分からないけどな)
と、西崎は少しおかしくなった。
凪本人は翼を出すと、しばらくの間、興奮気味な言動をするのが気恥ずかしいらしいが、西崎は対して気にしていなかった。
むしろはっきりした物言いをするので、普段の凪よりも話しやすかったりもする。
ヘンリーが凪を追って、更に話しかけようとするのを制し、
「前にちょっと言ったことがあるだろ。彼女にはクールダウンの時間が必要だ。1人にしてやってくれ」
そう言うと、ヘンリーは少し不思議そうな顔をしつつも、それ以上何か言おうとはしなかった。
「それより、ジャネットはどうした?」
ヘンリーが監視していたはずのジャネットの姿がないことが、西崎は気になっていた。
ちょうど西崎を追ってきた、蝦名とマイケルも現れた。
マイケルの隣だと、蝦名の肩幅も普通に見えてしまうが、この2人が並んで暗闇から出て来たら、それだけで声を上げてしまう者も少なくないだろう。
「向こうの車にいる。彼女たちが乗って来た車だ」
答えたのはマイケルだった。ヘンリーの顔を見て、
「女性に対して、ずいぶん荒っぽいマネをしたな」
と、続ける。
「ああ。でも、ケガはさせてない。身動き取れないようにしただけだよ。あまり手荒なことはしたくないけど、ナイフで襲ってこられちゃあね、いくらウィンガーでも身の危険を感じたよ」
にこやかな顔のまま、淡々と語るヘンリーが、本当に身の危険を感じたとは考えにくい。西崎は眉をひそめた。
「ナイフ?ウィンガー相手に根性あるな」
「ああ。どうも、彼らの仲間にしては、ウィンガーのことをよく知らなすぎるね。日本語ができるんで、エンジェルにあの子のお守りを頼まれたらしいけど。もう少し事情を聞いた方がよさそうだ。ミス・ミズサワに対する恐怖心だけは確かなようだよ」
西崎、ヘンリー、マイケルの間のそんな会話は英語だった。蝦名は時折、知っている単語が出てきたところだけ頷いていた。
それは少し離れて、背を向けている凪も実は同じだ。
耳は会話をきちんと捉えている。だが内容については
(ほとんど分かんねー……エンジェルとウィンガーしか聞き取れん!なんか……あたしの名前呼んだ?)
小さく舌打ちし、まあ、必要なら西崎が教えてくれるだろうとため息をつく。
実際のところ、今の凪が気になるのは会話そのものよりも、
(あの、メチャクチャ綺麗な顔のウィンガーはいったい……ところどころハスキーになる声もいい……)
ということであり、それ故に第一印象を悪くしないよう、離れて静かに精神状態が落ち着くのを待っているのである。
息を吐きながらそっと振り返り、ヘンリーの姿を見てみる。
暗がりの中でも、離れていてもその整った顔立ちは他に類を見ないほどだと分かる。
(二次元から出てきたキャラみたい。モデル?俳優?一般人とは思えない……)
それから、その傍らでようやく立ち上がったエレナが目に入った。
(あ、肝心な目的はこっちだった)
一瞬、彼女のことなど忘れていた。
(エレナのことは、みんなに任せていいかな。あたしのことは、よく思ってないみたいだし)
先程言われた理不尽な非難を思い出し、凪は眉をひそめた。
ずいぶんな言われようだ。彼女に関しては、自分の多少の暴言もチャラになるだろうと、言い聞かせた。今は翼の影響でえらく強気な状態だが、落ち着いたら、心にチクチクと引っ掛かって気に病むんだろうな、とも思う。
西崎、ヘンリー、そしてマイケルが次々にエレナを問い詰めていた。
エレナは表情ひとつ変えなかった。
予想外の展開に呆然としているのか、話し合いに応じるつもりがないのか、分からない。
大柄な男性に囲まれているにも関わらず、彼らのことなど気にも止めない顔で、エレナは凪を振り返った。
そのまま、凪の方へ歩いてくる。さっきまで墜落の恐怖に腰を抜かしていたとは思えない、しっかりした足取りだった。
逃げるのは無理だと分かっているのか、男3人は警戒しながらも、止めずについてくる。
「……何?」
目の前までやって来たエレナの目に、先程までと同様の怒りと苛立ちが満ちているのを凪は見た。
「!☆%×○**!!」
「ああ、もう!英語は分かんないって!!」
甲高い声で早口で捲し立てられる英語を、凪は聞き取る気にもなれなかった。
西崎を見ると、少しバツの悪そうな顔をしている。
「なんか、あたしが嘘つきだとか、いい人ぶってるとか、さっき言われたんだけど」
凪の方から言うと、西崎は頷いた。
「まあ、そんなことだ。ずるいとか、狡猾だ?とか、そんなこと言ってる。Hey!」
西崎はエレナに向き直って、その肩を叩いた。が、エレナは即座にその手を振り払い、西崎も睨みつける。
2人が英語で言い争うのを見るうち、凪は段々気分が通常状態に戻っていくのを感じていた。




