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flappers   作者: さわきゆい
第4章 嘘と沈黙と憧憬
120/190

話し合い不可につき

「あんた、私が最速!みたいなこと言いながら飛んでなかった?」

 腕組みをしながら、そう言って凪は黒翼を広げて笑った。その姿は夜の闇の中で、より異様な空気をまとって見える。

 何を言われたのか、エレナは理解できなかった。音を日本語に、そして英語に変換して、奥歯を噛み締めた。


「誰と比べて言ってんの。何?そんなこと自慢するために花ちゃん連れてきたわけ?」

 エレナの目がカッと開かれる。

 不自然な青い瞳が凪を見据えた。


(こんな目の色じゃなかったよな。カラコンか)

 冷静にそんな判断をしながら、凪は花の様子も気にしていた。

 今は意識があるようだが、状況を分かっているのかどうか視線は定まらない。


 喚くような声がエレナから漏れた。凪はムッとした顔になると、

「あ、英語、無理。翼出したからって、英語が分かるようになったりしないから。日本語で喋ってよ」

 と言い捨てた。

 小学生時代のエレナがこんなヒステリックな話し方をしたことはない。凪の耳にはひどく耳障りな声に聞こえた。


 分かりやすくエレナの肩は上下した。音を立てて数回、呼吸を繰り返す。その間、目は凪をねめつけたまま、激しい感情の色を隠そうともしなかった。

(翼を出して興奮状態ってことなのか、地なのか、分かんないな。あんまりおちょくらない方がいいか)

 凪がため息をついて距離を縮めようとした時、

「……大嫌い。あなたのこと、大嫌い」

 エレナの喉から搾り出すように声が漏れた。


「いつもおとなしいフリして、親切なフリして、嘘つきのクセに!ニコニコしてれば、いいと思ってるのね!なんにもできないフリして、みんなのコト、笑ってるのね!」


 凪はキョトンとして、エレナのわななく口元を見ていた。

「……はぁ?!」

 まともに言い返す気にもなれなかった。

「あんた、なんの話してんの?」


 エレナは凪を睨み返すばかり。

 凪の方は、ほぼ10年ぶりに再開した元同級生に、突然そんな非難をされても思い当たる節もない。

(なんか、したっけかな〜、あたし)


 普段の凪なら、ドギマギして、とにかく謝ってしまおうとしていたかもしれない。

 だが、不思議と翼があるこの状態だと、エレナの言葉は何も刺さってこなかった。

 理由も説明せず、一方的に捲し立てられても返しようがない。理不尽なクレームは相手をしないに限る。


 ただ、花がエレナの腕の中にいる以上、無闇に興奮させるのだけは避けなくてはならなかった。

(この状態だと、暗示もかかんないだろうし。とりあえず―地面に戻ってからだな)


 凪は意識して穏やかに話しかけた。翼があると、どうも挑発的な口調になりやすい。

「ねぇ、下に降りて話しようよ。逃げるの、無理なの分かるでしょ?」

 それでも、ダメだったようだ。


「私、逃げられないって?そんなこと……ない!!」

 エレナは花を突き飛ばした。下へ。その反動と、軽くなった体で一気に加速上昇し―


「!」

 目の前を塞いだ黒いバリケードに、エレナはまたも急停止するしかなかった。

 まるで最初からそこに浮かんでいたように、凪は身構えもせず、エレナのすぐ目の前にいた。


「は……アハ、あの子、殺したの。見捨てたのね?あなた、悪魔ね」

 引き攣った笑いを漏らすエレナに凪はグイッと近づいた。

「自分で突き落としておいて、何言ってんの?」


 エレナが顔をのけぞらせる。凪は怒っていた。エレナの行動は予想していたものだった。だが、予想していたうちの最悪のパターンだ。

「あたしたち、1人で来たわけじゃないの、見てたでしょ?あいつらが助けないはずがない」


 エレナは下方に意識を向けた。

 ずっと下の方、だが地上よりだいぶ高い位置で2人のウィンガーが何かを抱えている。その姿はどんどんと小さくなっていった。


「ニシザキ……あの人たちまで、追いついてたの……」

 唇を歪めるエレナに!凪は小首を傾げてみせた。

「え、追いつかないと思ってたワケ?あんたは全然、早くないって」


 その言葉に、エレナは表情を消した。

 背中の翼がブルブルと震える。

(あ、ヤバイ顔―)

 凪が思った瞬間、エレナは飛びかかってきた。

 白い手が喉元につかみかかってくる。

 だが、その動きは凪にはよく見えていた。


 冷静にエレナの手を交わしながら、自分の右手をエレナの胸元に伸ばす。触れると同時に意識を集中した。

(昔はよくやったな)

同級生たちがコントロールを覚えるまで、翼の出し入れの補助をよくした。なんで、そんなことが出来るのかは分からない。直感的というのか本能的というのか、とにかくやり方は心得ていた。

出した翼を消す―


 手が触れた瞬間、エレナは突き飛ばされたように仰け反った。その背中の翼が、音もなく霧散し、夜空へ溶けていく。

「ヒィッ……」

 息を飲んで、ガクンと落ちたエレナの腕を凪が掴んだ。


「ツ、ツバサっ!m、my wings……Nooo!!」

 わななく唇から悲鳴が漏れた。ジタバタと手足を動かすが、翼は現れない。


「暴れるなって。落ちるよ」

 落ち着き払った凪の声は聞こえていないようだった。

「ああ、もう!」

 のたうち続けるエレナの腕を、ため息と共に凪は手放した。


「!!!」

 声もなく、エレナの体は重力に従って落ちていく。




 幾度となく、夜の空中散歩を楽しんだことはあった。

 360度、体全体で感じる風と、普通の人間よりはるか近くで月や星を眺める優越感が心地良い。

 だが、エレナは今、そんなことを思い出すことすらできなかった。

 感じたことのない加速度、自由に動かない体、紛れもなく迫る死の瞬間。

 それは、恐怖以外のなにものでもなかった。


 視界の端に、自分と一緒に自由落下していく物体を見とめ、それが凪だと認識した瞬間、エレナはもう一段階上の戦慄を覚えた。


 凪の背中に翼はなかった。

 共に、頭から地面を目指しながら、悠々とエレナの方へ体を向ける。

 吹き乱される髪を押さえつけながら、

「ウヒャヒャっ」

 と凪は笑った。


「花ちゃんと同じ気分、味わった感想は?」

 風圧の中で、そんな言葉を聞き取れたのはウィンガーならでこそだ。そして、エレナは絶望した。


「Gi、Give me ba、back my win……」

 薄れていく意識が首を後ろへ引っ張られた衝撃でたちまち引き戻された。引っ張られたというより絞めつけられたような苦しさだ。

 まともに呼吸ができず、エレナの喉はゲェゲェとひどい音を立てた。


 凪に首根っこを掴まれていると理解できたのは、地面がしっかりと視界に入ってからだった。

 つい先程までの、重力に任せた落下が嘘のように、ゆるゆると降りていく。

 自分の頭上で大きく開く黒い翼を、エレナは見た。


 地上に着いたエレナの足は、その体を支えることなく、へなへなと折りたたまれた。

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