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flappers   作者: さわきゆい
第4章 嘘と沈黙と憧憬
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追飛行

 小柄な方の人影はもちろん花だ。

 そして、その肩を抱きながら寄り添っている、長身の女性。タイトなジャケットとスキニーパンツのおかげで、その細身の体型が際立って見える。

 花の方へ少し身を傾けて話しかけると、長いブロンドの髪が街灯の光を反射した。


(ウソ……あれ、エレナちゃん……?)

 小学生の時のエレナは凪と大して身長は変わらなかった。髪もブロンドではなかった。

 凪は思わず身を乗り出して、エレナを見ていた。


 2人の様子はなんだかおかしかい。

 花はヨロヨロしているし、今にも座り込みそうだった。


 花の方を見ているため、エレナの顔は見えない。

 具合が悪いのか、花が立ち止まった。エレナは両手で花の肩を支え、何か言い聞かせているようだ。

 花は両手で顔を覆いながら、何度も頷く。

 全員が優れた聴覚を全開にして会話を聴こうとしていてが、残念ながら車の中に、聞き取れるものはいないようだった。


 エレナは花の手を掴んで歩き出そうとする。それは、少々苛立ち、乱暴な様子に見えた。

 引きずるように花を引っ張りながら、エレナは誰かに電話をかけたようだ。そこで、やっと声が聞こえた。


 おそらく英語で、凪はよく聞き取れず首を傾げたが、強い口調で指示を出しているような言い方なのは分かる。


「車、持ってこいって言ってる」

 誰もエレナの言っている内容を理解できていないのを見てとると、西崎がそっと言った。


「やっぱり、車で来ていたか。さっきのファミレスにそれらしい車がなかったんで、何で来たのかと思っていたが」

 蝦名の声はひそめてもそれなりの大きさだ。

 だが、エレナは電話に気を取られていることもあり、こちらの声が聞こえた様子はない。


「もう1人、仲間がいるってこと?」

 凪は独り言のように言ったつもりだったが、西崎はしっかり聞いていた。

「いや、ジャネットの可能性が高い。多分、あの後ですぐに合流してるだろ―イラついてんな」

 最後の言葉はエレナに向けられたものだ。

 花の手を掴んだまま話続けているエレナは、時折、激しく首を振った。


「運転が嫌だって、渋っているみたいだな。どうも、信頼関係はあまりなさそうだ」

 西崎の口元に苦笑いが浮かんだ。その腰のあたりで、振動があった。

 西崎がポケットから取り出したスマホを操作する。左の口角が一瞬だけピクリと動いた。

「いたぜ。神社跡の駐車場だ」


「え?」

「宙彦たちに周辺探ってもらってたんだ。他にも仲間がいるかもしれないからな。カイの妹にも、ホントはそっちに合流して警戒してもらうつもりだったんだが、無駄足になりそうだ。悪かったな」

 いえいえ、と頭を振る愛凪はちょっと残念そうだった。


「さあ、こっちが有利になったところで、話し合いといくか。カイと妹はここで待っててくれ。一応、他にウィンガーが近づいてきてないかも、みててくれよ」


 最後の言葉は愛凪に向けて言われている。

 愛凪は緊張した面持ちで頷いたが、隣で海人がおよそ緊張感のないピースサインを見せたものだから、たちまち苦々しい表情になった。


「行くぞ」

 低いその声が、自分にも向けられていることは間違いないと、凪も体勢を整えた。

 エレナが何か感じたのか、クルリと車の方を振り返る。

 同時に後部座席から西崎と蝦名が外へ出た。


 軽自動車からこんな大男が2人突然出てきたら、なんだかシュールで笑えるな、などと考えつつ、凪も続いた。

 が、凪はエレナの顔をよく見ることはできなかった。


 彼女は花の手を掴んだまま、全力で走り出したのだ。

「おい!話を聞きたまえ!」

 蝦名の声に振り返ることもなく、信号も無視して道路を横断していく。


 すぐさま、3人も走り出していた。

 花を引っ張った状態で逃げ出したところで、追いつかれるのは目に見えているはずだ。

 だが、エレナは逃げ切れると思っているのか、振り返ろうともしない。


 小学校の方へ登る道へ入ると、あろうことか、エレナのスピードは上がった。その背中に、真っ白な翼が広がる。花の足が浮き上がったのが見えた。

 普通の人間がついていけるスピードではない。

 外灯の灯りの中に、白い翼の陰影がくっきりと浮かび上がる。


「ちっ!」

 西崎の舌打ちが聞こえた。

 エレナの翼は大きく羽ばたき、夜の闇の中へ一気に昇っていく。

「おいっ!あの子、大丈夫なのか?!」

 蝦名が声を上げる。当然エレナの腕に、花は抱えられたままだ。


「早い……」

 あっという間に小さくなるエレナたちの姿に、呆然と立ち尽くす蝦名の横から、白い影が飛びたった。

「ニッシー!」

「まだ追いつける。あと、頼む!」

 そう言って、一気に上昇に移ろうとした西崎は、目の前を黒い影に覆われて急停止した。


 凪が小柄な姿に似合わぬ大きな黒翼を広げ、飛び去るエレナを見ている。

「あんなスピードで逃げてる気か」

 嘲笑を含んだその声は、西崎をゾクリとさせた。


(相変わらずの迫力だな。頼もしいぜ)

 すでに、西崎は凪に全てを委ねるつもりになっていた。


「フォロー、頼むわ」

 ぶっきらぼうにそう言った凪は次の瞬間、パシュッ、という衝撃音と共に西崎の目の前から消えていた。


「う、お、オォ?!」

 急いで西崎の隣まで上昇してきていた蝦名が目を剥く。

「水沢さん、どこ……あ、いた!」

 西崎は笑いを押し殺した。

「相変わらず派手な飛びっぷりだよな。―オレらも追うぞ!」




(冗談でしょ?!私についてきてる?!)

 エレナは背後から迫る気配に、唇を噛み締めた。それから、腕の中の少女に忌々しげな視線を向ける。

 花は気を失いかけていた。体は力が入らずグッタリしている。お陰でいくらウィンガーの状態とはいえ、支えているのは至難の技だ。


(この子がいなきゃ、水沢凪が私に追いつけるはずがないのに!)

 毎日ストイックにトレーニングし、翼を出した時のコントロールも完璧だ。

 この大きな翼と共に授けられた飛行能力は、特に意識して磨いてきた。

 そもそもアーククラスの飛べる翼を持っていること自体、ウィンガーの中でも選ばれた存在なのだ。

 そこに加えて鍛錬し、能力を磨いた自分にかなう飛行能力を持った者に、エレナは会ったことがなかった。


(私が一番なのよ!)

 花を抱える腕に力を込め、さらに上昇スピードを上げる。と、目の前を真っ黒な影が横切った。

「キャッ……」

 小さく悲鳴をあげて、急制動をかける。

 頬に、夜の風が吹きつけた。


「What?!」

 エレナは自分の顔が引き攣るのが、分かった。翼のある状態だと、ひどく冷静になれて、取り乱すことなどほとんどない。

 だが、今のエリナは完全に動揺していた。


 目の前、1メートルほどの位置で、大きな黒い翼が広がっている。

 水沢凪はこともなげに、憐れむように笑っていた。


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