追跡チーム
鮮昧でのバイトの時間はいつになく、穏やかに過ぎた。
席は程よく埋まり、常連さんが多かったこともあり、店全体がゆったりとした空気に包まれた夜だった。
昼間が慌ただしかっただけに、精神的疲労はかなりあったが、お陰でおかしなミスをすることもなく、凪は上がりの時間を迎えた。
「うはぁ〜」
誰もいないロッカーで、思わず年頃の女性にあるまじき声が漏れた
「疲れた……」
普段、独り言なんてそうそう言わないのだが、無意識に呟いてしまう。
考えたくないが、考えなければならないことが密になっている。
1人で解決できることではないが、誰かに丸投げできる問題でもない。
(エレナちゃんか……)
思い出せるのは、小学生の時の顔だけだ。それもハッキリ覚えているとは言い難い。
(あたしも……会いに行かなきゃならないんだろうな……)
いろいろと思いを巡らせながら上着を着ていると、スマホが鳴った。
あと1時間もしないで日付が変わろうという時間である。
(え、こんな時間に誰?未生ちゃん?)
しかし、バッグから取り出した画面に表示されていたのは『西崎おとや』の文字だった。
一瞬、出ないでおこうかとも思ったが、今日の一件もある。
「あ、もしもし……」
自分でもイヤイヤ感が声に出ているな、と思った。
『水沢、今出てこれるか?』
西崎は単刀直入に切り出してくる。
「え、あ、今、バイト終わったとこだから―」
『エレナが見つかった』
「え?」
『エビさんが、学校の近くのファミレスにいるの、見つけたんだ。花ちゃんも一緒にいる』
「が、学校?」
『小学校だ。八川小学校』
言わずと知れた、凪たちの出身校である。
なんでこんな時間に、そんなところに、とは思ったが、それよりも
「明日の連絡、待ってたんじゃ……」
と、口をついて出た。
『それは向こうの都合だ。あっちのペースで交渉させないためにも、こっちから乗り込んだ方がいい』
西崎はエレナの言いなりになるつもりはないらしい。
『オレと宙彦はもう向かってる。水沢も来られるなら、カイの妹に電話して』
「は?え?愛凪ちゃん?!」
『応援、頼んだんだ。途中で乗せてもらえるかもしれない』
電話を切ると、凪はまず深呼吸した。
(なんか……すごい仰々しいことになってる気がする……)
やる気満々、というわけにはいかない。かと言って、行きたくないわけではない。というより、行くしかないと分かっている。
それでも、躊躇いながら、愛凪の連絡先を押した。
『水沢さん!今、ジーズですか?』
ワンコールも待たずに、愛凪の声が飛び込んでくる。凪からの連絡を待ち構えていたらしい。
『今、―通りら辺にいて。〇〇公園まで来られますか?』
言われた場所まで行くと、軽自動車が停まっていた。ハザードを上げている車内をそっと窺うと、助手席の窓が開き、少し緊張した面持ちの愛凪の顔が覗いた。
「こんばんわ。あ、後、乗ってください」
愛凪と会ったのはもう半年以上前だ。
今は通信制の高校に行っていると聞いていたが、対策室で仕事をしていた時より、グッと大人っぽくなったように見える。
「カイも、来てたんだ」
乗り込みながら、運転席に声をかけると、
「年頃の乙女をこんな時間に1人で行かせられませんて」
白い歯を見せて、海人が振り返った。
「あ、まぁ、確かに」
西崎の電話で愛凪の名前しか聞かなかったから、彼女1人で来るのかと思っていたが、考えてみれば車の免許も取れるかどうか微妙な年齢だ。ただ、助手席の愛凪は少々不満げな顔をしていた。
(そういえば、カイも夏に会った時に免許を取ったばかりだって言ってたな…………初心者マークか)
まあ、そこはペーパードライバーの自分が突っ込むところではないか、と凪は口をつぐんだ。
「んで、ちょっと状況教えてくんね?ニッシーから愛凪に救援要請きたからとりあえず来たけど。エレナ・モリィが帰ってきてるって、なに?」
「えっ、そこから……」
時間がなかったのか、西崎は室田の話はしていないらしい。
どこまで話していいか、躊躇いはあったものの、こんな夜中に呼び出してることを思えば、説明しない訳には行かない。
「見失わないように、シーカーがもう1人いて欲しいって。私、翼は小さいけど、皆さんより遠くからウィンガー見つけられるんで。でも、なんでそのエレナっていう人、捕まえなきゃならないんですか?」
(そっか、エビさんだとエレナちゃんにすぐ気が付かれる可能性が高いから、愛凪ちゃん呼んだのか……)
凪もやっと西崎の意図が見えてきた。
「エレナ・モリィって、小学校の時、うちのクラスに来た転校生なんだけど―」
凪は室田兄妹とエレナの関わりについて説明した。
「ダーウィン・ミッションの仲間ってことは、私たちと敵対関係ってことになるんですかね?その妹さん、なんだってそんな人のところに行っちゃったんでしょうねえ」
一通り話を聞いた愛凪がため息をつく。
車は、やっと動き出し、最初の信号で停車したところだ。つまり、まだ100メートルほどしか進んでいない。
深夜とはいえ、街の中心部の車の流れは絶えない。が、昼間に比べれば格段に車の量は少なく、渋滞など発生しているはずもない。
それでこれしか進んでいないのは、海人が縦列駐車から抜け出し、走行車線に入るのにかなり手間取っていたからだ。
「あんまり……夜の運転とかしてない?」
控えめに聞いた凪に、海人は無言で頷いた。いつも愛凪より断然お喋りな海人が、真っ直ぐ前を見て固まり、言葉を発しない。こちらまで緊張してしまう。
チラリと後ろを振り返った愛凪が小さく目配せしてきた。
(だから、私は1人で来るつもりだったんですよ)
その目は間違いなくそう言っている。
(なるべく急いだ方がいいんだろうけど、こういう時に急かすのはな……)
隣を走る車が、明らかに苛立った様子で、安全運転の海人を追い抜いていく。
「そう言えば、かべっちが翼出して運転すると、キレッキレになるっていつか言ってたよ」
なんで、そんなことを言ってしまったのか、凪は自分でもよく分からなかった。少し、焦る気持ちがあったのかもしれない。
「あー、確かに視界とかもよくなり―」
愛凪がそう言って後ろを振り向くと同時に、海人は少し前屈みになる―のを凪は見た。
「むわっ!!」「んがっ!!」
途端に女子2人の背中がシートに押し付けられる。
翼を出した海人が急にアクセルを踏んだのだ。
運転席のシートと海人の背中の間に、白い翼が折り畳まれて窮屈そうにしている。
「違っ……そういうこと、頼んだわけじゃ、」
車はそのまま加速し、右折矢印が黄色に変わった瞬間の交差点へ猛然と進入した。甲高いブレーキ音を鳴らしながら、鮮やかなドリフトターンを展開する。
「確かに!まじ、ヤベェ!」
凪はサイドの窓ガラスにしたたかに頭を打ち付けながら、海人の嬉しそうな声を聞いた。




