接触
『ハァイ!そろそろくる頃だと思ってたでしょ!』
わざとテンション高めにしたエレナの声が飛び込んできた。
室田はグッと息を止め、自分を落ち着かせてから口を開いた。
「花―花、そこにいるの?」
『アハハ!どうでしょー』
耳障りな笑い声に、室田は拳を握りしめる。
『アーァ、ジャネット、全然使えないの。困るわね。まだ、西崎クンも、水沢サンもそこにいる?―じゃあ、ヒカルも、全部話しちゃったのね?』
「―もう、無理だよ。ちゃんとみんなに説明した方がいい」
『ヒカル、私に、命令するの?』
外国語訛りの日本語で多少和らげられているが、笑いを含んだ言葉の中に明らかな恫喝が込められている。
西崎の目が細まるのが、凪は怖かった。
会話の内容はスピーカーにするまでもなく、全部聞こえている。
現在のエレナの姿を凪は想像した。
色白で、自分と同じくらいの身長しかなく、ぱっと見ただけでは、儚げな少女だった小学生時代。
聞こえてくる声に、当時の面影は重ならない。
「室田、代れ」
西崎の静かだが、有無を言わさない言い方に、室田はほとんど反射的にスマホを差し出した。
「西崎音十弥だ。森エレナ、だよな」
クスクスと、エレナの笑い声が聞こえる。
『森、エレナね。そう呼ばれてた同級生のこと、覚えててくれた?』
「覚えてるさ。アメリカからの転校生なんて、そんなにいなかったからな」
『ああ、なるほどね―』
エレナはそこで一瞬、言葉を切った。
『でも、ヒカルから名前を聞く前、私のこと、思い出したことあった?たった半年しかいなかった人』
「英語の方がいいなら、英語でいいぞ。何が言いたい?何がしたい?」
一瞬の無言。それから、拍子抜けするような歌が聞こえた。
『ぼくらのクラスのリーダーは……』
そこから先は、クスクスというエレナの笑い声に変わる。
『なんでもよく考えてるのね。そして、自分が正解を知ってると思ってるでしょ?』
「だから、いったい何が―」
『あなたたちの知りたいこと、今、一番知ってるのは私。忘れられた転校生なのにね』
「オレたちが知りたいことって、なんだと思ってるんだ?」
『言わなきゃダメ?いいけどネ。―ねえ、レイコは何をしたのかしら?何をしたかったのでしょう?』
そのあっけらかんとした言い方は、聞いていた3人を固まらせた。
「お前は―それを知っているのか?」
『yeah―あなたたちよりは。彼女、ウソばかりでしょう?何のためのウソ?本当も少しはあったと思う?』
西崎がイラついていることは、凪にも室田にもよく分かった。
「直接会って話した方が、よさそうだな。今、どこにいる?」
『今は疲れてるの。私も、花も、ね。明日、また電話しますね』
それ以上話す気はないらしく、こちらの返答も待たずに通話は切れた。
掛け直しても、出る気配はない。
「―」
舌打ちと共に飛び出した西崎の呟きは英語だったが、日本語に訳さない方がいい言葉であることは、凪にも理解できた。
着信音にハッとした室田だったが、電話ではなかった。
無言で差し出された室田のスマホ画面には、戸惑い顔の花が映っている。
先程までと同じ服装。場所はホテルの部屋のようにも見えたが、どこかは分からない。
「人質がいるんだから、言う通りにしろってことだな」
人質という言葉に拒否反応を感じつつも、凪は頷いた。
「花ちゃん、自分からエレナちゃんに連絡取ったんだよね?自分の意思でエレナちゃんのところに……なんで……?」
質問は室田へ向けたものだった。が、室田は他の考え事をしているのか、じっと黙ったままだ。
「あの様子だと、兄貴を守るつもりだったんじゃないか?知られる予定じゃなかったことまで、オレたちに知られてて、焦ったんだろ、室田」
名前を呼ばれて、室田はさっと頭を上げた。
「他には、もう隠してることないな?必要なことは全部話しておけよ」
肩をすくめ、小さく頷く姿は気の毒にも思えたが、凪は身を乗り出して口を開いた。
「本当だよね?もし、まだ隠し事してたら、今度はあたしの力で喋らせなきゃいけなくなる。あたし、それはやりたくないからね」
凪を見る瞳が小刻みに揺れる。
そのまま、真っ直ぐ見返すと室田の不安が伝わってきそうで、凪は自分から目を逸らした。
気持ちは伝わったと思う。そう信じたかった。




