惑い、疑い
「みんなのこと……小学校で一緒だったみんなのこと、今どうしてるか調べて欲しいって。その時に、エレナがウィンガーの研究に協力していることも聞いた。きっと、いいことなんだと思ったんだよ。ウィンガーのためになることだって……」
「ダーウィンは、オレたちが隠れウィンガーだってこと、全部知ってるってことか」
さすがに苦渋の色を滲ませた西崎に、室田はハッと顔を上げた。
「ううん、それはまだのはず!」
「なんで、そう言える?」
室田は肩で大きく息をした。
「エレナ……言ってたんだ。みんなのこと、自分がのし上がるためのカードにするんだって」
「え?」
凪も思わず声が出た。エレナがダーウィンと繋がっているという時点で、自分たちの情報も筒抜けなのだと思っていたのだ。
「これは……エレナが言ったわけじゃないんだけど。ダーウィンの中でも派閥争いがあるみたいでさ。エレナは……女王様になりたいんだ。誰にも文句を言われない、ナンバーワンになりたいんだ……」
少々チープな文言だが、ホストをしている室田が言うと、妙に説得力はある。だが、凪は納得はできなかった。
エレナとは半年しか過ごしていない。どんな話をしたかも覚えていない。それでも、あのニコニコ笑っていた女の子が、野心まみれの女性になっていることは想像し難たい。
「できれば、みんなを味方にしたいんだと思う。あの……オレはそう、思ってて……」
確信を持っているのか、そうでもないのか、肝心の語尾があやふやになる。
「室田、質問に答えろ」
スッと上半身を乗り出して言った西崎の声音に、凪まで背筋を伸ばさなければならなかった。
室田は顔を上げ、ぎこちなく頷く。
「オレたちのこと、調べろって言われたくせに、水沢に会うまで誰にも連絡とってないよな?どうしてだ?」
「それは―」
室田は助けを求めるように凪を見る。
(え、いや、そんな目で見られても、なんにも助けようがないよ……)
凪としても初めて聞く話だし、室田を擁護する理由もない。
諦めたように、室田はまた下を向いた。
「調べたよ。できるだけ。真壁くんと、ノッキくんのことはすぐに分かった。でも、登録者には協力してもらいずらいから、その情報はいらないって言われた。あっさりね。あとは、実家がそのままで、そこにまだ住んでる人たち。本郷くんとか、小宮山さんとか……分かる範囲で、今何してるか、報告してた。でも……オレじゃなくても調べられることばっかりだって言われてさ。でも、急に声かけれないじゃん……オレ、そんなに仲いい友達いなかったし」
室田の唇が自重気味の笑いを漏らす。が、西崎の微動だにしない視線と出会って、その笑みを消した。
「だって、その……信じてくれないかもしれないけど……オレ、みんなのことを売るようなこと、したくなかったし……でも、お金もらっちゃってるし」
室田の声が震える。
西崎は小さく息を吐いた。
「あと、お前もウィンガーになったこと、いつエレナに言った?」
「えっ……ああ、割とすぐ……だったと思う」
予想外の質問に、室田は目をパチパチさせたが、西崎は構わず続けた。
「自分で言ったのか?」
「あ、う、うん。誰かには……聞いて欲しかったし。というか、エレナしか言える相手は……」
ドサッとソファに寄りかかり、西崎は明らかに不満そうな表情を隠さない。
「なんで、そこでオレらに話に来ないんだよ」
「え?」
「オレらがウィンガーなの知ってたんだろ、何年も。神社の裏で、翼出す練習してたのも見てたんだろ!相談するなら、まずオレたちじゃないのかよ」
「あ……」
「なんで、金で縛ってくるような相手を信用したんだよ。頼る相手をよく選べ」
(うわぁ、そう言われたって……)
凪としては、狼狽える室田の方が共感できた。
2年間、同じクラスで過ごしていたからと言って、なんでも相談できるわけがない。例え、ウィンガーという共通点があったとしても。
まして、室田は中学1年で転校し、誰とも連絡をとっていなかったというし、いきなり「オレもウィンガーになりました!仲間に入れてください!」と、名乗り出てくるようなキャラでもない。
「で、エレナはなんでオレたちに直接接触してこない?」
室田の明確な返事を待たず、西崎は続けた。
「室田、お前、ダーウィンが何をしているか、知っているのか?」
「え、あの事件のこと……?あの事件は、エレナとは別のグループのやっていることだって……エレナは人身売買とか、そういうのには関係してないって。すげー迷惑してるって」
「エレナがそう言ったのか」
西崎が何を言いたいのか、凪も分かった。
「本当にウィンガーのための研究なら、堂々とそう言って交渉すればいい。コソコソ動き回るのは、そうしなきゃいけない理由があるんじゃないのか?研究と名目をつけても、誘拐同然で集めているなら、人身売買の連中とやっていることは同じだ」
室田はグッと唇を噛み締めた。
エレナを信じているというより、信じていることにした方が、余計なことを考えなくてよかったのだろう。
室田の考えでいることが、なんだか手に取るように分かって、凪は自己嫌悪に陥った。自分が室田のような立場だったら、同じような行動をとっている可能性は高い。
「花ちゃんも信じているんだな。エレナのこと」
室田はゆっくり頷いた。
「多分……」
「もしかして花ちゃん、エレナちゃんのところに行ったの?」
ふと、そう思いついて凪は言った。
「だろうな」
西崎はとっくにそれを考えていたらしく、あっさりと頷く。
「え、でもエレナが来てるって、花は知らないはずだし、それにいつ―」
室田はそこで言葉を切った。彼の中でもいろいろと状況がつながったらしい。
「トイレに行くって……連絡してたのか―」
「じゃあ、あそこで逃げ出したの、エレナの指示か……」
西崎の目はその言葉に同意していた。
「花ちゃん、悪気はなかったと思うよ。ただ、お兄ちゃんがピンチだと思って……相談したんじゃないかな」
西崎が気を悪くしなければいいが、と思いながら、凪は室田へそう言った。もっとも室田はあれこれ思い巡らせているようで、あまり耳に入っていない様子だ。
「どう……す―」
西崎にそう聞こうとした時、室田の着信が鳴った。
「―エレナだ……」




