室田花の帰国
待ち合わせ場所は絵洲駅だった。
遅くても、14時30分には駅に着くという室田の妹を待つため、30分前に駅2階の『バブルツリー』で待ち合わせになっている。
大小様々な球体がぶら下がる真っ白い木のオブジェは、正式名称が他にあるらしいが、見た目そのままの愛称が定着していた。
駅の待ち合わせといえば、『バブルツリー』だ。
だが凪は現在、駅3階のコンコースをうろうろしていた。
早めに待ち合わせ場所に行ってもいいのだが、万が一西崎も早く到着した場合、2人でいる時間が長くなる。
本郷にも声はかけたらしいが、用事があるらしい。
あまり大人数で出迎えて、相手を警戒させるのも西崎としては避けたいということで、それ以上他の同級生は誘っていない。
(室田くんもあんまりいろんな人に来られても困るだろうしな……)
複雑な事情もあるだけに、誰かれかまわず声をかけるわけにもいかない。
肩にかけたバッグの紐を両手で掴み、凪は息を吐いた。
震えたスマホを見てみると、室田からメッセージが入っていた。
(あ、思ってたより早い)
あと15分ほどで到着する、空港からのアクセス線に乗っているらしい。
凪は階段を降りてバブルツリーへ向かった。
休日だけに、ツリーの周辺は待ち合わせらしい人が多く集まっていたが、西崎がすでに到着しているのは、離れた場所からも確認できた。
なにしろ長身だし、どことなく人を寄せ付けない空気感があるのか、周りの人々も少し離れて立っている。
西崎もすぐに凪に気がついた。
「東口の改札で会うことになった。行こうぜ」
歩きながら西崎は凪の方へ上半身を傾けながら言った。
「付いてくるのは例のジャネットだけだ」
「うん。分かった」
「水沢、エビさんの番号知ってるか?」
「え?」
予想外の問いに、凪は西崎を見上げた。
「今日、来てもらってる。感知できそうな場所で、待機してもらってる」
「感知って……ジャネットって人、ウィ、あたし達みたいな人とは関係ないって……」
「室田が言ってたな」
その言葉の響きに、凪は黙った。
「オレも確証があるわけじゃない」
西崎は足を止めて改札口に目を向けた。
一番大きい中央改札口と比べれば人の往来は少ない。改札機も4台だけだから、出てくればすぐにわかる。
「ただ、少し妙なことが重なって、慎重にしたくてさ。室田の言ってることが、不自然なのも確かだしな」
少し妙なことがなんなのか、ここで聞いても答えてもらえないだろうと、凪は予測した。
「室田くん、聞いたらちゃんと説明してくれるかな……」
「どうだかな」
腕組みをした西崎の眼差しが強くなる。
「今日、無事に妹を引き取ったら、聞いてみるつもりだけどな」
凪は少し室田が気の毒になった。
西崎に問い詰められて、身を縮こませる姿が容易に想像できる。
きっと、よっぽどの事情があるのだろうとは思う。だからといって、自分たちを騙すようなことになっていたら、もちろんいただけないが。
改札の向こうに、スーツケースを引く3人連れが現れた。
1人は室田。妹のものらしいスーツケースを引っ張りながら、肩にも大きなバッグをかけている。
隣には小柄で華奢な女の子。すぐに妹の花だと分かった。兄に隠れるように、縋るようにして歩いている。体つきもだが、顔立ちも幼い。年を聞いていなければ小学生だと思っただろう。
そして、花の後ろにぴたりとついて歩く黒人女性。
小柄な室田兄妹と並んでいることもあって、かなり背が高く見える。長髪のドレッドヘアもあって、かなり目立っていた。
室田はすぐにこちらを見つけ、改札を出ると真っ直ぐやってきた。
花はおずおずと、凪と西崎を交互に見つめている。凪たちがここにいることを知らされていない様子だった。
一方、黒人女性はにこやかに2人を見ていた。ただ元々の目元のキツさがメイクで強調されているせいで、凪はちょっと怖かった。
(日本語、できるって言ってたよね……)
探るように見回すと、室田は笑顔、西崎は無表情。
「友達。心配して迎えに来てくれたんだ」
室田はそんな風に2人を紹介した。
「アー、オトモダチ。優シイデスネ」
凪が思っていたよりも、辿々しい日本語だ。
西崎は英語で簡単に自己紹介した。ジャネットは嬉しそうに握手に応じた。
「あ、ナギ・ミズサワ。ナイストゥーミートュー」
自分の英語の酷さを自覚しつつ、凪もジャネットに、手を差し出してみる。
「ォ、オゥ、ナギサン、ネ」
その瞬間の反応は、何か違和感のあるものだった。
ジャネットの目が明らかに泳いでいる。
意識的に視線を合わせるのを避けているのが凪には分かった。
すぐに西崎を見たが、西崎は室田と話していて、ジャネットの様子には気づいていないようだ。
(なんか、おかしいよ……?ウィンガーとは関係ない人たちなんだよね?)
さっきの西崎との会話を思い出す。
だが、ジャネットはウィンガーではなさそうだ。アーククラスの、翼の気配を隠せるウィンガーだとしたら別だが……
(普通のアメリカの人って、目を見てはなすよね?)
自分の偏見かも、とは思いつつ、先程まで西崎と挨拶を交わしていた様子からは、ジャネットがソワソワと視線を逸らしながら話すのは不自然としか思えなかった。
とりあえず、駅ビルの中でお茶でもということになり、手近な店に入った。
「ワタシ、オ手洗イ、行ッテキマス」
「あ、お店の外だから、あたし一緒に、」
レストラン街の店は店内にトイレはない。
「大丈夫。スグ近ク。サッキ見タネ」
ジャネットは凪の申し出を遮るようにそう言うと、さっさと店を出て行った。
凪は西崎と目を見合わせた。
西崎も先程からのジャネットの落ち着かない様子は分かっていたらしく、あからさまに眉をひそめている。
「あたし、やっぱりちょっと様子見てくる」
花がいる手前、何をどこまで話していいか分からない。凪は一先ずそう言って、ジャネットを追いかけることにした。
(荷物も置いていってるし、心配はないと思うけど……)
だが、どうにも嫌な予感がする。
「室田、確認したいことがあるんだけど」
西崎の硬い声音を背後に聞きながら、凪は店を出た。




