ある日の西崎
「何か分かったか?」
西崎は挨拶もそこそこに、パソコンの画面のの相手へ尋ねた。
モニターの向こうのマイケルは、珍しく気難しい顔をしている。
日本語で答えようとしたが、やはり英語の方が話しやすいと思ったらしい。そこからの会話は英語で進んだ。
須藤の事件以来、マイケルはダーウィン・ミッションの調査を独自で続けていた。
事件後になりを潜めたきり、表だった活動をしていなかったダーウィン・ミッションだが、夏頃から色々と情報が漏れて来たらしい。
その中に、彼らの仲間にアーククラスのウィンガーがいる、という情報があった。
須藤たちだって、ウィンガーであるにも関わらず、ウィンガーの売買取引に関わっていたわけだから、組織の中に、他にもウィンガーがいるのは不思議ではない。だが、マイケル曰く、
「アーククラスのウィンガーはそうそういるもんじゃない。お前たちの仲間が異常なんだ」
ということらしい。
「空を飛べるウィンガーなんて、アメリカでは2人しか知らない」
そのうちの1人がマイケルというわけだ。
「情報が真実なら、ダーウィンのウィンガーが3人目だ」
「オレたちみたいに隠れている可能性だってある。ウィンガーの実際の数なんて、」
西崎が反論しようとした時、画面にもう1人の顔が割り込んできた。
「ヘイ、ブラザー、熱くなるなよ」
青い目がウインクする。
「ヘンリー、いたのか」
「今、来た」
あともう1人のアーククラスのウィンガー。ヘンリーは爽やかな笑顔を見せた。
マイケルを押し除けるようにして、画面の前に座る姿は子供っぽさを感じさせるが、西崎と同い年である。
大半の女性はおろか、男性の視線も惹きつけるほどの端正な顔立ち。長い前髪をかき上げながら、真っ直ぐにこちらを見てくる顔はグラビアの表紙のようだ。隣のマイケルは完全に引き立て役になっていた。
「ま、君らのそういうところ、オレは嫌いじゃないけどね。でもダーウィンの情報は信ぴょう性高いんだ。そのアーククラスがダーウィンに加わってから、どうも商売気が強くなったみたいでね。それが原因で、ダーウィンを離れた連中がいるんだ。そこと接触して得た情報なんだよ」
ヘンリーは横目でマイケルを見る。マイケルの方は少々面白くなさそうな顔になっていた。自分が話すつもりだった内容を横取りされて気に食わないらしい。
「実際に、そのウィンガーに会った連中ってことか」
「いや、それなんだが」
マイケルがずいっと乗り出してくる。
「実際に彼女に会っているのは、上層部のごく一部だというんだ。下っ端の奴らはビデオで、その天使が飛んでいる姿を見て、声も聞いたと言っているが」
「彼女?女なのか」
「そう。プラチナブランドに、ブルーの瞳。美しい声」
笑い声混じりに、ヘンリーが言う。
「どこまで真実かわからないけどね!」
マイケルがわざとらしくため息をついて続けた。
「通称はエンジェル。本名は分からない。熱狂的に信奉する人間がいる一方で、反感を持つ人間もいる。謎のウィンガーだ」
(謎ね。それで片付けられたら楽だけどな)
軽い不快感を感じながら、西崎は頷いた。
マイケルは陽気で気のいい男だが、少々、大雑把なところがある。都合のいい方に思い込むところも。
西崎の思っていることを知ってか知らずか、ヘンリーはマイケルの肩に手を置いて、愛想のいい笑みを見せる。マイケルはジロリとヘンリーに視線だけ向けたが、大きな体の割にあまり迫力はなかった。
「一度、この目で見てみたいね。そのウィンガー。ダーウィンの意図が金儲けだけなのかどうか気になるとこだし。もう少しボクたちは彼らの監視を続けるよ」
ヘンリーの言い分は最もだったらしく、マイケルは黙っていた。
ヘンリーはこう見えて、マイケルよりずっと慎重な男だ。人のこともよく見えている。時折見せる、軽薄な言動も大抵は考えがあってのことだ。
信頼という点では、西崎はマイケルよりもヘンリーを買っていた。
「そのエンジェルがダーウィンのまとめ役ってことか?」
質問というより確認の意味だったが、画面の向こうの2人はここは揃って首を振った。
ヘンリーが面白そうにマイケルを見る。マイケルがそっぽを向いたので、ヘンリーは自分が喋っていいと解釈したらしい。
「いや、彼女は広告塔みたいなものだ。信奉者を集めるための。トップにいるのはガブリエルと呼ばれる人物で―お父さま、と呼ばれているところを見ると、男性なんだろうな。この人物には、ほんの限られた人間しか会うこともできないってことだ」
西崎がひどく顔をしかめたのに、ヘンリーはいたずらっ子のように笑ってみせた。
「まるで、カルト教団だろ?」
西崎が思った通りのことが、その口から出てきた。
「ああ。希少生物の保護団体はどこに行った?」
「yeah、地平線の彼方に去ったらしい。そんな活動していたことも忘れたんじゃないかな、彼らは」
ウィンガー密売を生業にする、カルト集団に成り果てたということか。それがアーククラスのウィンガーの先導によるものならば、全くカオスな話である。
西崎は不愉快さを隠すことなく、表情に出していた。
「オトヤ、ずいぶんダーウィンのことを気にするね」
「当たり前だ。オレらにも手ぇ出そうとしてたんだ。今はおとなしいけど、この後、何してくるか分かんないしな、情報は集めておかないと」
「ふうん、」
ヘンリーがサラリと前髪を掻き上げる。
いささか、きざったらしい仕草だが、その容姿の良さを十分引き立てる動きだ。本人もそれを自覚してやっている節がある。
「なあ、情報を提供する代わりに、ボクも見返りが欲しいな」
わざとらしい甘い声が西崎に通用しないことも、百も承知だろう。
西崎が「何が欲しい?」と聞く前にヘンリーは続けた。
「ボクも会ってみたいんだよ。ナギ・ミズサワに。マイケルは会ったんだろ」
拗ねるような流し目を、マイケルはスルーした。
「そうだ。マイケルが会っている。それで十分だろ。彼から話を聞けばいい」
「どうして会わせたくないのさ。君に何か不都合でも?」
こうなってくると、ヘンリーは面倒だ。頭もキレるだけに、会いたいとなったら様々な手段を講じそうだ。
「彼女はとてもキュートだ。だが、怖いぞ」
意外にもマイケルが口を挟んだ。高野愛凪の翼発現時に、マイケルと一悶着あったのは聞いている。小柄で普段はおとなしい女性に説教を喰らったのは、マイケルにとってそれなりにショックだったらしい。
「彼女にも見返りがないと、難しいんじゃないか」
ヘンリーが首を傾げてマイケルを見る。
「マイケル、いつの間に、女王のファンになったのさ」
「ヘンリー、水沢に話はしてみる。だけど、会うかどうか決めるのは水沢だ」
「是非にと伝えてよ。もしかしたら、レイコセンセイの調査も手伝えるかもしれない」
(コイツ……)
西崎は内心、舌打ちした。
(絶対、れい子先生の情報も何か握ってるな……)




