面影を追う者たち
そのニュースを見たのはたまたまだった。
夜の県内ニュース。その時間にルームメイトの未生と2人でお茶を飲んでいるというシチュエーションも久しぶりだった。
3年生になってから、勉強にバイトに2人とも忙しく、朝しか顔を合わせない日も多くなっている。
『――2丁目の住宅の敷地内で、物置小屋から火が出ていると119番通報があり……』
画面にはオレンジ色の屋根の住宅の奥から、黒い煙が上がる様子が映し出されていた。
「えっ……」
凪は思わず四つん這いで画面に近づいた。
バタバタと音を立ててテレビに寄って行った友人を未生は呆気に取られて見ていた。
オレンジの屋根。白い壁。玄関のアプローチ。見覚えがある。
『この家は空き家で、怪我人はありませんでした。警察では不審火と見て―』
「ナッピ?知ってる人の家?」
未生が心配そうに声をかけてくる。
「うん。小学校の時の……担任の先生の家。……多分」
凪は画面を見たまま答えた。
「えー!そうなんだ。あ、でも空き家なら、今は住んでないんでしょ?」
「あ……うん、もうだいぶ前から空き家のはず。ただ、行ったこともあるから、ちょっとびっくりして」
画面は次のニュースに切り替わっていた。
「あの辺り、最近、不審火多いよね〜。空き家だから、かえって狙われたんじゃない?」
「そういえば、そうだね…」
答えながら、凪はれい子のことを考えていた。
地下鉄の駅の階段を登った凪は周囲を見回して、東西南北を確認した。
この駅に降り立つのは、中学3年生の時以来だ。
行方不明になった小学校時代の担任、野宮れい子の自宅を訪ねるため、暦美と美実に召集された時である。
あの時は2人の後ろをついて歩いただけだったから、正直道順など覚えていない。久しぶりに会う同級生、しかも大して仲良くした記憶もない2人と、どんな会話をすればいいのだろうとか、先生の旦那さんに会ってなんと切り出せばいいのだろうとか、そんなことばかり考えていた。歩きながら、ずっと来てしまったことを後悔してもいた。
そんな記憶しかない場所を、どうしてもう一度訪ねてみたいと思ったのか、自分でもよく分からない。
ただ先日、桜呼のマンションを訪ねた時に、れい子の自宅がこの付近だと思い出したこと、そして火事のニュースを見たことで、何か妙な運命を感じたのかもしれない。
ニュースで報道していた住所と朧げな記憶を頼りに、凪は歩き出した。
駅の周辺からして、すでに住宅地だ。
マンションやアパートが立ち並ぶ中、スマホのマップを時々確認しながら、大通りを進む。
歩き始めると、不思議と見覚えのある風景だと思えてくる。
(あ、そうだ。このゆるい坂を登って行って……カーブがあって……)
おそらく、道は間違えていない。
凪は歩き続けた。
(確かコンビニ……のところで曲がって……)
何ヶ所か右に曲がるポイントを通過する。曲がった先の家の並びを確認しつつ進むと、道路の向かいに元コンビニらしい建物があった。
外壁が特有のレンガのような柄になっている。今は何かの事務所になっているようだが、間違いなさそうだった。
建て替えられたりしていたら、分からなかったかもしれない。
ホッと一息ついて、凪はその向かいの角を右に入った。道の先は50メートルほど先で左へカーブしており、そのカーブの手間に記憶にあるオレンジの屋根が見えた。
「あった」
思わず凪は呟いた。
この距離からでは、火事のあった家とは見えない。
凪は歩調を落とし、ゆっくりとれい子の家へ向かった。付近に警察や消防の人間がいる様子はない。
背後から走ってきた軽自動車が凪を追い越し―止まった。
たまたまだろうと、停車した脇を通り過ぎ用とした時、
「水沢!」
助手席の窓が開き、声が飛んできた。
「?!」
振り返った凪が見たのは、助手席の方に身を乗り出し、手を振っている真壁だった。
「ニュース見て来たの?」
真壁に聞かれ、凪は素直に頷いた。
車を元れい子の自宅前に停め、2人は火事の現場となった家を見ていた。まだ現場検証があるのか、家の入り口には黄色いテープが張られている。
自宅の方にも一部延焼したらしいが、外から見る限りは分からない。
こちらから見て母屋の裏、庭の一角に建てられていた物置が出火場所だという。
「かべっちも?」
凪に聞かれた真壁は、建物を見上げながら固く唇を結んでいた。
「―時々、見に来てたんだ」
少し間をおいて真壁は言った。
「もしかしたら、ほとぼりの冷めた頃見計らって、戻ってくるかもしれねーと思ってさ」
凪の心臓がトクンと波打つ。
― ウィンガーになったれい子先生のクラスの子供たちは、れい子先生に恨みを持っているんじゃないか……
そんな言葉が思い出された。
髪の毛と同じく金色に染められた眉をぎゅっと寄せ、真壁は続けた。
「れい子先生、死亡説も出てるんだってな。生きてるんだったら、出て来て説明して欲しいもんだけど」
チラリと凪に寄越した眼差しが「どう思う?」と聞いている。
「……わかんない。けど、亡くなってたとしたら、これだけ長く消息が分からないのも、納得できるかな……って」
思うままに、そう答えた。
「まあな」
建物に視線を戻し、真壁はため息をついた。
「庭、広くてよかったよな。お陰で植木が燃えたくらいで、隣の家まで広がらなかったらしいぜ」
敷地の奥の方にある植木が黒々としているのは、そのせいかと凪は気づいた。
以前、訪問した時の庭の様子を思い出してみる。
れい子の夫は、妻の教え子が突然訪ねて来たことに驚いた様子だったが、家に入れて話を聞いてくれた。
結論から言えば、期待した成果は何も得られなかったが。
暦美と美実は積極的に、れい子の経歴や行きそうな場所を聞き出そうとしていたが、夫の博信はどの質問にも詳しい答えは返してくれなかった。
うまくあしらわれた、と今になれば分かる。
当時すでに定年退職していた博信は、
「時間はあるから、DIYにはまっていてね。この間は庭に物置を作ったんだ。1人でいてもやることがなくてね」
そんなことを言っていた。妻が行方不明になったにしては、心配そうな様子もあまりみられないし、子供ながらに変な感じがしたのを覚えている。だが、当時は、れい子の経歴が偽りばかりだったことも、彼らの結婚も偽装の可能性があるなんてことも、知らなかったから、それ以上のことを聞き出せることはなかった。
「そういえば、昔コミたちと、ここ来たんだって?」
当時の家の様子を思い浮かべたまま、凪は頷いた。
「うん。コミさんたち、あたしの力でご主人に知ってること喋ってもらおうと思ってたみたいだけど。その頃はあたし、まだ普通の状態では何も出来なかったから」
そう言ってから、凪は苦笑いした。
「なんのために来たんだか、分からないよね」
真壁はニヤッと笑った。
「いいんじゃね?コミたちは会えて喜んでたし。水沢さんと久しぶりに会ったの〜変わってなかった〜って」
金髪短髪の見た目ヤンキーが、声を裏返して暦美の真似をする様子は、ちょっとインパクトがある。
「ふはっ……」
どの程度笑っていいものか分からず、凪は変な息を漏らすことになった。
駅まで送ってくれるという真壁の申し出をありがたく受け、凪は軽自動車へ乗り込んだ。
「これ、かべっちの車?」
「いや、職場の車。用事ある時は借りて使わせてもらってる」
確かに室内は装飾らしいものは何もなく、後部座席には工具らしきものが積み込まれていた。
「もしかして、寺元くんも先生の家の様子見にきてたりした?」
ふと思いついて、凪は聞いてみた。
「ノッキ?いや、あいつは家も知らないんじゃね?本郷はたまに来てたみたいだけど」
「本郷?」
予想外の名前に、凪は驚いた。
「オレと同じこと考えてたみたいだぜ」
「へぇ……」
凪の頭の中で様々な情報が交錯した。
6年前、れい子の自宅前で元石と会った「高橋全」。
渡辺が6年前の事件に注目していることを知った人間。
ウィンガー……




