室田の依頼
(結局、またこのパターンか……)
桜呼のマンションの前で、それぞれ帰る方向に分かれ、凪は西崎と連れ立って地下鉄へ向かうことを覚悟した。
暦美は蝦名に送ってもらうと言うし、本郷は用事があるからと、さっさと姿を消した。
それでも、以前より西崎に対するアレルギーにも似た緊張感は和らいでいる。
(まあ、ちょっとの時間だし)
そう、諦めた時、
「あのさ、」
急な呼びかけに、凪はハッとした。室田だ。彼の存在をすっかり忘れていた。
室田はひどく神妙な顔つきで2人を見つめている。
集まりの後半はほとんど発言もなく、周囲の顔色を窺うように座っていたから、きっと予想外の話を色々と聞かされて、動揺しているのだろうと、凪は思っていた。
「あの……ちょっと、相談したいことがあるんだけど」
口調は控えめだが、絶対に聞いてほしいという意志がそこにある。この場合の相談したい相手は西崎だろうと判断した凪は、
「あたしは、じゃあ……」
と、そのまま帰ろうとした。が、
「いや、」
西崎のその一言に、凪の足は止められた。
「水沢も一緒の方がいいだろ」
(え、なんで?!)
振り返った先で、室田も頷いている。こうなれば、この場にとどまるしかない。
「さっきの電話だろ、妹のことか?」
室田の返事を待つまでもなく、西崎の予想通りだったらしい。それでもまだ、凪の脳裏には(なんで、あたし?)と、クエッションマークが浮かんでいた。
「妹が今週末、帰ってくることになって」
「あ、よかったじゃない」
室田の妹、花があまり素性の分からない人物に連れられて、アメリカに行ったと聞いたのは夏休みの頃だ。
今は保護者であるはずの室田に相談もなく、知らない間にパスポートを取り、いなくなってしまったと、かなり心配していたのだ。
連絡は取れているし、リモートで元気な様子も確認できているとはいうものの、話を聞く限り、連れ去りに近いと凪は思っていた。
その妹が帰ってくる、というのに室田はうかない顔つきだった。
「花を連れて行ったジャネットが送ってきてくれるんだけど……今後のことももう一回、相談しようって言われてて。その……出来れば一緒に話してもらいたいんだけど。オレだけだとどうしても、いい負けそうな気がして……」
「オレでよければ、構わないけど。今週末なら空いてるし」
西崎は即答だった。そして、
「水沢は?なんか予定あるか?」
当たり前のように聞いてくる。
咄嗟のことで、架空の予定を考えつくことはできなかった。
「ジ、ジーズのバイト以外は―なにも……」
室田の頬が安堵に緩んだのを見ると、これで正解だったのだとは思う。
「よし。じゃあ、不審な点があったら、水沢の力で喋らせてもいいか?」
西崎の言葉に、室田は目を見開いた。
「え……翼、見せちゃうってこと……?」
言ってから、室田は慌てて周囲を見回した。幸いなことに、人通りはない。
「出さなくても、ある程度の影響は及ぼせる、だろ?」
(なんで、勝手に……)
凪は、ちょっと揶揄うような目つきで自分を見下ろす西崎が恨めしかった。
「……そのジャネットっていう人が―なんか、怪しかったら……あたしが、ってこと?」
言いながら、先日の西崎との会話を思い出す。
室田が何かまだ、自分達に隠していることがあるのではないか。西崎はそう思っていた。
それは凪も感じていたことではあったが、同級生相手に安易に能力を使いたくないと、断ったのだ。
「もしも、の時だけでいい。翼を出さないで出来る範囲で構わない。協力してくれないか」
(もう協力する前提で話が進んでる気がするんだけど。知らない相手だから、気兼ねなく、力を使えるだろうってこと……?)
西崎にしては考え方が姑息な気がして、凪はあまり乗り気にはなれなかった。だが、
「お願い、します」
室田に、すがるような口ぶりでペコンと頭を下げられると、首を振るわけにもいかない。
「ほんとに、できる範囲でだからね……」
「ううん、なんか心強い」
室田が妹のことを心配している様子は知っていただけに、そう言われれば、協力してやるべきだとも思う。
「でも、そのままでも催眠術が使えるなんて、水沢さん、すごいね」
「催眠術じゃない」
そこは反射的に言い返していた。
「え……」
ちょっと言い方がキツかったのか、室田が固まったのをみて、凪は慌てて手を振った。
「あ、ごめん。催眠術って言い方、胡散臭くて好きじゃなくて……」
「そ、そうなんだ、ごめん。じゃあ、なんて言えばいい?」
ホッとしたような、困ったような顔で室田は首を傾げた。
「え、いや……なんだろうね、(そう言えば、洸とあたしの力の呼び方とか、馬鹿みたいに考えたことあったな。結局、決まらなかったけど。てか、決める必要もないし)……なんか、適当でいいよ」
室田は困り顔のまま、西崎を見た。
「マインドコントロールとかじゃダメなのか?」
真面目に西崎が聞いてくる。
「いや、ますますイメージ悪い……(カルト宗教とかのイメージしか湧かないよ)」
「ふうん」
西崎は凪の顔を見下ろし、本気で嫌がっているのが分かったのか、腕組みしてしばし考えた。
「あの、別に名前とかいいよ……そんな、漫画みたいに能力名叫びながら使うわけでもなし」
凪は本気でそう思ったのだが、西崎と室田は吹き出した。
(コイツら、あたしが翼出して能力名叫ぶところ、想像したな)
「まあ、じゃあ考えておくわ。室田、妹が帰ってくる時間とか分かるか?」
(……だから、考えなくていいって)
そのまま、3人は地下鉄へ向かって歩き始めたので、凪はそう言う機会を失った。
途中の駅で室田は降りた。これから出勤だという。
それまで結構混み合っていた車内が、だいぶすいて見えた。座る場所はないが、それほど疲れているわけではないし、長時間乗るわけでもない。
西崎と並んで座るより、立っている方が凪には気楽でもあった。
「室田の電話、聞いてたか?」
「え?」
地下鉄が動き出すと、その音にかき消されない程度の声で西崎が言った。凪も、もちろん聞き取れなかったわけではない。西崎の質問の意図がわからなかったのだ。
「一ノ瀬が帰りがけに教えてくれたんだ。あいつ、結構耳いいだろ」
そう言えば、帰りに玄関先で2人が話しているのは見ていた。世間話か、挨拶程度の会話だろうと気にもしていなかったが。
「室田が話したいことあるみたいだから、聞いてやれって言われたんだ。西崎くんか、本郷くんを連れていけばいいんだろって、言ってたらしい」
その意味がよく飲み込めず、凪は一瞬考えた。
「室田くんが、電話の相手にそう言ったの?」
「ああ」
「―なんか、おかしくない?」
「だろ?」
おそらくジャネットという人からの電話だったのだろうが、まるで向こうが西崎か本郷を連れてくるように指示しているように聞こえる。室田はそんなことは一言も言っていない。
「しかも、出来るだけ聞かれたくなかったのか、トイレの中で話してたってさ」
それを聞き取った桜呼の聴力もすごい、と凪は思った。凪も聴力、視力、嗅覚など常人より優っている感覚はあるが、それほどではない。
人の電話を盗み聞きする気もないから、気にしていなかったのも確かだが。
(コミさんと言い合って、黙り込みながら桜呼ちゃん、聞き耳立ててたんだな……それにしても、)
「室田くん、やっぱり何か隠してるのかな……」
「それを、週末に確認したいんだ」
(なるほど……)
やっと西崎の言動が腑に落ちた。
「気乗りしないだろうけど、頼むよ」
そう言われれば、仕方ない。
凪は小さく頷いた。




