ヒートアップ・クールダウン
「ねえ、その殺された人の家とかもこれから調べるんでしょ?」
みんなから少し離れて、キッチンカウンターのそばに座っていた桜呼が声を出した。
「自宅に何か残っている可能性はあるよね?そこに私たちのこと、調べてた記録みたいなもの残ってたりしたら―まずくない?」
桜呼にしては珍しく、不安そうな様子が見える。
「もう捜索はしているらしいよ。今のところ、伊達守さんからは何も連絡はないけど」
元太の言葉に西崎と本郷が頷いた。
「あくまで今のところは、だけどな。こればっかりは様子見るしかないだろ」
「でも、あのっ……」
西崎の言葉に口を挟んだのは、なんと室田だった。
「オレたちのこと……その渡辺って人が調べてたとしても、実際にはみんな無関係なんだし。だから……大丈夫……なんじゃ……?」
段々ボソボソと小さくなる声に、
「うん、オレもそう思う!」
野太い声がかぶさった。
室田の隣に座っている蝦名である。
「まさか、これほどまでに多くの隠れウィンガーがいるなど、誰も想像できるまい!」
いつにも増して芝居がかった口調に、凪は笑いそうになるのを堪えた。
西崎や本郷は苦笑を漏らし、室田は賛同者が得られたと思ったのか、嬉しそうに蝦名を見ている。
「まあ、それもそうだけど。でも、かべっちやノッキは疑われる可能性があるってことよね」
暦美がため息をついた。
「なんかさ、1番最初にウィンガーになっちゃったばかりに、あの2人、貧乏クジ引いたよね」
「そういう言い方って、なくない?」
桜呼が突っかかる。
「絶対、不自由なことあるはずなのに、2人とも何も言わないで、私たちのことも隠し通してくれてるんじゃない。そんな他人事みたいな言い方!」
「別に他人事なんて思ってないわよ!あの2人ばかり表に立たせるの、悪いなって意味じゃない」
「あんたの言い方だと、私は隠れられててよかった、としか聞こえないのよ」
「それは、あんたの受け取り方でしょ!」
「ストーップ、はい、やめ!」
本郷が立ち上がって手を広げる。
敢えてゆっくりと、穏やかな口調で止めに入っているのが、凪には分かった。
暦美と桜呼、どちらかの肩を持つわけにもいかないと、結局黙って様子を見ているだけの自分が嫌になった。
女子同士の諍い。この場にいる女子はあとは自分だけなのだから、すぐに間に入るべきだったな、と今更ながら思う。
「だって―」
まだ続けようとする暦美だが、西崎が立ち上がってベランダのガラス戸を全開にした。冷たい夜気が流れ込んでくる。
顔をしかめる桜呼に、
「クールダウンだ」
無表情のまま、西崎は言った。
「デカい声出すと外に聞こえるぞ」
暦美も、グッと黙り込む。
西崎はそのまま、ベランダへ出て行った。
その時、鳴り出した着信音に室田が飛び上がった。それまで蝦名の影に隠れるようにして固まっていた室田は、我に返ったように立ちあがる。
「あ、ごめん……」
その場の空気から逃げるように、そのままリビングから出て行った。
暦美と桜呼は、お互いにそっぽを向いている。この2人の折り合いの悪さは昔からだ。性格的に合わないと言われればどうしようもない。だが、最近を見る限り、お互いちょうどいい距離感というのを掴んだように凪は思っていた。
(大人になったんだな、と思ってただけど……地雷を踏んじゃうと、こうなるんだな)
下手に声をかけない方がいいタイミングだろうと、凪は黙っていた。というか、声のかけ方もわからない。
(ミミちゃんがいてくれたら、うまく間に入ってくれたんだろうけど……あと、昔だったらこんな時は莉音ちゃんが……)
そう思った途端、困り顔で暦美と桜呼を眺めている元太が視界に入り、凪はハッとした。
莉音が登録されないことを選んでいたら―ここには、元太でなく莉音がいたに違いない。そしたら、こんな空気が流れる前に間に入って……
だが、それは考えても仕方ないことだ。
フルフルっと首を振り、ソファの上で体育座りになった凪を見て、本郷がベランダへ声をかける。
「音十弥、そろそろ閉めろよ」
(あ……寒くてブルブルしたわけじゃなかったんだけど……いや、寒いけど……)
部屋に戻ってきた西崎がチラリとこちらを見た気がしたが、凪はそっちは見ないようにしていた。
「いやしかし、この場所で6年前の事件の話が出るとはな!」
この場の雰囲気を変えようと思ったのか、ただ単に思いついたのか、蝦名が唐突に言いだす。
「ああ、そうだねえ。ぼくも、ここで話し合おうって聞いて、おや、と思ったんだよ」
話題が変わって、ホッとした様子の元太が頷く。
凪はキョロキョロと全員を見回した。
(また、あたしの知らないネタが……?)
「あれ、知らなかった?」
その様子に桜呼が声をかける。凪は頷いた。
「6年前に、元石ってウィンガーの人が殺されたの、ここなのよ。このマンションできる前って、ここ中古車屋があってね。そこで殺されてたの」
先日聞いたばかりの元石弘之殺害事件が、随分と自分達に絡んでくるものだと、凪は驚きよりも呆れてた。
「そうなんだ……」
もう、それしか言いようがない。
「うちの父がここ買う時、そんな事件のあった場所だからって、安く売り出されること期待したらしいのよ。結局、全然だったけどね。今住んでる人は、そんな事件あった場所だって知らない人も多いみたい」
桜呼の言葉ももっともだと、凪は頷いた。
地方都市とはいえ、絵洲市はかなり大きな都市だ。転勤族も多い。
室田がそうっとリビングのドアを開けて戻ってきた。どことなく不安そうな、落ち着きのない顔で元の場所に座る。
「おお。今、6年前の殺人事件の話をしていたとこだ。室田もあの時は絵洲市にいなかっただろう?」
蝦名にドスっと肩を叩かれ、室田の首がゆれた。
「えっ……う、うん。中1で転校してから高校出るまで、ずっと県外だったから……」
「一回もこっちに戻らなかったの?」
桜呼に聞かれると、室田は一層オドオドと頷いた。
蝦名が6年前の事件現場がこのマンションのある場所なのだと説明するのを、室田はパチパチと目を瞬き、カクカクと頷きながら聞いていた。
「すごい偶然だね。びっくりした……」
そう言いながら視線は暦美と桜呼の方を窺っている。2人のやり取りがどうなったのか、気になるらしい。
「気分のいい話じゃないが、ちょっと聞いてくれ」
話が途切れたところを見計らって、西崎は今回の渡辺の事件と6年前の元石の事件の共通点について、切り出した。
殺され方が似ていること、そこにウィンガーが関係している可能性が高いこと。
「警察もいずれ気づくと思う。全くんの名前が出なくても、絵洲市でウィンガーとなれば、登録された奴らが疑いをかけられる可能性が高い。今日聞いた情報はみんなで共有すべきだと思う」
誰も異議は唱えなかった。
「全くん名前を騙ったやつのことも気になる。当時のことで、なんか気になること、覚えてないか?」
凪は当然答えられることなどあるはずもなく、同じ立場であろう室田を見た。
室田も何も言うことはないと思ったのか、俯いている。
「6年も前のことだからな!これといったことは思い出せない!」
堂々とした蝦名の宣言に、本郷も
「まぁ、そうだよな。何かあれば、6年前に言ってるだろうな」
と、苦笑する。
「でも、あの時って、もう高校生でみんなバラバラになってて、特に集まって話したりしなかったじゃない?なんかあっても、言うタイミングもなかったとか、ない?」
暦美が乗り出した。
「それは―確かに、改まって話したりはしなかったな」
本郷は少し考えてから西崎を見た。
「一応、当時市内にいたウィンガーには、聞いてみるか。今回の事件もウィンガーが関係してそうだとなれば、みんな気になるだろうし」
「あんまり大袈裟にするのもどうかとは思うけどな。今回の事件の話もしつつ、一応確認してみるか」
そうして、ひとまず報告会は終了した。




