ウィンガー集会
翌日の夜、凪は桜呼と一緒に歩いていた。
ジーズのマスター、元太から今回の経緯について説明しておきたいと、連絡が入ったのである。
ジーズ・バーには集まらない方がいい、ということで、桜呼のマンションに集合することになったのだ。
ちょうど同じ地下鉄に乗り合わせていたらしく、改札で桜呼と一緒になった。
「なんか、煩わしいことが多いわねえ」
桜呼が物憂げにため息をつく。
「お茶とコーヒーくらいしか用意してないから、男性陣に買い出し頼んだんだけど、大丈夫かしら」
(あ、そっちの心配?)
事件のことを言っているのかと思った凪は、ちょっと肩透かしをくらった気分で相槌を打った。
「だ、大丈夫じゃない?」
駅を出て少し歩いたところで、
「水沢さーん!」
突然の背後からの呼びかけに、凪はビクンと立ち止まった。
振り返ると、手を振りながら駆け寄ってくる室田の姿。
「あ……」
小さく手を振りかえす凪の隣で、
「ああ」
桜呼がなんだか投げやりなため息をつくのが聞こえた。
「あ、一ノ瀬さんも……よかった」
追いついた室田は無邪気な笑顔を見せる。
「オレ、場所よく分からなくて。誰かと一緒に行ければいいと思ってて」
そう言えば、ウィンガー同士のミーティングのような会合に室田が参加するのは初めてだ、と凪は気付いた。
「あんまりこっちの方、来ないから……この辺り随分変わったね」
室田はキョロキョロと見回している。
「れい子先生のうちにお世話になってた時は、この辺よく通ったんだけど」
「え?れい子先生の家?」
思わず凪は桜呼と顔を見合わせた。
「うん、この近くだったでしょ」
「んー、近くっていうか、」
桜呼は少し考えてから、
「歩いて20、、30分くらいかかるんじゃない?」
近いというには微妙な距離だ。凪は中学生の時に、れい子の自宅を訪ねた時のことを思い出そうとした。
(あの時って確か……ああ、次の駅から歩いたんだ。それでも20分くらいは掛かった気がする……)
凪の記憶には、当時のこの辺りの景色はもちろん、れい子の家へ向かう途中の様子もほとんど残っていない。ただ、れい子の家の外観はよく覚えていた。
付近の家の3倍はあろうかという敷地に建った、クリーム色の外壁にオレンジ色の屋根の家。綺麗に整えられた庭とも相まって、まるで絵本か童話の中の家のようだと思った。そして、れい子先生のような中年の夫婦が2人で住むには、正直似合わない家だとも。
「前はこんなにマンションなんか、なかったよね」
室田は一人で喋り続けている。
「工場みたいなところ多くなかった?店もあんまりなくて、古い家も多くて。10年も経ってないのに、こんなに雰囲気変わるんだねー」
桜呼は、ちょっと不機嫌そうに見えた。
凪は2人に気を使いながら、当たり障りない相槌を繰り返していた。
(そう言えば……桜呼ちゃんと室田くんが話してるのって、見たことないかも……)
少なくとも小学生の頃は、我が道を行く桜呼と教室の隅でおとなしくしている室田が、必要なこと以外でお喋りすることなどなかったはずだ。
そう思うと、現在のシチュエーションは面白くもある。
「ええっ!ここ?!すごい所に住んでるね」
桜呼のマンション前まで来ると、室田は目を丸くして建物を見上げた。
夜空にそびえ立つ黒い建物は、マンションというよりオフィスはビルの様相を強く感じさせる。凪も最初に来た時は、ごく普通のマンションを想像していたので、少々気後れした記憶がある。
「そう?」
桜呼は相変わらずそっけない。
「へぇ……ここ、昔は中古車屋さんとかじゃなかったっけ?全然変わっちゃったねー」
桜呼は小さく首を傾げた。
「よく、覚えてるね」
「うん、他に大きな店もなかったし」
エントランスへ向かう3人に後ろから声がかかった。
「室田くん!凪ちゃん!」
低く渋い声に聞き覚えはあったものの、振り返った凪はギョッとした。
ニット帽に若干色の入った丸縁メガネ、上下ともジャージ姿の人物は、
「元太さん!」
凪より先に室田が声を上げる。室田もちょっと驚いている様子だった。
「元太さん、なに、その格好」
元太の姿を上から下まで遠慮なく見ながら、桜呼の目は座っていた。ファッションにうるさい桜呼の及第点に達していないのは明らかだが、普段の元太がこんな出立ちでいるところは凪も見たことがない。
少なくとも、ジーズに出勤してくる時は、もっとスマートでイケてるおじさまスタイルだ。
「もしかして、変装のつもり?」
(ええ?!)
桜呼の言葉に、凪はまさかと思ったが、
「え、いや、うん……一応」
と、元太が言ったので、吹き出しそうになった。
「ヤダ、かえって目立つわよ。早く入りましょ」
容赦なく言い放った桜呼がさっさとエントランスに入っていく。
しょんぼりとしてしまった元太をチラチラ見ながら、凪と室田もその後に続いた。




