海浜公園の午後
丘の頂上まで辿り着いた洸は、膝に手を置いて息を吐いた。
先着の3人は、既に東屋のベンチに座り、眼下の海の方へ視線を向けている。
3人とも全力でここまで駆け上がってきたとは思えない、もう長いことそうやって景色を眺めていたかのような、平然とした表情である。
(絶対この人たちおかしい)
と、洸は確信した。が、
(でも、翼出してたらオレだって余裕でダッシュできてたもんね!)
と、声に出して言うことはしなかった。
通常状態の自分が体力、運動神経共に平均を下回っていることを、決して認めないのが洸である。
少し日は傾いてきているが、晴れ渡った空と海との境目までがよく見えた。
海風は少し冷たいが、運動して温まった体には心地よい。
「はい、お疲れさん」
ため息とも深呼吸ともつかない息を吐いて、ベンチにドサリと腰を下ろした洸に、本郷が声をかける。
息を切らせる、とまではいかないが、十分疲れた様子の弟に、
「運動不足すぎるでしょ」
凪はそう言わずにはいられなかった。
「受験生は運動してるヒマなんかないんだよ」
「あれ、受験するんだ?(賢いようで、時々間の抜けたヤツ……)」
姉の揚げ足取りに洸はムッと黙り込む。
「また続きかよ」
本郷の呟きが耳に入った凪も、ここは自重して口を閉じることにした。
確かにこんなところで姉弟ケンカを披露してもしょうがない。
西崎と本郷はなんだかそんな姉弟の様子を、興味深げに見ていた。凪がよく喋る、という光景自体、珍しいのだろう。
「なあ、」
西崎が洸に声をかける。
「翔太ってやつにオレも会ってみたいんだけど」
「え……ああ、それは……いいと思いますけど。西崎さんは大丈夫なんすか?」
洸は嬉しそうに目を輝かせたものの、すぐに凪の顔を窺った。
「あの……さ、」
気難しい顔になった凪は西崎と本郷を交互に見つめた。
「2人とも、洸の未来が見えるって話、信じてるの?翔太くんがウィンガーになるって話も、決定事項みたいになってるけど……」
夏休みに翔太に会い、いきなり「あいつウィンガーになるよ」の宣言の後、洸は凪にそのことについて詳しく説明をしようとしなかった。
洸に未来視能力があって、翔太の件も実はそれで分かったのだと教えられてから、まだ数日である。
姉の自分より先に、西崎や本郷がそのことを知っていたというのは、悔しいとは言わないが不本意ではある。
「だって姉ちゃん、大騒ぎしそうだし。余計ウィンガーの人たちに会わせてくれなくなりそうだし」
という洸の言葉は全てその通りだったが、真っ先に報告、相談するべきなのは自分なのでは、と思う。
それに、西崎と本郷が疑いもせず「未来が見える」能力を信じているのも解せなかった。
厨二病の延長線にある洸の妄想―ではないだろうか。少なくとも凪は心の片隅でそう思っていた。
「まぁ、そりゃ水沢の弟だし」
あっさりと本郷が言う。むしろ疑問にも思っていないという口調だ。
「は……?」
「ウィンガーの能力に関しちゃ未知数だからな。この先も考えつかない力が覚醒するヤツが出てくるかもしれないぞ」
西崎も当然といった調子で続ける。
(西崎までなんで?あっさり信じちゃってんの?未来が見えるなんて、証明もできない能力を?!)
洸は得意げに胸を張っている。
凪はあまりに自然に洸の話が受け入れられている状況に、反論の言葉を探せなかった。
「ただ、神代翔太に関しては本人に、将来ウィンガーになる、って教えたところで信じないだろうし、オレたちがウィンガーだって教えるわけにもいかない。実際、ウィンガーになるとしても、もう少し時間の余裕はあるんだろ?対策を考えつつ、まずは様子見だな」
西崎の言葉に本郷と洸が頷く。
凪はまだ納得できずに黙っていた。
「それよりも、まずは、この間の殺された渡辺さんって人がどういうわけでオレたちに目をつけたのか、そこを元太さんに確認しないとな」
本郷の言葉に今度は西崎が頷く。
(洸の能力よりも、優先事項はそっちか。そりゃ、仕方ないけど……)
凪としては弟の能力が本当なのか、だとしたら翔太の監視に着こうとしている洸をどう、諌めたらいいのか、そっちの方が重要案件なのだが。
しかし、西崎と本郷相手にそんなことを訴えられるはずもなく……
「はい!」
そんな姉の煩悶など気にせず、洸がシャキっと手を上げた。
「伊達守さんは、渡辺さん殺人事件にウィンガーが関係してるような口ぶりでしたが、その可能性が高いんでしょうか?また6年前のウィンガー殺害事件とも関係があるのでしょうか?」
「いい質問です」
本郷が腕を組みながら、そう言って頷いてみせる。
(いや、のるなよ。また洸がいい気になるじゃん……)
凪のシラっとした視線に、本郷も洸も気付いた様子はない。
「では、音十弥くん、解説を」
「オレかよ」
そのままの調子で振られた西崎は苦笑した。
「そうだな―まず、6年前の事件で殺された元石って人、翼を折られていたことは知ってるか?」
「「えっ」」
凪と洸の声が重なる。
凪の脳裏には、約一年前の光景が鮮明に浮かんだ。
立山と須藤。
折れた翼が空中に砕け散るように、霧散していった光景。衝撃波のような波動。そして、苦しみ悶える2人の姿―
顔をこわばらせた凪だが、洸の気遣わしげな視線に、慌てて気を取り直した。
6年前のウィンガー殺害事件。殺されたのがウィンガーだったということで、記憶には残っている。ただ、絵洲市を離れていたこともあり、それほど詳しくニュースを追っていたわけではない。
「あ……首を絞められてたんじゃ―なかったっけ?」
不確かな記憶だが、そういう報道だったと思う。
「一応、内々の情報になってるんだ。一部のマスコミには知られているけどな」
西崎が続けた。
「元石さんの背中は、一部壊死していた。翼を折られた後に、頚椎を骨折するほどの強い力で絞められたんだ」
凪は背筋がゾクリとした。
今回の渡辺の事件のニュース報道―被害者は強い力で首を絞められた跡があり―
「ネットニュースで見たんだけど……今度の渡辺さんも、首が不自然な角度に折れ曲がっていたっていうの……」
西崎はすぐに察したらしい。というより、同じことを考えていたのだろう。
本郷もすぐに頷いた。
洸の顔から笑顔が消えていた。
「うわ、それ……同じ手口ってヤツ……?」
「断定はできないけどな。渡辺さんが6年前の事件調べてたって聞いた時、すぐに思い浮かんだよ」
「オレもだわ。多分、伊達守さんもハッキリ言わなかったけど、関連は考えてたよな?」
―ウィンガーが関わっていなければいいが。という、伊達守の言葉を凪は思い出した。
ウィンガーの翼を折り、首が折れるほどの力で締め付ける。相手が同じウィンガーなら、それは可能だ。
何より、元石が翼を出していた理由もそれで説明がつく。
洸は空を見つめてブツブツ言い始めた。
「え……と、元石ってウィンガーの人がウィンガーに襲われて殺された。6年経って、その事件を調べていた渡辺さんが狙われて、同じようにして殺された……手口からして同じ犯人、しかもウィンガーの可能性が高い。ん〜ん、なるほど……でも渡辺さんが6年前の事件のこと調べてたって、どうやって分かったんだろ……?」
つぶらな瞳がキョロンと凪の顔を覗き込む。
「分かんないよ!そんなこと……」
凪にしても今聞いたばかりの話で、混乱するばかりだ。
元太が事件に関して警察に行っていると聞いただけでも驚きだったのに、そこに昔のウィンガー殺人事件が関係し、さらに同級生との関わりまであるかもしれない。
(なんか……洸の未来視能力に加えて、この事件の話まで……あたしの脳ミソの処理能力、軽く超えてきてる。考えるの、やめたい……ここで海だけ見て、ぼんやりできたら最高なのに……)
深いため息をついた凪の背中を洸がさする。
「姉ちゃーん、現実逃避しないでよ〜」
さすがに姉の思考パターンはよく知っているらしい。
「まずは元太さんに詳しい話、聞いてからだけどな。6年前の事件のことは、当時、市内にいた連中に、話聞くことになるかもな」
西崎の言葉に仕方なさげに本郷は頷いた。
「当時、なんか変わったことがあれば、その時に話してたと思うけどなあ。何を根拠にオレたちに目をつけたんだか」
(6年前……高校1年生の時って、あたし何してたっけ?―普通に高校生してただけだな……)
凪が当時のことで思い出せるのは、平凡な高校生活のことばかりだった。
アイロウの調査員のことも、その人物が殺されたことも全く他人事で過ごしていたのは確かだ。そのまま、その生活が続くと思っていた。
(今頃になって、こんな風に関わることになるとは……)
「姉ちゃん、ちゃんと話、聞いてる?」
耳の間近で発せられた、洸の遠慮ない声に、
「聞いてるわ!」
反射的に怒鳴り返した凪を見て、西崎と本郷が笑っていた。




