将来・未来について
しばらく進之介の伝説的言動について、西崎と本郷が面白半分、呆れ半分に語るのを洸は興味深そうに聞いていた。
「夏のクラス会の時に一番暴れてた人でしょ?」
弟の言葉に、凪は
「その通り」
と、頷く。
「昔もあんな感じだった。昔よりもひどいかもしれない」
「アメリカでさらに解き放たれたみたいだな」
西崎が苦笑する。
「あっちで何回か会ってるけど、その度に奇抜な格好で現れて、知らないフリするかどうか迷う」
西崎は性格はキツいところがあるが、接し方は誰にでも平等だ、と凪は思っている。その西崎をしてそう言わせるかと、凪はちょっと面白かった。
「そういや音十弥、神代って苗字聞いた時に、れい子先生との関係考えてたなら教えろよ〜」
不意に本郷が言った。
「あ、それ!翔太がれい子先生の甥って、オレびっくりだったんですけど」
洸がグイッと前に乗り出した。
「だから、疑うってほどじゃなかったんだって。ただ神代って、あの先生の旧姓だな、地元も同じだなくらいで」
「オレも、あれには驚いたわ。こんなとこでまた、れい子先生がかかわってくるとはな」
しばらく誰もが黙った。
「関係、ありますかね?れい子先生と、翔太がいずれウィンガーになるのって」
遠慮なく口を開いたのは洸だ。
「どうだろうな。その弟って人、先生が行方不明になっても連絡も寄越さなかったみたいだしな」
西崎の言葉に、凪は伊達守から聞いた話を思い出していた。
「君たちが聞いたとおり、翔太くんの父親は海外に単身赴任している。東南アジアの方で現地のインフラ開発に関わる会社を経営しているようで、こちらには本当にたまにしか帰っていないらしい。自宅にも数年帰っていないらしくてね。―れい子先生とは小さい時は仲が良くて、いつも一緒にいたそうだが、れい子先生が高校卒業後、アメリカの大学に進学したのに対し、遼一さんは二浪して鬱々と過ごしていた。心配したれい子先生が遼一さんをアメリカに呼んだんじゃないかって、親戚の人は言っている。だが、ご両親が亡くなってからは、2人とも親戚付き合いをほとんどしてなくて、その後のことはよく分からないらしい。遼一さんがアメリカに行ったのは確かなんだが、そこに野宮先生が関係してくると、足取りを追うのは時間がかかるかもしれないね」
アメリカでのれい子の経歴調査にも、結構な時間がかかったと、凪も聞いている。関係者が協力的でなかったのだとも。
そこに、自分には及びもつかない力が働いている感じがして、凪は首筋がざわざわした。
「翔太から親の話ってあまり聞いてないんですよねー、言いたくないっていうより、あいつも興味ないって感じで。そこら辺は、変に大人びてるっていうか、冷めてるっていうか」
洸の口調は相変わらず、あっけらかんとしている。
本郷が真後ろの洸を覗き込むように振り返った。
「なあ、今の時点で一番可能性の高い未来が見えてるんだろ?今後の展開では、その翔太って子が、ウィンガーにならない未来もあるんじゃないか?」
「あー、他のことっていうか、いつもなら、そうなんですよねー」
洸はそう答えながら、腕組みをし、考えるような様子を見せる。
「んー、でも、うーん、アイツのことに関してはなんか限定的っていうか。ガッチガチに固定した未来です!ハイ!みたいな?」
洸は物をドンと置くようなジェスチャーをしてみせた。
本郷が眉を寄せて難しい顔になったのに対し、運転席の西崎からは苦笑混じりに
「ガッチガチかよ」
という声が聞こえる。
凪はどちらかというと、本郷よりのむすっとした表情になっていた。
洸の言ってる内容よりも、
(言い方!もう少し、どうにかなんないのかな?!結構シリアスな話題だってのに!)
どんなシーンでも、茶化すかのようなその言い方が気になるのである。
「まあ……そっちは様子見るしかないか」
本郷は仕方なさそうに言って、前を見、それからやおらまた、振り返った。
「そういや、卒業したら翔太の地元に住む気なんだって?」
「はいぃ?!」
凪は思わず声を出した。
「お姉ちゃん、聞いてないよ?!」
西崎達の手前、穏やかに言ったつもりだった。だが姉の笑顔を作る口元に対して目は笑っていないことに、洸はすぐに気がついた。さっと車の外へ目を逸らし、わかりやすく鼻歌を歌い始める。
本郷は無言のまま、そうっとまた前を見た。
『姉』の怖さを知っている前の座席の2人は、何も口を出さないことに決めたらしい。
「洸、また、勝手に色々決めようとしてるでしょ。卒業後の進路だって、決まってないくせに」
「え〜?……いや、決めてるって言ったでしょ。みんなが反対してるだけで」
「ちゃんと話し合いもしないで、自分の意見だけ通そうとしてるでしょ。結局、面倒になるとあたしを呼び出すくせに」
「いや、そこはミュージシャンとしての弟の才能を信じてさ、応援してよ〜」
後ろの席でゴソゴソと言い合いを続ける姉弟に、本郷は気まずそうに西崎を見やった。
余計なことを言った、という顔だ。
「おい、着いたぞ!外の空気でも吸え」
西崎はやれやれといった調子でハンドルを切った。
車は海浜公園の駐車場へと入っていく。
絵洲市東部の海岸沿いにあるイベント施設を中心に、このあたりに一帯には公園も整備されていた。休日には、護岸沿いのスポットは釣りをする人々で埋まる。
公園内に小高い丘のような場所が幾つもあるのは、地震の際の避難場所としても使われるからだ。
車から降りた4人は一斉に伸びをした。両手を高く伸ばした西崎の体が、一際大きく見えたのは仕方ない。
誰がいうともなく、近くの丘の上を目指して、歩き始めた。
階段を登り始めた凪を洸が追い抜く。傾斜のゆるい、だがかなり長い階段だ。
何気に抜き返した凪を、また洸は追い抜いた。
無言のまま、2人のスピードは上がっていく。
「ガキか、あの姉弟は」
西崎が笑うと、本郷もため息をついた。
「急ぐ必要もあるまいし」
結局、階段の半分も行かないうちに、洸は立ち止まり、肩で息をする有様だった。
「普段ギターより重い物持たないやつが、あたしに勝てるはずないでしょーが」
腰に手を当てて仁王立ちする凪に、
「競走なんかしてねーもん!」
ゼィゼィと洸が言い返す。
「あんたねぇ……」
立ち止まっていた姉弟に、男性2人が追いついた。なにか声をかけてくるかと凪は身構えたが、西崎と本郷は無言で黙々と階段を登っていく。
「?」
凪の視線の先で、2人はどちらからともなくスピードを上げた。
「……むっ」
本能的に凪の中のスイッチが入る。
「えっ、えぇ?!」
洸が何か言うまもなく、凪は2人の後ろを大股に追いかけ始める。
洸が一回まばたきした後に見たのは、3人が頂上へ向かって全力で駆け上がっていくところだった。
「なんなの?!小学生なの?あの人たち……」
呟いてから、ため息をつく。それから
「あ、れ?」
洸は首を傾げた。
少し傾き始めた太陽が逆光になっている。
でも、3人の背中はよく見えた。
「へぇ……そうなるかぁ」
洸の口元がじわじわと緩んだ。3人は振り返らず、どんどん登っていく。
「これは、オレだけの秘密にしとこ」
ヒヒヒ、と忍び笑いを漏らし、洸はゆっくりと階段を登り始めた。




