奇妙なドライブ
伊達守と別れた4人は、それぞれに微妙な表情のまま、お互いを見ていた。
「何から話す?」
一番先に口を開いたのは西崎だったが、こんな風に相手の出方を待つのは彼には珍しいことだった。それだけ、混乱しているとも言える。
「情報量ハンパねえなぁ。どういう流れだよ」
本郷が愚痴をこぼし、
「すごいシリアスな話でしたねー」
相変わらず、重みのない調子で洸が言う。
凪は黙って頷いた。
「話するにしても、ここじゃなんだな」
「移動するか。てか、どこに?」
西崎と本郷が思案する横で、
(……これは帰ってはいけない流れか)
凪はかすかな期待を込めて弟を窺った。
洸が、これから用事があるとか、もう帰らないといけないとか言い出せば、自分もそこに乗っかって帰る気だった。だが、見たところ洸は話し合いに加わる気満々だ。
(あたしがいたところで、なんの役にも立たないけど)
今回、殺害された渡辺という人のことはほとんど知らないし、その渡辺が気にしていたという6年前の事件の時は絵州市にいなかった。
翔太の件に関しても、もっぱら関わっているのは洸で……将来、彼が自分と同じ黒い翼を持つウィンガーになると予言しているのも洸である。
ただ……洸がこれ以上、おかしなことに首を突っ込まないように監視しておく必要はある。他にも隠し事がないか、確認もしておかなければならない。
姉の責任を果たすためにも、ここはしっかり話を聞いておくしかない……
1時間後、4人は車の中にいた。
「せっかく天気もいいし、ドライブってどうだ?」
と本郷が言い始め、
「車の中なら、ゆっくり喋れるしな」
と、西崎が同意したのだ。
駅前にはレンタカーのショップがいくつもある。凪にはレンタカーなんて発想はまるでなかったから、西崎と本郷がさっさと手続きを済ませてきたのには驚いた。
コンパクトカーの運転席は、西崎には少し窮屈なのではないかと凪は思った。
(アメ車のオープンカーとか、乗ってるイメージだよなぁ。本郷もこういう庶民の車乗ってるの似合わない感じだし)
運転席の西崎と助手席の本郷は、なんだかんだ楽しそうにナビをいじっている。
洸もどこへ連れて行ってもらえるのだろうと、はしゃいだ様子で後部座席から一緒にナビをのぞきこんでいた。
(冷静に考えると、変な絵面だよなー)
西崎、本郷の親友コンビに自分たち姉弟。こんな組み合わせでドライブする日が来るとは……
「今回の殺人事件のこと、一応市内にいる連中には伝えておいた方がいいな。渡辺って人がどういう理由で、オレたちに目をつけたのかは、元太さんにもう少し詳しい話聞いてみないとだけど」
「オレらが高校1年の夏休み中だろ。事件自体は覚えてるけど、それでなんかあったってことは……むしろ、その前の方が隠れウィンガーの調査にアイロウが乗り込んでくるって、ザワザワしてたな」
「あの……」
西崎と本郷の会話に、凪はそっと割り込んでみた。
無視されるかもと思ったが、
「ん?」
すぐに本郷が振り返る。
「アイロウの人が来るのって、みんな知ってたんだ?」
「ああ。事前にニュースになってた。絵州市の隠れウィンガー保護件数が他の都市に比べて高いから、調査しますって」
「隠れウィンガーの調査に宣言してから乗り込んできたんだ……」
本郷がニヤリと笑った。
「お役所仕事らしいだろ」
「お役所仕事というより、パフォーマンスだったんだろ、ウィンガー対策やってますっていう」
西崎の口調には、心底呆れている様子が窺える。
「ま、内密に乗り込んできても、伊達守さんから情報は入ってただろうけどな。一応、あんまり出歩かないようにしようって、あの時みんなに注意したんだ。結局、絵州市に来て初日に―確か元石っていう人だったっけ、事件に巻き込まれて、次の日死体でみつかった」
隠れウィンガーとして過ごしていた同級生たちは、皮肉にも調査官が来るという緊張を1日体験しただけで済んだということだ。
「オレらは大丈夫としても、マイケルクラスのミミとか、コタローとかは本気で登録しなきゃならないかもって、考えてたらしいよ。エビさんみたいな能力者がいないとも限らないし。シンシンなんか、調査官が来るって聞いてから、翼隠す練習してたもんな」
「え、シンシンそれまで隠す気なかったんだ……」
凪の脳裏に、小学校時代の進之介の顔が浮かんだ。
もっさりとした、お世辞にもカッコいい要素があるとは言えない顔立ち。
卒業間近にウィンガーとして発現し、飛べることが分かると、人の注意も聞かずに宙に飛び上がった。
ガクガクとした危なっかしい飛び方を、当人は意に介さず、無茶苦茶に飛び回った挙句、急上昇したところで時間の限界がきた。
つまり、忽然と翼が消え、
「ンゲアアアァ!!!」
当然のごとく地面へ真っ直ぐ落ちてきたところを凪と暦美でかろうじて受け止めたのだ。
ちょうど遅れてきた西崎と本郷に、こっぴどく叱られ、体育座りしていた進之介に、凪は同情する気はなかった。
あの頃から、アーククラスの翼の感知能力も、それを隠す能力も分かっていたから、念のために隠せるものは隠しておこうと、話し合っていたはずだった。
凪の感覚としては、いつも姿勢に気をつけているのと似たようなものだ。それが習慣になれば、意識せずとも背筋が伸びるようになる。
翼も隠しておこうという意識が常に働いているのが普通になれば、何かに気を取られていようが、寝ていようが感知されないようにできるのだ。
「面倒くさいが口癖だったからなー、シンシン」
本郷の言葉に、西崎が鼻で笑う。
「あいつは絶対に政治家は向いてないな」
「選挙に出たって、同級生は誰も入れないだろ」
男子2人の会話は、議員の父親には聞かせられたものではない、と凪は思いつつ、激しく同意もしていた。
「ああ、そういや、れい子先生がいなくなって、水沢たちが自宅まで行ったことあっただろ」
本郷が、斜め後ろの凪を振り返った。
「それ聞いてシンシンがオレも行ってみるって言い出してさ。オヤジの名前出して問い詰めてやるとか言って。千坂が付き合わされて、家の前まで行ったんだってさ」
(千坂―千坂昭利か。そう言えば、クラス会、来てなかったなー)
凪は顔も体もちょっとぽっちゃりした少年を思い出した。
本人よりも、どちらかというとその母親の方が印象に残っているが。
千坂家は、地元ではそこそこ知られた不動産業者だった。学校行事に現れる千坂の母親は全身ブランド物で着飾り、社交性にも長けた人だったが、その社交性は社会的ステータスを持った保護者―議員や会社経営者、医者など―のみに向けられ、一般の父兄は挨拶すら無視される、と評判の人物だった。
息子の昭利は勉強も運動もそこそこ、といったいった、あまり目立たない子供だったが、そんな母親の影響か、常に強い者のそばに従っている傾向があった。
みんなが若干うざいヤツ、と冷めた眼差しを向けていた進之介の言動にも、よく付き合っていた。
仕方なさそうな笑みを浮かべながら、進之介の後をついていく昭利の姿は、凪にも容易に想像できた。
「それ、オレも初耳だけど」
やや尖った、西崎の声がする。
「ああ、結局、家の前まで行って帰ってきたんだと。他のお客が来てて、声かけづらかったらしい」
本郷はあっさりと言った。
「帰りに、なんかのガチャガチャ、コンプしてきたとか、その話ばっかりしてて、お前らバカかって言われてたわ」




