殺人事件 ②
入ってきたのは料理長だった。
伊達守はこの店をよく利用しているらしく、料理長とも親しく言葉を交わす。
「息子の友人達なんだ。優秀な子たちでね、若い人々の意見はこちらにも刺激になるね」
にこやかに話す伊達守に、料理長は
「素晴らしい」
を連発した。
「せっかくだからもう少し歓談させてもらうよ」
「もちろんです。どうぞごゆっくり」
お茶のおかわりのポットと引き換えに料理長が去っていくと、また室内に少し張り詰めた空気が戻った。
一瞬、迷ったものの、凪は立ち上がってお茶を注いで回ることにした。
あまり得意な仕事ではない。
(中華テーブルって、自分のところで注いで、回してやればいいんだろうか?でも、ちょっと不作法な気もするし……)
自分の手つきの不器用さを凪が呪う間も、伊達守は話を続けていた。
「渡辺さんは、5年前に市内でウィンガーが殺害された事件を持ち出してきた。覚えてるかな?西崎くんはアメリカにいる時だが……」
「宙彦から話は聞きました。結構、海外からも非難されたりしましたよね」
凪の記憶にもぼんやりと残っている事件だ。
犯人が捕まったとは聞いていない。
(莉音ちゃんのことといい……未解決の事件って結構あるんだな……)
そう思ってから、元太がどんな気持ちで渡辺と話したのだろうかと考えていると、脇腹をつつかれ、凪は小さく横移動した。
睨みつける姉の視線の先で洸が
「知ってる?」
小声で聞いてくる。
「あ……だから……(とりあえず黙って話聞いとけばいいのに!)」
「絵洲市に隠れウィンガーの調査に来たアイロウ職員が殺された事件、覚えてないか?」
凪の苛立ちを感じ取ったのかどうか、簡単に説明を買って出たのは本郷だった。
元石弘之の殺害事件について、洸は興味深げに聞いていた。
「へえ。じゃあ迷宮入り事件なんだ。でも、今度の事件と関係あるんですか?」
真面目な顔で質問しているが、どうもその口調の軽さは凪をイライラさせる。
「僕も元太さんとまだ詳しく話せてはいないんだが。渡辺さんはその事件に、君たちの誰かが関係しているんではないかと疑っていたそうなんだよ」
「えっ……」「え?」「うへぇ?」
それぞれがそれぞれに驚きの声を発する中、西崎は無言だった。その目つきだけが険しくなっていた。
「もちろん、あり得ない話だよ。渡辺さんの思い違いか何かだと思うが、元太さんが帰ってきたら、詳しく聞いてみてくれないか。知らず知らずに、誰かトラブルに巻き込まれて可能性もある」
伊達守の言葉に西崎と本郷が顔を見合わせる。
凪には2人ともあまり気乗りしない表情に見えた。
「あと、他にも元太さんから聞いて気になったことがあってね、」
伊達守はお茶に口をつけ、一呼吸置いた。少し、物憂げな表情だ。
「亡くなった渡辺さんなんだがね、元太さんが言うにはウィンガーに対して強い反感というか、憎しみを持っていたようだというんだ。どうも、娘さんを亡くしていることと、ウィンガーに何か関係があるんじゃないかとね。それで、事件に関係あるかどうか分からないが、渡辺さんについても調べてみたんだよ」
「え、昨日今日で、ですか」
本郷に、小さく笑ってみせ、伊達守はまたお茶を口にした。
「そんなに面倒なことじゃなかったんだ。渡辺さんは、対策室に勤務する前は公安にいた。その前はSPとして働いていてね。公務員として記録が残っているから、経歴を調べるのは簡単だ。誰に言わせても、仕事に関しては妥協しない、優秀な人物だったそうなんだが。―6年前、SPだった渡辺さんは、パリで開かれた国際会議に出る外務大臣に同行した」
「パリ―もしかして、あのテロ事件のあった―」
西崎はすぐにピンときたらしい。
「ああ。ウィンガー3人を含むテログループが会議の行われる建物を占拠し、要人を人質にしようとした事件だよ。結局、失敗したが、犯人たちは逃走するために無差別に発泡や爆破を繰り返した。その犠牲者の中に渡辺さんの妻子がいたんだ。娘さんはまだ5歳……。この事件をきっかけに、ウィンガーに対して、厳しい言動をとるようになったそうだよ」
「ウィンガーに対する風当たりを暴風化させた事件ですね。ミハイル・ブラン―最悪のウィンガーだ」
吐き捨てるように西崎が言う。
(確かに……)
凪も心の中で頷いた。
この事件を期に、ウィンガーの移動制限、所在確認などが年々厳しくなっていることは把握している。
同級生たちが今更、登録されたくないと言っている大きな理由がここにあると、凪は思っていた。
「渡辺さんは首を絞められて亡くなっているんだが、かなりの力で締め殺されているらしい。相手が、ウィンガーじゃなければいいんだが……」
「えっ……そんなこと……」
思わず凪は呟いたが、西崎は納得したように頷いた。
「そういう疑いがあるんですね?だとしたら、渡辺さんが昔の事件とオレたちの関係を調べていたなんて、あまりいい話じゃありませんね」
「渡辺さんがウィンガーを嫌悪していることは、周囲の人にはよく知られていたようでね。そこから反感を買った可能性を警察は考えているようだよ」
「でも、元太さん、大丈夫ですか?そういうの、後々バレると偽証罪とかになるんじゃ……」
本郷が心配そうに口を挟む。
「まあ、今日出向いて警察の反応がどうかだな。そこは内部事情も伝えてもらえるよう、手を回してあるから、僕に任せてくれ。ただ、しばらくは君たちもジーズに集まる頻度を減らしてくれるかな」
「分かりました。じゃあ、そちらは伊達守さんにお願いします」
西崎に続き、本郷と凪も頭を下げた。キョロキョロとしてから、洸もペコンと首を振る。
全員がお茶を飲み、凪は残っていた杏仁豆腐をすくった。独特の甘い香りが口いっぱいに広がり、ちょっと気分を落ち着かせる。
伊達守が
「さあ、後はもう一つ重要なお知らせだ」
そう言って座り直した。その顔は、少し厳しさがとれたものの、まだ冴えない色を残している。
「洸くんから聞いた、神代くんのことなんだけどね」
真っ直ぐに伊達守の視線を受け止めた洸は、パチパチと瞬きした。
伊達守は次に西崎を見ていた。
「ちょっと皮肉というか、神様のイタズラというか……ぼくはかなり驚いたんだが。もしかして西崎くんは、神代という苗字で何か気がついていたの?」
「え?いえ、」
驚いたようにそう言ってから、西崎の口元がキュッと閉まるのを凪は見た。
「いや、チラッと同じ苗字で同じ出身地だとは思いましたけど。まさか、何か関係あったんですか?」
凪と本郷の目が合った。お互いに、なんのことか分かってないのが分かる。
そのまま、黙って伊達守と西崎の会話を見守った。
伊達守は一呼吸おいて頷いた。
「神代翔太くんの父親、神代遼一さんは、野宮れい子、旧姓神代れい子さんの双子の弟だ。神代翔太くんは、野宮先生の甥にあたるんだよ」




