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flappers   作者: さわきゆい
第1章 Maverick Wing
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9話

 疲れが溜まっていたのか、兄の同級生に会えて少しホッとしたのか、愛凪が起きると、すでに10時を回っていた。

 夜、いろいろ考えた説明の内容をもう一度繰り返しながら顔を洗う。

 頭をスッキリさせてから、思い切って、須藤に電話した。

 事情を聞いた須藤は、珍しく黙り込んだ。さすがに、予想外の相談内容だったのだろう。

「少し、時間くれるかな?また、連絡するよ」


 そして、その30分後の電話で呼び出されたのが、ここ。愛凪の自宅から歩いて、10分もかからない、スーパーの駐車場だった。


「午後から時間ある?ちょっと、仕事も兼ねちゃうけど、一緒に行って欲しいところがあるんだ」

 電話の須藤の声の調子はいつもと変わらなかったが、途端に後ろめたさがつのった。

 休日だというのに、面倒ごとを持ち込んでしまったのだ。


 見上げた空は、どんよりとした鉛色だった。空に負けず劣らず、重い気持ちで愛凪は佇んでいる。

 空気は湿っていて、生暖かい。夜には雨になるらしい。

 この後の予定は、正直よく分からない。帰りが何時になるか、そもそもどこへ行くのかも知らされず、言われるままにここへ来ていた。


 スーパーといっても、ここの駐車場は結構広い。同じ敷地内に、ドラッグストアやホームセンターもあり、土曜日とあって、人も車も多かった。

 不意の着信音に愛凪は飛び上がった。須藤だ。


「今、ホームセンターの前の自販機の近くなんだけど。アイさん、どこらへんにいる?」

「あ、すぐ行きます!」

 須藤が車から降りるのが、愛凪のいる場所からも確認できた。

 小走りに、黒いセダンの方へ向かう。須藤もすぐに愛凪を見つけた。


「すいません!お休みの日に変なこと相談してしまって!」

 開口一番、頭を下げる愛凪に、須藤はため息をついた。

「変なことじゃないでしょ。大事なことだよ。教えてくれてよかった」

 いつもより、きびしめの口調だが、愛凪を責める響きはない。

「驚きはしたけどね。そんなことになってるとは」


 助手席に乗るよう、愛凪を促しながら、須藤も運転席へ戻り、すぐエンジンをかけた。だが、ラジオのボリュームを少し絞っただけで、走らせる気配はない。

「さて、お兄さんがいなくなった時の状況、もう一回聞かせてくれる?」

 須藤の口調は、いつも通りの穏やかなものに戻っていた。それに促されるように、愛凪は兄の話を始めた。


「先週の土曜日です。あの公園でウィンガーの2人見つけた後、家に帰ったら…お母さんが慌てて出てきて。仕事見つかりそうだから、落ち着いたら連絡するって…お兄ちゃん、それだけメモ残していなくなってたんです」


 それは、シーカーとしての、愛凪のいわば初仕事の日だった。

 絵州市内の繁華街で活動しているスリグループに、ウィンガーがいるのではないかという情報の元、対策室では調査を進めていた。

 別件で逮捕された男がこのグループのメンバーだと分かり、エル・チームは溜まり場だと判明した公園に調査に訪れた。

 結果、グループ内に2人のウィンガーを愛凪が確認し、その日のうちに保護に至っている。

 当初予想されていた人物ではなく、また2人もウィンガーが関わっているとは誰も予想していなかったから、これは全く愛凪のお手柄だった。

 当然、意気揚々と自宅へ戻ったら、兄が姿を消した、と聞かされ、高揚した気分はものの見事に吹き飛ばされたのだ。


「そっか、あの日ね…日曜日に会った時、なんかもっと元気よくしてていいのに…とは、思ったんだよね」

 事後処理で翌日、休日出勤した時には寝不足と不安と、それでも他のみんなにバレないようにと、精神状態は最悪だったが、必死に仕事に集中して乗り切ったのだ。


「1週間、気が気じゃなかったでしょ。よく頑張ったよ」

 褒められていい場合ではないが、そう須藤に言ってもらえると、少し気持ちが楽になった。

「何かそれまでに変わったことはなかったの?」

 愛凪は思い切っていろいろ話しておこうと思っていた。


「私の就職が決まったあたりから、なんか変ではあったんです。東京で検査受けて、対策室に勤めることも決めて帰ってきて。お兄ちゃんにはシーカーの能力のことも、それまで言ってませんでした」


 母と2人、海人の部屋へ入り、シーカーの能力が突然現れたこと、そのことから未登録翼保有者対策室に就職できたことを報告した時、当然、驚かれるだろうとは予想していた。だが、あんなに反対されるとは思っても見なかった。

 ただでさえ、あまり血色の良くない顔色がさらに青ざめ、怒っているというよりは…


「なんか、怯えてる感じ…?心配してくれてるのはわかるんですけど、それだけでもなく…うまく、言えないんですけど、なんか不自然な反応で」

「あせり、を感じたとか?妹の方が先に仕事見つけてしまって」

 それもあったのは確かだろうと、愛凪は頷いた。

「でも、その後はしばらく何も言ってこなかったんです。それがいなくなる前の日に…」

 愛凪は一旦言葉を切って、軽く目を閉じた。あの日の記憶を確認し、整理する。


「お兄ちゃん、パソコンもスマホも全部処分してしまって。誰の連絡先もわかんなくなってたんです。それが、いなくなる前の日に誰かに電話してて。いつのまにか、お母さん、携帯買ってあげてたんですよ。びっくりして声かけたら、すぐ切っちゃったんですけど」

「誰と話してたのかはわからない?」

「聞こうと思ったんですけど、なんか…その…お前は、ウィンガーのそばにはいない方がいいとか怒鳴られて。自分だってウィンガーのくせに」


 須藤が眉を寄せる。

 ウィンガーが就職の際に苦労するのは確かだ。

 定期検診のために休みを与えなければいけないことや、移動制限のため、出張や転勤をさせにくいこと、各種報告書を提出しなければならない煩わしさ。だが、一番の原因は彼らに対する『恐れ』だ。

 本来トレーニングをきちんと受けて、定期講習も受けているウィンガーが暴走することなどまずないし、それは偏見だと断言していい。

 海人もそれはウィンガーとして、十分理解しているはずで、ましてウィンガーである自分と一緒に暮らしている妹が、ウィンガーのいる職場に入るからと言って反対するとはおかしな話だった。


「連絡先はどうやって分かったのかな?」

「お母さんが友達1人は連絡先知ってたんで、その人かと思ったんです。小学校からずっと仲よかった人で。でも、何にも連絡もらってないって言われました。だから、誰に電話してたのかは、全然…」

 須藤は腕組みをして、シートに寄りかかった。

「なるほど…なかなか手がかりはないね。さっき言ってたメモっていうのは?いつ見つけたの?」

「一昨日の夜です。掃除くらいしておいてあげようと思って片付けてたら、ベッドと机の隙間に落ちてたんです。何日か前に、メモ紙欲しいって言われてあげたやつだから、最近書いたものに間違いないと思うんです」


 カバンのパスケースから、水色の付箋紙を取り出す。出し入れを繰り返したせいで、紙はだいぶ捻れてきていた。

 須藤は真っ先に、下に書かれた2人分の名前に目を留めた。

「なるほどね…」

「上の2人も多分、小学校時代の同級生じゃないかって、お母さんが言ってました」


 昨日、その2人にすでに会っていることは、迷った末に言わずにおこうと思った。

 結局、2人とも何も知らなかったし、これ以上、迷惑をかけるわけにもいかない。

 それに、昨日の歓迎会の後、こっそり2人と会っていた、というのは言い出しづらいものがあった。


「でも、仲良くしてるとか聞いたこともないし、ずっと会っていないんじゃないかって…」

 凪と本郷にも話を聞いた方がいい、と言い出されたらどうしようかと思ったが、

「うん、まずぼくらでコンタクトを取れるのは真壁さんと寺元さんだね。電話でその名前聞いた時はイマイチ事情がはっきりしなかったから…うん、これで分かったよ」

 やはり、テンパリ気味でうまく事情を説明しきれていなかったようだ。愛凪は顔を赤らめた。


「ただね、やっぱり、ご両親の判断は賛成できないな。こう言ってはなんだけど、お兄さん、本当に仕事が見つかったのかどうか、疑問だよね。アイさんの話を聞くと、まだ気持ちが前向きになってはいないように思えるし。早めに、居場所は把握するべきだと思う」

 愛凪は頷くしかなかった。


「でも、よく話してくれたね。アイさんの判断は正解だよ。それで、なんだけど…」

 緊張で愛凪の顔は白くなっている。須藤は、ふっと顔をほころばせた。

「心配しないで。悪いようにはしないから」

 いつも通りの須藤の笑顔だ。

「でも、ご両親には不本意かな…まずは、アイロウに報告した方がいいと思うんだ」


 分かっていたことだった。

 警察、アイロウ、ウィンガーの行方不明者となれば当然の処置だ。

「はい…そう…ですよね」

「ただ、その前に確認しておきたいこともある。ちょっと付き合ってくれるかな」




「ウィンガー同士、この2人とは連絡はとってたのかな?」

 幹線道路を走らせながら、須藤は聞いた。

「全然、だと思います」

 愛凪は即座に首を振る。

「向こうに行ってから連絡とってた同級生って、一番仲良かった人くらいだと思います。その人とも最近は、全然連絡とってなかったみたいで」


 母親が、連絡先を知っていたのは、その庄村卓登(しょうむらたくと)だけだった。

 小学校の頃はもちろん、中学生になってからも毎日のように2人で遊んでいた。

 東京へ行ってからも、彼とだけはたまに電話で話したりしていたらしい。だが、就職してからはお互いに忙しく、連絡もとっていなかったという。

 県外の銀行に就職していた卓登は、愛凪の母からの突然の電話に驚いていた。

 事情を話さないわけにもいかず、海人が突然姿を消したことを伝えると絶句した。



 須藤の運転は、滑らかだった。車は絵州市北部へと向かっている。

「あの、お休み、何か予定あったんじゃ…?」

 会話が途切れ、おずおずと愛凪が言うと、須藤の口元に、思わせぶりな笑みが浮かんだ。

「この頃、仕事人間になっちゃってさ〜。午前中も気になってたメールの内容、確認しに行ってきたんだよ。ABCスポーツパークって、知ってる?」


 それは、愛凪の使っている地下鉄の駅から二駅離れたところにあるスポーツレジャー施設だった。

 テニスコートやスカッシュ、卓球のできる体育館。フットサルのコートに屋内プールもある。

 各種のスポーツ教室やイベントも開かれており、愛凪も何度か訪れたことがあった。


「あの付近でウィンガーを目撃したっていう、メールが小学生の子からきててね。ちょっと信じ難い内容ではあったんだけど、なんか気になって。その子がウィンガーを見たっていう日の利用者のこと、聞きに行ってきたんだ」

 そこで須藤は、目を細めて含み笑いをもらした。

「みんなには黙っててよ。また、一人で勝手な行動してるって、怒られるからさ〜」


 それがあながち冗談とは言い切れないことは、働き始めてから間もない愛凪にも分かっていた。

 頭もいいし、人望もそれなりにある須藤だが、しばしば気ままな行動を取りがちだ。それも含めて、須藤の魅力とも言えるのだろうが、振り回される周りは大変だ。

 それでも、それすら自覚の上らしい須藤のなんだか楽しげな様子に、愛凪は笑ってしまった。


 幹線道路から片側1車線ずつの県道に入ると、比較的古い街並みがみえてくる。

 山合いの結構アップダウンの多い道路は、新しく太い道路が近くに通ってからは、完全に裏道のような扱いになっているが、以前はこの辺りの主要道路だった。

 住宅地と商店が半々で入り混じっているような町並みは、どんよりした天気のせいもあるだろうが気怠げで、取り残されたような空気感を醸している。


 車がスピードを落とす。須藤の指差す看板を見て、愛凪は息を飲んだ。

『真壁モーターズ』

 だいぶ年季が入って、字はかすれていたが、確かにそう書かれている。

「ここ、もしかして…」

 ニヤッと須藤は笑った。

「そ。真壁和久くんの勤務先」


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