第二章 第三十二話 お山の大将
「ウキーウキキキー! ウーキキキキキキ」
ベイカーは俺たちを見て笑っている。
「「……」」
全員ベイカーを見て無言になる。
「あ、あいつ!」
岩城が反応した。
わかったのか?
「岩城くん、ベイカーの言ってることわかるのかい?」
「わからない!」
「わからねぇのかよ!」
「岩城くん、そういう小ボケは誰も求めてないから」
「だって、なんか言わなきゃしまらないでしょ?」
「皆さん、もうちょっと緊張感を持ってください」
「ウキー、ウキキー。ウキキ、ウキッキー。ウキッキキー」
ベイカーが俺たちを見下げた途端、彼の首元が一瞬、金色に光った。
ん? あれは……。
「鍵だ……鍵あった!!」
「どこにだい? 大神くん?」
「ベイカーの首のところ!」
「鍵を首に掛けていたんですね。ベイカーを捕まえてください! 彼は動けなくなると能力が使えなくなります!」
「よし、あいつを捕まえて、とっとと屋敷に入るぞ」
「そうね。アンを助けないと」
「私も手伝います! ベイカー、あなたを捕まえます!」
ベルがそう言った瞬間、ベイカーはまた笑いだす。
なにか雰囲気が違う。
「ウッキキキキキキ! ウキキー、ウキキキキー! ウキー。ウキキッキー。ウキィィィ!!」
ウキィー……ウキィー……ウキィー……
ベイカーの背後から一匹の影が二匹に、二匹が四匹に、四匹が八匹に倍々に増えていく。
このまま増えていけば、須輪山公園みたいになるじゃないか。
「このままじゃ、囲まれる!」
ザッザッザッザッザッザッ
背後から大勢の足音が聞こえてくる。
「そうはさせません! 我が精鋭、我が同志たちよ。戦争の時間です。さぁ、戦いましょう! おもちゃの行進!」
ザッ!!
長銃を持った軍服を着た数十体のおもちゃの兵士たちが現れ、銃口を各々影に向ける。
「撃てぇぇぇ!」
ダダダダダダーン
銃口から弾丸が一斉に撃たれる。
ウキキィー……ッ!
ウキィ……ッ!
ウキィー……ッ!
ウキィーウキィー……ッ!
撃たれた影は霧散するが、影は増える一方だ。
「みんな! 影を倒すか、ベイカーの捕獲を頼むよ! 僕は影を倒していくから! 」
そう言い岩城の背後が一瞬輝く。刹那、彼の両手には円盤で外側に刃がついた武器があった。
「今回はチャクラム……か!」
右手に持っていたチャクラムを明後日の方向に投げた。
「岩城くん! どこに投げているんだ!」
「これでいいんだよ!」
そう答えた意味がわかった。
先程、飛ばしたチャクラムはスピードを落とすことなく、円を描くように影を斬っていく。
そして、チャクラムが向かっているのはベイカーであった。
ベイカーはそれに気づいたのだろう。
チャクラムを見る。
それと同時に神代の手から槍が現れ、そのまま地面を突き刺す。
「私は捕まえるから!」
地面から蔓が生え、ベイカーに向かっていく。
よし、このままいけば、ベイカーは蔓に捕まるはずだ。
そう思っていたが、ベイカーがこちらを見て微笑む。
チャクラムを避け、器用に尻尾で手すりを掴み、蔓からも避ける。
「避けられた!?」
ベイカーは俺たちを見て嘲笑う。
「ウキキキキキキ! ウキッキキッキー、ウッキー!」
「あらぁ、猿に一杯食わされたねぇ」
岩城は戻ってくるチャクラムを掴み取る。
「ウキキー」
ウキィー……ウキィー……ウキィー……
空から猿の鳴き声が聞こえる。見上げると屋敷を中心に影たちが飛び回っている。
何十、何百といる影たち。シャガールの絵のような深い青が見えなくなるほど集まってくる。
ウキキィー
ウキィ
ウキィー
ウキィーウキィー
ウキキィー
ウキィ
ウキィー
ウキィーウキィー
ほんのわずかな時間だった。
俺たちは須輪山公園同様、また影たちに囲まれるのであった。




