第二章 第十九話 西の魔女
「ワァオ、サル山でもこんなにいないよ」
岩城は琵琶を構え、亮夜は帯をほどきながらこう言う。
「余裕そうに言うじゃねぇか。ピンチだって言うのによ」
ウキキィー
ウキィ
ウキィー
ウキィッ
ウキィーウキィー
キィー
黒い影たちが俺たちを威嚇している。囲まれて数もいるためか、こちらが押されているように感じる。四面楚歌、絶体絶命。そんな言葉が似合う状況だった。
一匹の猿の形をした影が高く跳び、俺の方に向かってくる。
時間が遅く感じる。右手には剣を握っている感覚がある。
俺はその右手を影に向かって、刃を突き刺す。
肉を刺す感覚がある。こいつ生きているのか? そう思った瞬間、影は霧散する。
俺は剣を見るが、血痕はない。
どういうことだ?
しかし、そんな疑問を考えることは許されなかった。この攻撃をかわきりに猿の形をした影が一斉に俺たちを襲ってくる。
俺は目の前からくる影という影を斬っていく。いつものゾーン状態で襲ってくる影たちは遅く感じるが、多すぎる。
ズボンに何かまとわりつく。
なんだ? 何がいるんだ?
一瞬、左脚を見る。そこには黒い影が黒い牙を見せていた。
キィー!! キィー!!
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
俺はまとわりついていた影を斬った。斬った瞬間、やってしまったと思った。この一匹を斬ったことにより、隙を作ってしまったのだ。
大群の影が俺に向かって跳んでくる。
もう間に合わない。
びぃぃぃん
琵琶の弦を弾く音がした途端、目の前に跳んでいた影が切られ、霧散する。
「大神くん、大丈夫かい?」
岩城が慌てて俺の方に近づいてくる。
危なかった。もうすぐでやられるところだった。
俺は「ありがとう」と岩城に言うが、そんな暇もない。彼はまた琵琶の弦を思いっきり弾く。
弾いた音の先にいる影たちが切り刻まれ、霧散していく。
亮夜は大丈夫かと思い、後ろを振り返る。彼は右手に持っている団扇で影を当てる。影はそのまま吹っ飛ばされていく。
その光景はまるでカートゥーンを見ているようだ。
「大神くん、ボーっとしちゃいけないよ!」
そう言い岩城はまた琵琶の弦を弾く。影たちは霧散する。
これは勝てるんじゃないか。この二人に任せておけば、俺は何もせずに殺されなくて済む。
そう思った束の間、北の森の方から爆発音が轟き、何者かが俺たちの方に飛ばされて来ていた。
誰だ? あの背中は……ッ!?
俺は咄嗟に頭を庇うように剣の面を構えた。
ドォォォン!!
爆音と共に砂埃が舞い上がる。さすがの影も何が起こったのかわからず、威嚇し始める。
ウキキィー
ウキィ
ウキィー
ウキィーウキィー
影たちの威嚇が喜んでいるように感じるのは俺だけだろうか。
嫌な予感がする。
砂埃が晴れていく。俺の目の前に小さいクレーターができていた。その中心で倒れている女性。必死に立ち上がろうとしている女性。神代 零がそこにいた。
失敗した?
そう思った瞬間、上空から甲高い笑い声が聞こえてくる。
ヒッヒッヒッヒャハハハ〜
その声は悪魔が笑っているような、人を不安にさせるような声だ。
影たちは狂喜乱舞する。
怖い。なんだこの雰囲気は? 俺たちが勝てそうな感じじゃなかったのか? 空気が変わったように感じる。
影たちの叫び声を聴きながら、俺はその笑い声がする方を見上げた。
そこにいたのは空中で箒に座る羽の生えた猿と黒い三角帽に黒いマント姿の女性。
普通の女性ならば驚きはしない。事実、髪は黒色だ。しかし、驚愕すべきところは彼女の肌の色。
なんと緑色なのだ。
現実世界ではありえない肌の色をした女性が、サメのようなギザギザした歯を見せ、笑いながら俺たちを見下げていた。




