第951話 臭い巨人の番人
橋の先の大きな岩に、俺がバレットM82対物ライフルで徹甲弾を打ち込んだところ、ギャオオオオオ、みたいな感じで叫んだ。それを見て、俺がシャーミリアに言う。
「痛みはあるらしい。血は通ってるのかな?」
「ご主人様。かなり、臭くてわかりません」
すると、冒険者のリーダーが言う。
「あ! あの! 引き返しましょう! どう考えても、あれは無理です。討伐隊に依頼を!」
「いやいや。ミスリル級冒険者は、援軍を呼ばないんだ」
「そんな事、聞いた事ありません……」
「君はまだ若い。だから知らないんだ」
「えっと、僕らと同世代か下くらいですよね?」
「えっ」
確かにそうだ。俺がこの世界に来て、多分この人達よりも生きてない。
そこでカララが、ブルーのセミロングヘヤーをかき上げながら言う。
「この方は、あなた達が見た事も聞いた事も無いような冒険してきたのよ」
「確かに、ミスリルであればそうです。それでも、あれは! 規格外です」
指を向けた先にいる、岩山。まあ確かにそうだ。普通に考えたら、規格外かもしれない。
だが、今度はアナミスが言った。
「だから、冒険は楽しいんですよ!」
ギャルっぽい見た目で楽しそうにいうので、本当に楽しそうだ。だが、アナミスがフッと笑うたびに、冒険者の男らの熱が上がる。
「そうですか。そうですよね!」
それを見がエルフの女が、軽蔑を隠さずに言う。
「なんか、気持ち悪いんだけど。あなたたち! 鼻の下!」
「えっ。いや! やましい気持ちはないぞ!」
「どうだか」
それに、エミルが口を挟む。
「そんな話は後でいいじゃないか。それより、アレどうするんだよ?」
対岸を見るが、唸り声を上げただけでまた変わらない。
「一発じゃ、だめか。蜂がさしたようなもんだもんな」
俺は寝っ転がり、対岸の岩に向かってバレットM82対物ライフルを撃つ。
ドン! ドン! ドン!
「イデチャァ!」
突然動き出した。岩がどんどん盛り上がったと思ったら、人のような形になる。
「でっか! スプリガン?」
だが、シャーミリアもカララもアナミスも首を振る。
「違うかと」
「どうやら……怒ってるようです」
言われるまでも無く、怒っているのは分かる。俺達がじっと見ていると、そいつは大きく息を吸った。
「いでえな! バガ!」
「しゃ、しゃべった!」
「知能はあるようです」
「岩だと思ったけど、巨人だったね」
岩のように見えるが、そいつの顔色も分からない。
「だれだ! 俺のケツさ、針刺したの!」
すんごい勢いで怒鳴ってるが、確かにいきなり撃った俺が悪い。俺は岸壁の側にたって、手を上げる。
「はい!」
「おめえか!」
「はい!」
「なんで、こんなことする!」
「いやあ、岩だと思って……」
「距離ある! もっとおっきな声で言えっちゃ!」
「岩だと思って! 撃ちました!」
「岩じゃねえ! おまえ! こっちさこい!」
すると、カララが言う。
「ラウル様。あれは、恐らく巨人族かと」
「巨人族? ゴーレムじゃなくて?」
「はい。なぜ、こんなところにいるかは分かりませんが」
そいつは、近場にあった大きな岩を持ち上げこちらに投げてきた。冒険者達が慌て、俺が冷静に言う。
「ファントム、岩を砕け」
《ハイ》
飛んできた、五メートルくらいの岩をファントムがパンチで砕く。
ズガーン!
「な!」
冒険者達が、度肝を抜かれた顔をした。別に岩を砕くだけなら、上でもやったと思うんだが。
すると、対岸の巨人が怒ったように言った。
「なんだぁ! おまえ!」
次々に岩を掴んで、ぶん投げて来るが、全部ファントムが砕いて行く。
「くそおお! こっちさこいぃい!」
俺が、前に出て聞く。
「俺が、そっちに言ったらどうする?」
「ゲンコツだ!」
うん。死んじゃいそうだ。
それに、それを聞いていたシャーミリア達が、ピリついてきている。
「なんと言う無礼。ご主人様。殺してしまいましょう」
「まてまて。今のところ、こっちが悪い」
「しかし!」
シャーミリアを俺が手で制して、もう一度大きな声で言う。
「ごめーん! 謝るから! ゲンコツなしで!」
「いでえ思いさせたべ!」
「だから、謝るって!」
確かにこっちが悪いし。つうか、ゴーレムか何かっぽいと思ってたし。
「……」
なぜか巨人が黙りこくった。冒険者のリーダーが俺に言う。
「戻りましょう。あれは、桁が違う……」
「戻るのは面倒だからさ」
「面倒って……」
この広い空洞に、邪魔なのはあのデカ物だけ。とりあえず、あれが何なのかをしりたい。今まで見た事の無い種族なので、神に関係している可能性もある。
「じゃあ、わかった! 皆で、そっちに行くから!」
「……」
俺は、皆に目配せをして言う。
「万が一は、全員で取り押さえよう」
「「「は!」」」
だがケイシーが、ブンブンと首を振った。
「やめときましょうよー。なんか危なそうだし」
冒険者パーティーたちも、うんうんと頷く。なので、俺はケイシーと冒険者たちに言う。
「じゃ、ここで待ってたら?」
「えっ! ここに置いて行くんですか!」
「帰りにひろってくから」
「い、いきます! こんな物騒な所にいたくない。みんなと一緒に居た方が安全だ」
「じゃ、ケイシーは決まりで。君らは?」
冒険者も渋々言う。
「僕らだけでは、戻れません。行きます」
「じゃ、決定で」
俺達は、谷にかかる岩の橋を渡っていくことにする。ヒョォォォォ! と下から音が聞こえてくるが、それ以外は何もない。真ん中ほどに来た時、対岸の巨人が言う。
「はやくこい!」
「慌てないでよ」
俺達が対岸に到着するが、いきなりゲンコツしてくる事は無かった。そいつはめっちゃめちゃデカくて、巨大化したスラガより二回りも大きい。
「来たよ」
俺は普通に接しているが、だいぶ臭い。冒険者とケイシーが、口と鼻を覆っている。
だが巨人の様子がおかしかった。
「なんか……お前ら……まめっつぶみてえなのに、なんか、変だな」
「変って?」
「人じゃねえ。人もいっけど」
いきなり見破られた。普通の魔獣だったら、俺達の正体を見破れるだろうか?
冒険者がなにかを勘違いしたのか、リーダーが大声で言う。
「彼女は! エルフだが! 僕らの大切な仲間だ!」
「いや。そいつじゃねえ……」
巨人の視線は、俺とエミルを交互に見ている。
「いやいや。人間だとも」
「なわけねえ。ていうか、そのお供たちも人間じゃねえ」
シャーミリアとカララとアナミスも、目線を合わせてどうするか迷っている。
「人間じゃなかったら、どうするつもりだ?」
俺の言葉に、シャーミリアとカララから殺気が上がる。その巨人が、みるみる汗を垂れ流し始める。
「いや……いや……その」
だくだくに汗をかいていたら、こびりついていた土がポロポロと落ちてきた。その下から、人の肌のような物が見えてきた。
「とりあえず。さっきの銃傷、エミルがなんとかできる?」
俺がエミルに聞くと、エミルが巨人に言った。
「あのー、さっき痛かったとこ見せてもらえる?」
ズズズズ。と体を横に向けて、俺の徹甲弾が刺さったところを見せた。ちょっと血が出ていて、痛そうではあるが、肉で止まっているだろう。それだけデカい。
エミルが精霊を呼び出し、その傷をいやして行く。
「おおおおお」
巨人が声を上げた。カラン! カラン! カラン! と弾頭が出てきて転がった。
「治った」
「これで、許してくれ」
「……わかった。一体、お前たちは何者なんだ」
「冒険者だ」
「……そんなわけねえ」
汗で顔の泥もどんどん落ちて来て、ようやく表情が見えるようになってきた。
「君は、ここでなにしてんの?」
「おらは、番人だからな。ここで、見張ってる」
「なにを?」
「なにをって、おまえ。ここから奥に行かねえようにだべ」
「奥になにかあるの?」
「そりゃ、だーいじなものだべ」
なるほど、素直にスラスラしゃべるらしい。とりあえず、会話のできる相手で良かった。そこで俺は、核心に迫る質問をしてみる。
「なんか、このダンジョンが最近、見つかったらしいんだよ」
「あんれま。だから入って来たのけ?」
「そうそう。上に、冒険者いっぱいいるよ」
「番犬、置いでだんだけどな」
「ケルベロス?」
「んだ……」
だが言葉を詰まらせた巨人が、じっとシャーミリアを見て大きく頷いた。
「おっかなかったべなあ……」
よーくわかっているようだ。この中で、一番おっかないシャーミリアを見て言ってる。
「てか、昔からあったの? ここ」
「あったさ。でも、入り口は閉じてたんだけんど」
「いや。バッチリ開いてたよ」
「なんでだべ?」
たまたま、開いちゃったと言う事か? そういえば、隠し扉もぶっ壊して入って来たんだっけな。
「で、君が、ここの主?」
「とーんでもねえ。オラが主なわけねえべ」
「主はどこ?」
「はて? どこだべ? オラ寝てたから、分がんねえ」
「えっと。君は守ってたんだよね」
「んだ」
「そっか。で、主は分からないと」
「下に、いるんでねえべが?」
随分と適当だった。だが、俺は巨人に言う。
「主に挨拶したいんだけど、だめかな?」
「どうだべ? 気難しいお人だべよ」
「紹介だけでも」
「分がった!」
ずずずずずず! と、動き出した。ズシンズシンと地響きが鳴り、冒険者達は相変わらず怯えてる。 この階層だけ、やたら天井が高い理由は、どうやらこの巨人の住処だかららしい。
「なにがあるんだろ?」
そして奥の壁には、台座のような物があり、その上には、大きめの水晶が置いてある。そして巨人は、その水晶の前にしゃがみ込んだ。
「主様は気難しいで、静かにしててもらえっかね」
俺達は頷く。
そして人差し指を立て、くるくると水晶を撫でる。すると水晶が輝きだし、そこから声が響き渡った。
「なんだ?」
「あー、主様。ここまで、潜って来た人いるべよ」
「なに? とうとう来たか!」
「どういうことだっぺか?」
「お前は寝ていたからな! それより、どういう奴だ?」
「人じゃねえべ」
「来たか……」
すると巨人が、くるりと後ろを振り向いて言う。
「前に」
「ああ、どうも」
俺達が前に出ると、光る水晶から声がする。
「……そのようだな」
「あー、どうもどうも。ちょっと、気になって来てみたんだけど、もしかして待ってました?」
「どうだろうな。待っていたのかどうか……」
光り輝く水晶は、それで静かになった。俺達は、ただ次の言葉を待っている。
「では、連れて来てくれ」
「分がった!」
番人の巨人が俺に言う。
「んで、いくべ」
「ああ」
すると巨人が来た道を戻っていく。
「この水晶の先じゃないの?」
「こごは、行き止まりだべ」
「そうなんだ。てかさ」
「なんだべ?」
「君、風呂入らないの?」
「ここにゃ、風呂も湖もねえべ」
「そっか」
さっきの裂け目に出ると、大きな岩の板のような物が浮かんでいた。来た時には無かったので、恐らく今の会話の後に浮かんで来たのだろう。
「そいつに乗って来ると良いべ」
「えっ? これのりもの?」
「そうだべ」
「君が乗れないよね? 大きすぎる」
「オラは使わないっぺ! んじゃ、後から来るっぺ!」
そう言って巨人は、ひょいっと大裂目に飛びこんで落ちて行った。
「落ちていっちゃった」
エミルが俺に聞いて来る。
「どうする?」
「行くしかないっしょ」
俺達が岩の円盤に全員で乗ると、その岩の板はゆっくりと暗い裂目の下に向かって降りていく。
「すっご! どうなってんだろ? これ便利じゃね?」
誰も、それには答えられなかった。
カララが言う。
「魔法の一種かもしれません」
「なるほどね。無くはないな」
下にくだっても、なぜか明かりが届いていた。どうやら、どこからか明かりがさしこんでいるようだ。不安げな冒険者をよそに、俺達は新たな展開に入った事を感じていたのだった。




