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第739話 神佑

北門付近には大量のドゥムヤという人形が集結していた。俺達は不可視化しているため、やって来たのはアンフィスバエナただ一匹と認識しているはずだ。壁の向こうの櫓には、火がかけられており、炎の明かりでアンフィスバエナの姿が浮かび上がる。


《ドゥムヤって人形がいるけど、すぐには動かないんだな?警戒しているのかね?》


《ご主人様。逃げようとしている村人が、門の向こうで足止めされているようです》


《それでか、逃げてもらっちゃ困るってわけだな》


《はい》


《お!来た来た!》


 動かないかと思っていた人形が、一斉にこちらに突進してきた。ドゥムヤは人間の走る速度より速いようだ。アンフィスバエナに取りつかれる前に、魔人達に攻撃の指示を出す。


《みんな、やっちゃって!》


《《《《《《は!》》》》》》


 アンフィスバエナがブレスを吐くのに合わせ、魔人達が持つM9火炎放射器も火を噴いた。瞬く間に燃え尽きていく人形達。火炎マシマシなので燃え尽きるのも早い。


《ラウル様。南門に待機していた人形たちがそちらに向かいました》


《オッケー!ガザム》


 敵はこちらに援軍を送ったようだ、それならば来る前に中の人間達を逃さねばなるまい。俺は門に向けて火炎を放射するように指示を出した。しかし門は木で出来てはいるものの、分厚く丈夫ですぐには燃えなかった。南門の人形が集まってくる前に、村人たちを門の外に出さなければ、人間達に被害が出てしまう。


《カララ、糸で門を引っこ抜いてくれ》


《はい》


 カララの糸により門がバキバキと音を立てて壊れ、引っこ抜かれるように外側に崩れてきた。そして崩れた門の先に、人形達に足止めされている村人達が見えた。


《カララ、村に侵入して罠を仕掛けておいて正解だったな》


《そのようです》


《あの人形達もどかしてくれ》


《はい》


 ズワッと人形たちが、カララの糸で左右にどかされた。すると足止めされていた村人達が、一斉に門の外へと向かって走り出す。先頭集団が門の外に出るや否や、鎌首を上げているアンフィスバエナを目にして足を止めた。人間達は固まってしまい身動きが取れなくなる。蛇に睨まれたカエル状態だ。


「うわあああ!こっちにいるぞ!」

「アンフィスバエナだああ」

「食われる!」


 村人達がパニックに陥り村の中に戻ろうとした時、一人の男が大きな声で叫んだ。


「みな!よく聞け!神獣様は逃げる者は追わん!残れば食われる!」


 叫んだのはローム商人だった。その後ろにはロメリナと魂核を書き換えた御者もいる。村人達はその声を聴いて足を止めるのだった。


「みんなも御神託を聞いたでしょう!神獣様は私達を開放しに来てくださったのよ!」


 ロメリナも声高らかにそう叫んだ。最初にアンフィスバエナを神獣だと言った少女が、村人に向けて真剣に伝えている。この子の勘違いからこのストーリーが生まれたのだ。村人がざわざわし始める。


「た、確かにそうだ。わしは確かに聞いたぞ!」

「おじいちゃんだけじゃない!私も聞いた!」

「俺も聞いた!間違いなく神託を受けた!」


 村人達は口々に、俺が語り掛けた神託の内容を話し合っていた。マイクロ波兵器によって体調が悪くなったりしたこともあり、それも原因となって心底浸透したようだった。やはり弱っているところに付け込むのが一番効果がある。


《よし、いい感じだ。カララ奥の方の人間を外にだしてくれ》


《はい》


 村の中に仕掛けた糸を手繰り、カララが奥にいる村人を前へ前へと引っ張る。


「ど、どうしたんだ?お前達!」


「わ、わからない!足が勝手に!」

「どうしても歩いてしまうんだ!」

「止まれない!」


 それもその筈、彼らはあらかじめ村の中に仕掛けておいた、カララの糸に操られているのだ。意志に反して勝手に門の外へと出て来てしまう。


「これぞ神のお力じゃ!」


 ローム商人が声高らかに叫ぶ。


 村人達はローム商人の言葉に背を押され、オオオオオオオオオオ!と一斉に門の外へとあふれ出して来た。かなりの人数の村人がいたが、途切れることなく次々と外に出てくる。しかし、まだ村の中に残って叫んでいる人間がいるようだ。


「お前達!騙されているのだ!全員その大蛇に食われるぞ!戻ってくるんだ!」


 叫んでいたのはローム商人に詰め寄っていた、村の偉い人らしき人物とその取り巻き達だった。だが村人は既に半パニック状態となっているため、その言葉は一切耳に届いてはいない。村人は次々と、必死に外へ走ってくるのだった。


《かなりの数の村人が外に放出されたぞ。シャーミリア!村の中にはどのくらいの人間が残っている?》


《当初の一割に満たないほどです》


 これだけ手を尽くしても、今の作られた平和を信じる者が一割弱いると言う事だ。


《ラウル様見てください!なぜか村人が逃げずに留まっています》


 後ろからかけられたギレザムの言葉に俺が振り返ると、逃げ出してきた人間達がアンフィスバエナのもとに跪いて、祈りを捧げているのだった。その先頭にはローム商人とロメリナ、御者が跪いている。それに続いて村人達も祈りを捧げているのだった。


 あらら…南門から人形が来るから、わざわざ留まらず遠くに逃げて欲しかったんだけどな。


 俺が心配した通りに、南門から来た人形集団がやってきてしまった。


《このままだと助けた人間に被害が出る。一気に焼くぞ!》


《《《《《《は!》》》》》》


 アンフィスバエナが祈りを捧げる人間達の前に立ちはだかり、一気に突進してくる人形達に火を噴いた。それに合わせて魔人達も一斉にM9火炎放射器を放射する。気持ちいいほどに燃えていく人形達を見てローム商人が叫んだ。


「みな!見よ!神獣様は我々を救ってくださるのだ!かばってくださるのだ!御神託は本当であった!この奇跡を目に焼き付けるがよい!」


「本当だ!」

「すばらしい!」

「ありがとうございます!》


 アンフィスバエナと魔人達の火炎の勢いに、度肝を抜かれた村人達は完全に信じたようだ。もちろん魔人達は見えないので、アンフィスバエナ一匹がやっているように見える。


「アンフィスバエナ様!」

「バンザイ!」

「私達をお守りください!」


 オオオオ!と村人達が、一斉にアンフィスバエナを称え始めた。この双頭の大蛇を神の使いだと信じ切ってくれたらしい。老人も男も女も子供達も、皆尊敬のまなざしでアンフィスバエナに祈りを捧げている。


 その時シャーミリアが言った。


《ご主人様。村をご覧ください、どうやら魔法陣が発動したようです》


 村の中が明るく光りはじめていた。すると村の中に残っていた偉そうな人物が声高らかに叫ぶ。


「はははははは!逃げて行った愚か者どもよ!我らは本当の神に守られているのだ!これは神の光!お前たちは皆その蛇に食われるぞ!」

「そうだそうだ!逃げてどうなるというんだ!お前たちはもう終わりだ!」

「みんなその商人に騙されているんだ!」


 取り巻きも一緒に叫び出し、魔法陣の光の中から外にいる村人たちを罵っている。本格的に魔法陣の光が発動し、まるで昼になったような明るさであたりを照らしていくのだった。


《恐らく人形達では歯が立たないから、デモンを召喚する事にしたんだろうな》


《残った村人はいかがなさいましょう?》


《カララ!なんとか出来るか?》


《申し訳ありません。糸が切れてしまいました》


 恐らくは別世界へと繋がっているのだろう。流石のカララの糸も切れてしまったようだ。これでは村の中の人間に手出しは出来なかった。


《手遅れか…》


「うわっはっはっはっ!」

「我々だけが神に救われるのだぁぁぁぁ!」

「真実が分からん奴が死ぬのだぁぁぁ!」

「信じる者だけが救われるぅぅぅぅ!!」


 残った人間達が勝ち誇ったように叫んでいた。自分たちが選ばれた人間だと思っているのだろう。そしてその言葉を最後に、まるで蒸発するかのように村の中の人間が消えてしまった。デモン召喚の生贄として、エネルギーに変換されてしまったのだろう。


《デモンが動き始めたようです》


 シャーミリアが伝えてくる。どうやら村に巣くっていたデモンも動き出したらしい。


《よし!想定通りだ!次の作戦に移るぞ!》


 残念ながら、救えなかった一割の人間達を糧にしてデモンが召喚されてくる。しかし人間の数を減らしたおかげでそう数は増えないだろう。ひとまず敵のデモンの力量が分からない為、俺はアンフィスバエナを守るための次の作戦に移る。


《マキーナ!カナデに作戦を伝えてくれ!》


《かしこまりました》


 アンフィスバエナの上に乗っているカナデに、マキーナから伝言を伝えさせた。俺は急いでアンフィスバエナの前に行き、尻尾アーマーの鎌首を持ち上げる。偽装作戦開始だ。


《伝えました》


《オッケー》


 すると見る見るうちにアンフィスバエナの姿が消えていく。カナデがアンフィスバエナに不可視化魔法をかけたのだ。そして逆に唯一、かけられていた俺の不可視化魔法が解けていく。


「おおおおお!アンフィスバエナ様が姿を変えていく!」

「化身様だ!」

「ロームの言う事は本当じゃった!」


 村人から見れば、アンフィスバエナから、ヴァルキリーに変わったように見えているだろう。すっかり俺の姿だけが現れ、アンフィスバエナが消えてしまった。


《よし、アンフィスバエナはご苦労さんだ。マキーナはカナデと共に森に退避。そのままカナデとアンフィスバエナの護衛につけ》


《は!》


 ズズズズズとアンフィスバエナが、森の方に行くのが気配で分かった。


 さてと…


「村人よ!我はアンフィスバエナである!」


「「「「「「ははぁぁぁぁ!」」」」」」


 俺が声高らかに叫ぶと、村人達は深く頭を下げて地面に額をこすり付けた。


「面をあげい!そして見よ!あのまがまがしい光を!あれは地獄の光ぞ!」


「神獣様!まだ村の中に人間が残っておったのですが…」


 ロメリナが悲痛な面持ちで聞いてくる。


「もはや助からぬ!地獄の門が開き、黄泉の世界へと旅立ってしまった」


「そんな…」


「これは、神託を信じなかった罰だ。そしてこれから恐ろしい地獄の使者がやって来る!村人達は北へ逃げるのだ!なりふり構わず、脱兎のごとくな!振り向くな!」


「仰せに従います!」


 ロメリナが言うと、父親のローム商人に目配せをする。


「皆の者!神獣様の御神託が下った!北へ逃げるのだ!」


 あ、子供もいるしこのまま行かせるのはまずいな…


「ちょっとまてい!」


「はい!」


 そして俺はおもむろにリュックサックを十個召喚した。いきなり空中から出てきた、リュックサックをみて村人が目を白黒させている。


「神の御業だ!」


「うむ!」


「こ…これはいったい?」


「背負子である!」


「背負子を、どうするのです?」


「これを詰めて持っていけ!」


 俺はその場に、リュックに詰める大量の戦闘糧食を召喚する。


「これは食料である!時間がない!早く詰め込んで持っていけ!」


「て、天の恵みだ…」

「ありがたや…ありがたや…」

「奇跡だ!何もない所から食料が…」

「これが神の食べ物…」


 人々が集まって来て、リュックサックに戦闘糧食を詰めて背負っていく。確か前世でも神様のお使いの人が、何もない所から食料を出したりワインを出したりしたんだっけ?やってる事はそれと同じか?とにかく早く逃げてもらわないと、巻き添えで死んでしまう。


「早く行け!!!!」


「申し訳ありません!」


 そして村人達が戦闘糧食で背負子をパンパンにして、北へと逃げていくのだった。これでしばらくは飢えをしのぐことが出来るだろう。とにかく俺達は目の前のデモンをどうにかしなければならない、最後の村人が逃げていくのを確認して村を見る。


 デモン召喚の光が納まり始めていた。


《一割の人間は残念だったな》


《ラウル様。仕方のない事かと》


《ああ…》


 ギレザムがフォローしてくれるが、どちらを信じるかは人間次第だった。むしろ俺は、九割を救えたことを喜ぶべきなのかもしれない。そう自分に言い聞かせるのだった。

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