第585話 群衆の前へ
マリアが先生を執務室から連れて戻って来た。ドアが開きマリアの後ろからモーリス先生が室内に入ってくる。先生もヴァーグ子爵も両方とても驚いているようだった。
「せ、先生…」
「なんと!ヴァーグよ!生きておったのか!」
モーリス先生が両手を広げてヴァーグに近づいて来た。するとヴァーグ子爵も他の二人も椅子から飛びあがるように立ち上がり、モーリス先生に近寄って行く。
「おお!おお!よくぞ生きておってくれたのう!」
「先生こそ!ご無事で何よりでございました!」
どうやらヴァーグはモーリス先生を、モーリス先生はヴァーグを知っていたようだ。
「他の!他の者はおらんのか?」
「…申し訳ございません。私だけがおめおめと生き残ってしまいました」
「何を言うか!生き残ってこそよ!よくぞ生きていてくれたのじゃ!」
先生は心から喜んでいるようだった。
「先生はヴァーグ子爵を知っていたのですね?」
「ふむ。まあこの国の貴族はだいたい知っておるぞ。わしが校長をやっておった頃に生徒じゃった者ばかりじゃ」
「ヴァーグ子爵も?」
「その通りですラウル様。私は学校の生徒の一人でございます」
ヴァーグが言う。
なるほど。そう言われてみればそうか、大賢者だもんな…先生を知っている人間はこの土地では多いはずだ。と言うよりも知らない方がモグリと言われてしまいそうかな。
「しかも、カロとタキトゥースもおるではないか」
先生はヴァーグの後ろにいる二人にもハグした。
「私達も覚えていてくださったのですか?」
カロが言う。
「何を言うのか?生徒は一人たりとも忘れた事など無いわ」
「ありがとうございます」
カロはまた涙を流して先生の手を取った。タキトゥースはペコリと先生に頭を下げるだけだったが彼も泣いているようだ。最初会った時から口数は少なく大人しい人だったが、先生にも何か話しかける事は無い。
「ふはは。相変わらずおとなしいのじゃな」
「先生、今もこの二人は私に仕えてくれております」
「ふむ。そりゃヴァーグの人徳じゃろ」
「滅相もございません。この二人には本当に助けられました」
「よくぞ…あの中を」
「たまたまです。たまたま王都を離れていたために、しかし同胞を殺されおめおめと生き残ってしまったのも事実です」
「何を言うか!そんな事を言ったらわしもじゃ。じゃがのう奇跡は起きるものじゃよ!このラウル率いる軍隊が敵国を退けたのじゃ」
「そう聞いております。しかし聞いても簡単に信じる事はできません。あの強大なバルギウス軍を退けたなどと…あまつさえバルギウス帝国を支配下においてしまうなど。本当なのですか?」
「本当じゃ」
「奇跡です」
「じゃが本当の真相はまだ知らんのじゃろ?」
モーリス先生は俺をチラリと見て聞く。
「はい。まだ事の経緯は何も話しておりません」
俺が答えた。
「わかったのじゃ。それではヴァーグよ、これまで起こったことを話すとしよう。時間はあるかのう?」
「先生とお会いしてこれ以上の重要な事などありましょうか?時間などいくらでもございます。ぜひお聞かせください」
「うむ」
モーリス先生がまた俺をチラリと見る。
「良いと思います。それではハリス宰相もマーカス財務大臣も、この機会に流れを聞いた方が良いかと思います」
「わかりました」
「先生お願いします」
「うむ」
すると丁度そこを見計らったように、女の進化ゴブリンや進化ハルピュイアのメイドが軽食を運んできた。俺達は一旦テーブルに座り込んで経緯を話す事になる。俺達の話は長きにわたったが、3人は一言も聞き逃すまいと集中して聞いていた。話し合いはそのまま昼食をはさみ、結局夕方まで延々と続いたのだった。
コンコン
「はい」
「エミル様達が学校を終えて戻られました。またハイラ様がお話をご一緒したいと申しております」
ライカンの進化魔人が伝えて来た。
「ああ、入れてくれ」
エミル、ケイナ、ハイラが入ってきた。その後ろから先生をしているベンタロンとスティーリアとカリマも入ってくる。みんなは部屋の中にいた見慣れない3人をみて、誰?と言う顔をしていた。
「皆さんお疲れ様です」
「お疲れラウル」
「お疲れ様です」
「失礼します」
「ラウル。この人たちは?」
「ああ、ユークリットの貴族の生存者だよ」
「なんだって!?生存者がいたのか!」
「そうだ。あのスラムがあったろ?あそこにいた貧民を納めていたらしいんだ。そしてあの貧民街の民には、ユークリット王都から逃げ出した市民もいるらしい」
「何という奇跡かねぇ…」
「ああ」
そして今度はヴァーグ子爵たちが、このエルフはいったい誰?と言う顔をした。もちろんエルフ自体をあまり見たことが無いようで驚いているようだ。
「ヴァーグ子爵こちらは精霊神、エミルこちらはヴァーグ子爵だ」
「よろしくお願いします」
エミルが挨拶をする。
「えっ…。今…なんと?」
ヴァーグ子爵は戸惑う。
「あ、はっきり聞こえませんでしたかね?神様です神様」
「何を…えっ?」
「すみません。えーっと精霊神と言う神様の一種です」
「おいおい!ラウル!一種は無いだろ、何かの虫の種類みたいに」
「わるいわるい」
狐につままれるような顔でエミルを見ている。なるほど、もっと大袈裟に神様らしく出て来るべきだったかもしれない。それを察したエミルが話し出す。
「私は元はタダのエルフでした。ですが何の因果か精霊神を体に宿し、今は精霊神と呼ばれる存在になったのです。ちなみにラウルとは古い友達で、こちらにいるハリスは私の実の父です」
「あ、えっ?実の父?」
「そうですね。私は元はエルフと人の子、ハーフエルフと言う存在です」
「あの、エミルの父です」
ハリスが申し訳なさそうに言う。
3人は、ただただ目を大きく見開き何かに騙されているような不安そうな顔をしていた。
「ふぉっふぉっふぉっ!そりゃそうじゃわい!大賢者と呼ばれたわしでもいささか腑に落ちるまで時間がかかったのじゃ!いきなり神様ですと言われても意味が分かるまいて!」
「そうですね。すみません」
エミルがぺこりと頭を下げる。
「え、あの…大変なご無礼をいたしました!」
「何と申してよいのやら!我を罰していただきたい!」
「とてつもなく汚れた行為をしてしまいました!」
3人はエミルに対して土下座をした。
「えっ?えっ?」
「ははは、エミル。ちょっと父さん殺されそうになってな、ラウル様やシャーミリア様に助けていただいたんだよ」
「殺されそうに?」
「すまん。俺の油断でハリスさんを危険に晒しちまった。罰するなら俺を罰してくれ」
そして俺はエミルに対して事の成り行きを話した。
「なるほどなるほどー!ラウルよ!そりゃダメだぞ!お前は大変な事をしたなあ!」
なんだろう?棒読みだ。
「ああ、すまん…」
「じゃあ、俺が乗りたいヘリ10選を出してくれ!それももちろん遊びのためにだ!いいか壊しても何でも自由にしていい奴だぞ!パラシュートもたくさんくれ」
「えっ?」
「ヘリのリストは考えておく、いいか忘れんなよ!これは貸しだからな!貸し!」
「わかったよ」
どうやら今この瞬間、俺と配下の何人かはエミルのヘリ遊びに付き合わされることが決定した。たぶん曲芸飛行とか無茶とかするんだろうな…
「先生。神様とこのように軽々しくお話をしていてもよろしいものなのでしょうか?」
ヴァーグ子爵が言う。
「ふむ。わしが長年研究してわかった神とは、もともと高尚なものではなかったと思うからのう。こういった自分の欲にまみれた存在と考えて良いじゃろ、そのうち年数と共に神格化していくと考えられるのじゃ」
流石は先生だった。神話の解釈も的確のようだ。
「えっと。私達が信仰するアトム神もでしょうか?」
「ああ、あれはファートリアの神じゃ。わしらの神じゃない」
先生はいきなり投げやりに言う。
「えっ?」
「わしゃアトム神は嫌いじゃ。高慢ちきでな」
「先生、私も嫌いです」
「私も」
モーリス先生と俺、エドハイラが口をそろえて言う。
「あなたは?」
口を開いたエドハイラにヴァーグが訪ねる。
「私は異世界人です」
「えっと、なんと?いせかい?それはいったいどちらの国ですかな?黒髪と黒目から察するにシン国あたりの出身かと思いましたが」
「まあもっと遠い国ですね」
「そうですか…世界は広いものですな」
「はい」
エドハイラもややこしい説明は省いたらしい。話せば長くなるし、エドハイラに対して偏見の目で見られても困る。
《ご主人様。民を連れて戻りました》
《分かった》
念話でシャーミリアが伝えて来る。どうやら逃げ出して行った元ユークリット王都の民を連れ帰ってきたらしい。
「みなさん!貧民街から逃亡した民が戻ってきてくれたようです」
「おおそうかそうか。ならば迎えてやらねばなるまいて」
「はい」
既に部屋のランプには灯が灯っており、外は夜のとばりが落ちてきている。
「では」
俺が率先して外に行くように仕向ける。王城を出て都市の広場に行くと、貧民街から逃げ出して行った市民たちが集まっていた。あたりには松明が灯されており、広場はお祭り騒ぎのようになっていた。
《洗脳は?》
《数名の先導していた人間のみです。長の役割をしている者から、全員を説得してもらうという手法をとりました》
《すばらしい!アナミスの技がどんどん磨かれてい行くな》
《ありがとうございます》
そして俺達が集団の前に現れると急に場がざわつき始める。その人たちが話している内容もちらほらと聞こえて来る。
「大賢者様だ…」
「あれは…ユークリットの女神」
「学校の校長先生じゃない?」
「女神が…女神が生きていた?」
ガヤガヤがだんだんと大きくなっていき、街の一般人もなんだなんだと集まって来た。いつの間にか広場は人で埋め尽くされてあっという間に膨らんでいく。
「マーカスさん。あそこに空の荷馬車があるようですが、借りれますかね?」
「ええ。話してみましょう」
そしてマーカスが荷馬車を借りてきてくれる。4輪のしっかりとした荷馬車だった。
ドン
俺はLRAD長距離音響発生装置を召喚して、ファントムがそれを荷馬車の上に乗せた。
「この際だしみんなにも、お知らせしましょう」
俺がモーリス先生に言う。
「うむ、そうじゃな」
「カトリーヌも良いかな?」
「まあ、叔母様と勘違いされたままでも困りますよね」
もちろん何かがあってはいけないのでシャーミリアとマキーナも護衛につけ、二人には念のためMINIMI小型機関銃を持たせた。
「マリアとアナミスは、あの後方の建物の屋根からこれで周りを警戒してくれ」
マリアにTAC50スナイパーライフル、連結暗視スコープと弾丸を一抱え渡した。アナミスはマリアを連れて、人目のつかないところから高めの屋根の上に飛んでもらう。
「ウルドはこれを」
ウルドにはAK47を渡して周囲の警戒のため、人ごみの中に紛れ込んでもらった。
「ファントムは素手でいいや。一般人を大量虐殺してしまいそうだ」
「……」
もちろん答えは無い。
「モーリス先生」
「ふむ。念のため結界を張ろう」
「はい」
近辺の警護はこれでおおよそ問題は無いだろう。
俺もベレッタM92ハンドガンをホルダーに収め、FN SCARアサルトライフルを構えた。エミルにはM1911ガバメントとFN SCARアサルトライフルを渡す。ケイナも銃器を扱えるようになったので、B&T MP9サブマシンガンを持たせる。
「シャーミリア、マキーナ。しっかりと護衛を頼む」
「「は!」」
「では先生。準備が出来ましたのでカトリーヌと共に荷馬車の上に」
「わかったのじゃ」
「はい」
「ヴァーグ子爵、ぜひ一緒に壇上に上がって皆にその健在ぶりをお知らせください」
「わかりました」
これだけの群衆に囲まれた場合、対象者の安全確保は難しくなる。しかしこの世界では警戒すべきは魔法と弓矢だ。モーリス先生の結界を破れる者などいないだろう。
護衛の体制を整えて3人は荷馬車の上に立つのだった。




