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第574話 どうしてこうなった?

ハリスはアナミスの技でぐっすり眠っていた。ハリスの寝室には息子のエミルとケイナを同室させ、俺達は執務室に来て膨大な量の書類を眺めていた。何でこんな風になっているのか見当もつかない。


「なんでこんなことになっているんでしょうね?」


「ふむ」


「真っ新から行政をし始めて、こんなことになってるなんて」


「そうじゃな」


「ウルド、王城で働く文官達は今どこにいるんだ?」


「文官はおりません」


「いない?」


「はい。すべての書類や手続きを、ハリス様お一人でやっております。文官そのものがおりません」


俺とカトリーヌ、マリアが信じられないという表情になる。これだけの量の書類を一人でこなせるわけが無い。


「なるほどのう、まあやりようによっては出来んことはないじゃろうが」


「えっ!先生!そうなのですか?」


「工夫はせねばなるまいがの。じゃが恐らくハリス殿の仕事はそれだけではないのじゃろう?あくまでも文書管理に専念した場合の話じゃ、普通の文官であれば一人でこの量の書類を管理出来んじゃろ」


「私では到底考えられません」


「まあ慣れもあるじゃろうしな」


「はあ‥‥」


いずれにせよこれをどうにかしなければ、ハリスはそのうち精神の病に陥ってしまいそうだ。俺とエミルがユークリット宰相をハリスにしてもらおうと言った時には、こんなことになるとは考えていなかった。恐らくハリスはとても責任感が強く、全て一人で抱え込んでしまったのかもしれない。


「ラウル様。いくら宰相とは言え、こんな膨大な事務仕事を抱える事は無いと思いますわ」


カトリーヌが言う。


「文官が一人もいないのが問題なんだろうな」


「もちろんです。以前のユークリット王城には数百の文官がいたんですよ」


「そうなのか?」


「そうですよね?先生」


「その通りじゃ、グラムがラウルを宮廷の文官にしたいと言っていたのを覚えておるかの?」


「覚えています。魔法が使える事を言ってませんでしたからね」


「宮廷の文官は戦争に行く事も無く、魔獣の討伐に出かける事も無い。それでいてそこそこ高給でのう、優秀な子供を王宮の文官にしたい貴族はたくさんいたのじゃ」


「人気の職なんですね」


「そうじゃよ」


たぶん、東京の霞が関に勤めるようなものなのだろう。確かに前世でも親が喜ぶ職業ではある。まあ省庁勤めが楽かといったらそうでもなく、区役所などの方が人気だったりもするのだが。


「ウルド。文官になりたいって人はいないのか?」


「そこが問題なのです」


「問題?」


「なりたい人は居るのですが出来ないのです」


「出来ない…」


なるほど、そう言えばそうだ。


このユークリット王都に連れて来た貴族もどきは、元はファートリア西部の超ド田舎村の村人だ。勉強をしたことが無いし、そもそも文字が書けるかどうかも分からない。


「身のこなしや話口調は貴族そのものではあるのですが、文官としての能力がある者はいないようなのです。そしてハリス様も元々は冒険者の剣士、書面の処理にはとても時間がかかります。ようやく最近追いついて来た感じです」


「これでもか…まあ…そうだな」


元冒険者の剣士には大変な仕事だったろうと思う。さらに魂核を書き換えて貴族風にしただけの村人が、いきなり文書管理などできるわけがない。


「ふむ。ラウルよ、この地にはラウルが連れて来た貴族と冒険者しかおらなんだ。さらに魔人に文章を管理できるものは皆無なのであろう?」


「はい。その事に頭がおよんでませんでした」


「結構な一大事じゃな」


「はい」


さてと…困った。どう考えても行政の仕事が出来る人間が足りていないという事だ。


「ラウル様」


「なんだカティ」


「ティファラにお願いしたらどうでしょう」


「ラシュタルの女王か…」


「先々の話ですが文官を派遣してもらって、教育をしてもらうというのが良いのではないですか?ティファラには私の方から話してみます」


「そうだな。今回の視察ではラシュタル基地も回るからな、その時にカティに話をしてもらう事にしよう」


「はい」


「まず現状をどうするかじゃぞ」


「はい」


「わしとカトリーヌで基本の管理方法などを考えて、少しでも文字が書ける者に伝授していくというのはどうじゃ?」


「なるほど。もしかしたら貴族もどきにも冒険者にも文字が書けるものがいるかもしれませんしね」


「私も先生と一緒であれば頑張れると思います」


「ふむ」


「先生。数日で発つ事になると思うのですが、その間にめどをつけてもらうと助かります」


「まあ、まかせておれ。わしの記憶術を伝授してやるわい。なんなら子供が良いかもしれんなあ」


「子供がですか?」


「子供は、よう吸収しよるでな。年を取った者より良いはずじゃ」


「では、若い者から探し出すようにいたしましょう」


「そうじゃな」


「あとは、冒険者の若い魔法使いなどどうでしょう、魔導書の一つも読んだことがあるでしょうし文字くらいは書けるかと思います」


カトリーヌが言う。


「ふむそれもそうじゃな。その線も当たってみようかの」


「はい。そして先生の方から説得いただき、ハリス様と給金の話をしていただきましょう。危険な冒険者より文官になりたいという人は居るかもしれません」


文官問題はとりあえずこの二人に任せるしかないだろう。魔人にも文章を書けるものはあまりいない。タピがイオナから文字を教わって文章を書けるようになっていたから、恐らくは今のグラドラムには出来る者もいそうだ。グラドラムについたら読み書きができる者がいないか、イオナ母さんに聞いてみる事にしよう。


「じゃあハリスさんの寝室に行ってみましょうか」


「ふむ」


俺達はハリスとエミルがいる部屋に向かうため廊下に出る。廊下にはウロウロと貴族たちがあるいていた。


「ごきげんよう」

「御日柄がよいですねー」

「ご機嫌麗しゅう」


《すれ違う貴族たちが上品に挨拶をするが、こいつらは何故ここにいるんだろう?》


《ラウル様。村民の魂核を書き換えた時にそう設定したからです。王宮で働くのが貴族であると教えたので、それをやっているのでしょう。仕事をしているつもりではないでしょうか?》


《そうか。アナミスの言うとおりだな…王宮で働こうと思っても何をしたらいいかわかんないんだろうな》


《そうだと思います》


《見た目的に王城っぽくなってるってだけか…》


《はい》


《さすがに、文書の読み書きや文書管理などは魂核を書き換えても出来なかったわけだな》


《サイナス枢機卿様から何かは学んだと思うのですが、細かい事は覚えきらなかったのだと思います。先ほど恩師様が言ったように子供に教えるべきであったのだと思われます》


《そうか。サイナス枢機卿には普通の貴族だと紹介したからな、そりゃ文官的な事も出来るだろうと思うよな。行政についていろいろ学んだとは思うが、理解している者がいないのかもしれない》


《私も読み違えました》


《知っていれば、絶対子供に初歩的な教育を施しただろうな》


《そう思われます》


「ウルド。とりあえず仕事になっていないようなら、むしろ彼らは王宮に入れない方が良いかもしれない。逆にハリスさんの精神を削ってしまう気がする」


「かしこまりました。すぐに手配しましょう」


ウルドがハリスと一緒に居たオーガの進化魔人に目線を送る。すると頭を下げて通路の向こうへと歩いて行った。


「そういえば、魔人国の王城の中は魔人がプラプラ歩いてたもんな」


「我らの感覚としては、だいたいこのような感じかと思っておりました」


「うん。人間の組織とは全く違うからね、それで間違ってないよ。ルゼミア母さんもそのあたりは曖昧にやってたし…てか全くの自由だったしね」


「はい」


どうやら魔人達も、どうしたらいいか分からなかったらしい。それも魔人達が悪いわけではない、知らないものは知らないのだ。知らない事をできるわけがない。


コンコン


ガチャ


寝室のドアをノックすると、中からケイナが出て来た。


「ハリスさんは、どうかな?」


「はいラウル様。まだ眠ったままです、相当憔悴しきっていたようです」


「うん。そうだろうと思う」


「エミルが精霊術で癒してます」


「そいつはよかった」


「エミルですか?」


「いや、いいんだ。とりあえずエミルとケイナさんで、ハリスさんを癒してやってくれないか?」


「わかりました」


「俺達はこれから、都市内を視察してくるから気にしなくていい。せっかく親子水入らずなんだし、エミルには何も気にするなと言ってくれ」


「はい」


「そして彼を護衛として置いて行くから」


俺はライカンの進化魔人にこの部屋を護衛するように指示した。


「ありがとうございます」


ケイナがお礼を言い頭を下げた。そして俺はハリスの寝室を離れる。


「先生。私は市内の視察をしたいと思うのですが、先生とカティは文官候補を探しに行っていただけますか?念のためシャーミリアとマキーナを護衛につけます」


「護衛などいらぬじゃろ」


「いえ。先生とカティに何かあったら私が嫌なので」


「ラウルは本当に過保護じゃの」


「先生になんと言われても、そうしていただきます。シャーミリア、マキーナ頼むぞ」


「「かしこまりました」」


「仕方ないのう」


「では王城を出ましょう。ファントムとマリアとアナミスは俺と、ハイラさんはどうします?」


「えーっと」


エドハイラは何かを悩んでいるように見える。


「ラウル様、ウルドさんはどちらについて来るのです?」


カトリーヌがいきなり聞いて来た。


「ん?ウルドは市内の案内の為に俺と行くよ?」


「そうですか、わかりました」


「カティ?そちらにウルドが必要だった?」


「いえ、こちらは大丈夫です」


「そうか。それで、ハイラさんはどうします?」


「えーっと、それじゃあラウルさんについて行く事にします」


「そうですか、それでは一緒に」


「はい」


どうやらハイラは俺達と一緒に市内の視察に行くようだ。王城を出ようとしたらぞろぞろと貴族風の人間達が門から外に出されていた。どうやらウルドが進化オーガに指示したうろついた貴族を外に出すのをやっているようだ。


「仕事が早い」


「うむ。とにかくただうろうろするだけなら、いない方が気を遣わずにすむからのう」


「ええ。王城内は魔人の衛兵だけで良いでしょう」


「そうじゃな」


俺達もその貴族たちと一緒に外に出た。


「では私は市場に行ってきます」


「ふむ。わしらはまず冒険者の所に行ってみるのじゃ」


「わかりました。シャーミリア、先生を冒険者の所に連れて行ってくれるな?」


「かしこまりました」


シャーミリアは気を辿り、冒険者が多く集うところに先生達を連れて行ってくれるだろう。


「じゃあ、俺達も行こうか?」


「はい」

「わかりました」

「は!」

「はーい」


なんだか一番最後のエドハイラの返事だけがやたら明るくテンションが高い。街の中は王城に入る前と変わらず、とても賑やかで商人や冒険者があちこち歩きまわっていた。


「さてと、ウルド市場へ連れて行ってくれ」


「は!」


美形のウルドが歩けば、また街のあちこちから黄色いため息が漏れるのだった。心なしかエドハイラがそれに対して不満を感じているようにも見えるが、気のせいだろう。

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