合言葉は『愛してる』
これより敵のアジトに潜入する。
爆弾を仕掛け、無事にここを出ることができれば俺の任務は完了だ。
密林の中にある洞窟に入ると、情報通り門番が立っていた。いかにもガラの悪そうな、迷彩服姿のモヒカン女だ。
俺に気づくとライフルの先を突きつけ、聞いてくる。
「合言葉は?」
俺はスラスラとそれを口にした。
「『ジュダさま愛してる』」
「よし、通れ」
さすがは我がスパイ組織、完璧だ。敵組織のコンピューターをハッキングして知った合言葉は正しかった。
同じ日本人の男が口にするのを恥ずかしがる『愛してる』も、俺にはなんてことはない。日頃、女を騙して情報を得る際に、言いまくってるからな。
よくわからない機械の並ぶ薄暗い廊下を通って進む。見張りの兵士にいちいち合言葉を言わされた。俺はそのたび、あっさりとそれを口にした。
「『ジュダさま愛してる』」
「よし、通れ」
俺が見かけない顔だなんてことはどうでもいいようだ。組織が大きすぎて、いちいち互いの顔など覚えてはいないのだろう。
さて、どこに爆弾を仕掛けるか──
俺の上着のポケットに入っているのは超小型爆弾だ。小さいわりに威力は超級、これひとつで山でも吹っ飛ばす。
人目がなくなるのを待っていると、奥のほうから誰かが歩いてきた。女だ。豪華絢爛な、まるで花魁のような──
その女の顔を見て、俺は絶句した。
「あら……」
女も俺の顔に気づいたようだ。
「真司さんやないの」
俺の口から女の名前が漏れた。
「珠梛……!」
失踪した俺の妻の、珠梛だった。
心から愛していたのに、ある日突然、何も言わずにいなくなった。
スマートフォンで連絡を取ろうとするたび拒否されたので、どこかで生きていることはわかっていたが……
「今の名前は珠梛よ」
彼女が妖艶に笑う。
「それが私の本当の名前──。テロ組織の最高幹部だということを偽装するため、平凡な市民であるあなたと結婚してたの」
あの、美しくも、平凡な女性らしい微笑みは、嘘だったのか──
「それにしても平凡な一市民だと思ってたのに……あなたも組織の構成員だとは知らなかったわ。それとも──敵の工作員だったりするのかしら?」
珠梛の目に、妖しい殺意が浮かぶ。
「合言葉を言ってみて?」
「あ……」
言えなかった。
「あ、あい……。あい〜……」
心から彼女を愛していた、顔が真っ赤になり、俺にはその合言葉が言えなかった。
本人を目の前にして、そんなほんとうの『愛してる』なんて、日本人の俺には、とても──




