第62話(足りないものは)
レイはギルドに来ていた。
そろそろ夕方の鐘が鳴ると、アルが教えてくれた。
窓口を覗くと、やはり今日もセリアの姿はなかった。連休だろうか、と一瞬考える。気にはなるが、自分が詮索していいものかは分からない。
換金カウンターに木札を出し、査定状況を尋ねると「もう少し待っててね」と言われた。どうやら少し早く来すぎたらしい。
しばらくすると、バランが現れた。
「おう、レイ。早かったな。じゃ、査定額を言うぞ」
レイは無意識に喉を鳴らした。
「まず、ポイズンスパイダーの毒腺。買取希望があったから値が上がって、十五万ゴルドだ」
バランが顔を覗き込むように言う。レイは静かに頷いた。
「次、ダークモスの鱗粉。何匹分か悩んだが、瓶の量で二十匹分と判断して、八万ゴルドにした。ラージラットの毛皮は一枚五千ゴルドで七枚、計三万五千。特殊個体は二万で引き取る。で、アーマードセンチピードの甲殻三胴節は四万八千だな」
ひと息置き、バランが口を開く。
「以上で合計三十三万三千ゴルドだ」
レイは目を丸くし、声も出なかった。
「おっと、解体料を忘れんなよ」
レイはこくこくと頷く。
「ラージラット八体で二万四千、特殊個体はおまけ扱い。ポイズンスパイダーは五千、アーマードセンチピードは四千。全部で三万三千ゴルドだ」
「それを差し引いて、ぴったり三十万ゴルド。どうだキリがいいだろ?まずは金貨三枚だな」
「ひえ〜…」
「おい、まだ終わってねぇぞ。次は魔石だ。スケルトンが――」
この後、バランが魔石の詳細を話していくが、レイの耳にはほとんど入らなかった。
「で、以下省略で四万六千ゴルドですね」
「何が以下省略だ! 最後だけ聞いてんじゃねぇ!魔石を含めて全部で三十四万六千ゴルドだ!」
バランに怒られ、レイはぺこりと頭を下げた。
金貨三枚の時点でレイの三年分の稼ぎを軽く超えた。
「全部売りでいいな?……いや、それにしてもDランクでこの額は今年イチだぞ。しかもソロ!お前、よく生きて帰ったな」
バランはそこで少し真顔になった。
「金は使えば戻ってくるが、命は戻らねぇ。……次からは、ほんとに気をつけろよ」
その言葉に、レイはようやくうなずいた。
ギルドを後にして、レイはこれで新たな冒険への準備が整った――そう思ったが、どうにも胸の奥に引っかかりが残る。まだ何か、足りない気がする。
(レイ、足りないのは替えの服と下着です)
「アル!そこで思考を読むのやめて!それが足りないのは、わかってるから!」
いつも応援してくれていたセリアが居ないことに、少しだけ物足りなさを思うレイだった。
※※※
sideセリア
セリンの町を出て、もう三日目になる。
ドゥームウッドの森を抜けて、名もない村で一泊。さらに山麓の村で一泊。
今は商会のキャラバンに無理を言って、護衛として同乗させてもらっている。
本当は一人で先に行きたかったのに、ギルドマスターがあの顔で言うんだ。
『キャラバンと同行しろ。それが出来ないなら休暇は無しだ』
あの言葉に逆らえるはずがない。
仕方なく、キャラバン隊に頼み込んだ。護衛代は取らないから一緒に行かせてほしいって。
幸い、顔見知りの冒険者がいなかったのは助かった。……だって、昔のランク票を見せるの、ちょっと気が引けるもの。断られなかっただけでも良しとするしかない。
今は荷馬車の後ろに腰かけて、昔使っていた短剣を磨いている。
まさかまたこの短剣を腰に差して旅に出ることになるなんて、思ってもみなかった。
……リリーは無事なんだろうか。
それに、どうして「レイジングハートが奴隷商人とグルだった」なんて噂が広まったの? どこから出た話なのよ。
考えても答えが出ない。頭に浮かぶのはそんなことばかり。
明日にはファルコナーに着くはず。
……レイ君、無事にクエストをこなしているだろうか。
黙って出てきてしまったけど、心配していないかな。
――あれ? なんで私、レイ君のこと考えてるんだろう。
……おっちょこちょいだから? いや、そういうことにしておこう。
キャラバンは夜になると野営の準備に入った。私は周囲を警戒しながら、仲間たちと視線を交わす。
彼らはまだ私を完全に信頼しているわけじゃない。……まあ当然よね。私だって、再び冒険者として戻ることに戸惑ってるんだから。
夜が深まると、キャラバン隊の隊長、ベイリーさんがやってきた。
「セリアさん、今夜はお願いします。何かあったらすぐ知らせてください」
「了解です。任せてください」
私は短剣を握り直して、夜の闇を見つめる。
やがて短剣を鞘に収め、空を見上げた。左弦月が、まもなく満ちようとしている。
リリーを助ける。そして真実を明らかにする。そのために、絶対にファルコナーに辿り着かなくちゃ。
(リリー、待っててね。それから……レイ君。私が帰るまで、どうか無事でいて)
心の中でそっと祈り、私は再び気を引き締めた。
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