第60話(突然の疑惑)
ここまでが第一章となります。
閑話を挟んで第二章になる予定です。
その日、セリアはいつものように出勤し、窓口業務を始めた。
依頼ボードに貼られた依頼を持ってきた冒険者に詳細を伝え、正式に依頼を受ける手続きを行っていた。
受付に座っていると顔見知りの冒険者たち、特にソロ冒険者のレイや、「星の守り手」のケントやライス
「紅蓮フレイム」のラーヴァやキリアンからはよく挨拶をされた。
「おはよう、セリアさん。今日は『祈りの洞窟ダンジョン』の二階層左の部屋を探索してくるよ」
キリアンが軽い調子で笑みを浮かべる。
「気をつけてね、キリアンさん。あそこのモンスターは本当に厄介だから」
セリアは思わず釘を刺した。心配が顔に出てしまったのは仕方ない。
「祈りの洞窟ダンジョン」は、セリアが冒険者を辞める少し前に発見されたダンジョンだ。
当時、この町には小さなダンジョンが一つしかなく、冒険者がほとんど来なかった。
依頼も森の魔物退治や薬草の入手程度で、多くの冒険者は西のグリムホルトや東のファルコナーに流れていった。
転機は「祈りの洞窟ダンジョン」の発見だった。
セリンの西の畑での開墾作業中に突然深い穴が空き、その洞窟を進むと、やがて古代遺跡のような大理石の壁に
変わっていった。この古代文明遺跡と呼ばれるダンジョンの発見により、セリンは冒険者が集まる場所となった。
冒険者ギルドもダンジョンに近い西門付近に移転すべきだという声が上がるほどだ。
そんなギルドの受付で業務を行っていたセリアは、ギルド便で自分宛に手紙が届いていることを知った。
ギルド便は冒険者が別の町に移動する際に手紙を届ける郵便サービスだ。
「セリア、これ、ギルド便であなたに手紙が届いてますよ」
同僚のリサが手渡してくれた。
「ありがとう、リサさん」
セリアは手紙を受け取り、その場で開封した。手紙を読み進めるにつれて、セリアの顔は青ざめていった。
過去の忌まわしい事件が再び起きようとしているのか。詳細は分からないが、確かめずにはいられなかった。
「リリー、無事でいて」
セリアは小さく呟き、手紙を握りしめながら二階のギルドマスター室に駆け込んだ。
ギルドマスターのアーノルドは驚いた顔でセリアを見た。
「セリア、血相を変えて一体どうしたんだ?」
「マスター、この手紙を見てください。リリーのことで、ちょっと心配なことがありまして…」
言葉に詰まりながらも、セリアは手紙を差し出した。胸の奥がざわつき、息が少し早くなる。
アーノルドは手紙を受け取り、内容を読みながら眉をひそめた。
「これは…。確かに放っておけないな」
セリアは目をそらさず、静かに言った。
「まだ分かりません。でも、どうしても確かめに行かないと…」
アーノルドは深く息をつき、セリアをじっと見つめる。
「分かった。休暇を与える。ただし、何か情報が分かったら必ずギルド経由で連絡すること。絶対一人で動くなよ」
アーノルドは念を押すように言った。
「ああ、それと…」
「ありがとうございます、マスター。すぐにファルコナーに向かいます」
セリアは深くお辞儀をし、急いでギルドを後にした。リリーの無事を祈りながら、ギルドの宿舎に帰りファルコナーへの旅支度を始めるのだった。
※※※
リリーは港町ファルコナーの中心部にある「リリーの薬草店」を営んでいる。店は港近くの賑やかな通りに面し、木製の看板には美しい薬草の絵が描かれている。
店内は天井から所狭しとロープが張り巡らされ、薬草やドライフラワーが吊るされ、棚には様々な調合済みの薬が並んでいる。
リリーは長い栗色の髪を後ろでまとめた、白衣を着た二十代の女性だ。
彼女の瞳は明るい茶色で穏やかさを感じさせる。親切で思いやりがあり、患者一人ひとりに合わせた薬を丁寧に調合している。その評判の良さから、多くの人々が彼女の店を訪れていた。今までは、だ。
リリーは元冒険者パーティ「レイジングハート」の一員で、セリアとは特に親しい仲だった。
三年前、奴隷貿易を暴き、多くの人々を解放する大事件に関わった。だが代償も大きかった。
パーティのリーダーであるレンドが腕を負傷してパーティは解散となった。
リリーはファルコナーで薬屋を開き、新たな生活を始めた。
そして三年の月日が経ち、誰もがそんな事件を忘れていた頃、元冒険者パーティ「レイジングハート」のメンバーが奴隷商人とグルだったという噂が広まった。港町ファルコナーで薬屋を営んでいたリリーも、その噂に巻き込まれ、町中で避けられ、商店での取引も断られるようになった。
リリーは、元パーティメンバーであり、ギルド職員となったセリアにも何かしらの異常が起きているかもしれないと思い、手紙で連絡を入れた。
またリリーは不審に思い、自分でも調べることにした。
調査の結果は、意外な方向に進んだ。噂を広めていたのは、過去に恋人を奴隷に取られ途方に暮れていたケイルという人物だった。リリーは直接ケイルに会い、事情を問いただした。
「ケイル、どうしてこんな噂を流しているの?」
リリーは問い詰めた。
「あんたたちが奴隷貿易を裏で操っていたという証拠があるんだよ」
ケイルは答えた。
「証拠?」リリーは驚いた。
ケイルは一枚の紙を取り出し、リリーに見せた。
「これだ。取引記録だ。奴隷売買の金額も、相手とのやり取りも、細かく書かれているんだ」
リリーは記録を読みながら唖然とした。その記録には『冒険者パーティレイジングハートが奴隷十人を金貨百枚で取引した』といった具体的な内容が含まれていた。
(こんな情報はあり得ない。何故なら、この件で奴隷商人と戦ったことがパーティ解散のきっかけになったのだから)
リリーは強く思った。
そしてこの事件を最後にレンドは故郷の村に戻り、ガイルとマリスは新しい仲間を探しに旅に出た。セリアはギルドに就職し、リリーはファルコナーで薬師として新たな生活を始めたのだ。
「ケイル、これは誰かが私たちを陥れようとしているの。もし私たちがそんなことをしていたら、あの時点でとっくに捕まってるわ。私たちはそんなことを絶対にしていない」
リリーは毅然とした態度で言った。
ケイルは困惑と苛立ちを滲ませ、視線を落としたまま言葉に詰まった。
「でも、この証拠が…」
ケイルはもどかしそうに口を開いた。
「そんなの信じられるわけないでしょ。仲間たちと真実を確かめるわ!」
リリーは強く言い、セリアに連絡を取る決意をした。
リリーはすぐにギルドに連絡し、セリアと直接話すための手配を始めたのだった。
第一章 完
読んでくださり、ありがとうございます。
地名とか人の名前とか色々間違ってたみたいなので
第二章は改稿してからスタートします。
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次章の参考にもなりますので、よろしくお願いいたします。




