第54話(素材採取は命がけ)
通路の壁際で荷車をいったん止め、アーマードセンチピードの胴を三節ずつに切り分けて荷車へ放り込んだ。
ラージラットの山に銀灰色の甲殻が突き刺さる。
ダンジョンで荷車を押すだけでも目立つのに、その荷台がこんな有様では、誰が見ても二度見する光景だ。
(ダークモスの鱗粉も回収しましょう。持参したキラーアント用の瓶に詰めてください)
アルが落ち着いた声で提案する。
「鱗粉って、どうやって集めるんだ?」
レイは首を傾げた。
(栽培方法を写すために買った紙がありますね。床に広げ、ナイフで翅を軽く叩いて鱗粉を紙に落とします。
十分に溜まったら、紙を丸め、瓶へ流し込んでください)
「なるほど」
レイは指示どおり紙を広げ、翅をトントンと叩いた。虹色の粉が静かに降り積もる。
紙の角をそっと折り、漏斗のようにして瓶へ流し込む作業を繰り返した。
やがて瓶が半分ほど埋まった。
「うわ、周りが鱗粉まみれだ。今、一瞬、視界が虹色に見えたんだけど、普通はどうしてるんだ?」
(『採取の辞典』では、翅を紙に挟み、そのまま二つ折りして持ち帰るように推奨されていますね。
飛散は防げますが、量はあまり採れません)
「じゃあ、なんで俺はこんな大がかりな方法を……」
(大量採取を狙うなら、この手順が最適です。それと――)
アルが言いよどむ。
「溜めてないで続きを言ってくれ」
(この方法を他の人が行うと、たいてい幻覚で倒れます)
「やっぱりダメなヤツだろ、それ!」
レイは思わず咳き込み、布を二重に巻き直した。
もっとも、レイはアルの強化のおかげで、目を閉じ鼻口を覆ったままでもある程度の作業がこなせるように
なった。聴覚と嗅覚を研ぎ澄ませて補う技だが、だんだん人間離れしてきているのは否定できない。
「アルの強化があるからできる芸当だよな。でも、普通の人には無理だから……
“例の師匠の厳しい鍛錬”って設定、ちゃんと考えておかないと」
レイは苦笑いしつつ瓶の栓を締め、荷車の荷物を整えた。
鱗粉の瓶は角にしっかり固定した。アーマードセンチピードの甲殻がカチリと触れ合い、微かな金属音を立てた。これ以上騒ぎを大きくしないよう、レイは荷車を押して静かに通路を進んだ。
ポイズンスパイダーの巣は、アーマードセンチピードの部屋からほど近い。
その部屋には、真ん中に井戸のような大穴があり、石柱が無造作に林立していた。
その柱と壁を、銀色の糸がびっしり覆っていた。薄闇の中で糸が光を反射し、部屋全体を不気味に染めている。
「思ったより小粒な蜘蛛だな」
レイは入口付近を歩く小さな個体を見て、肩の力を抜いた。
(レイ、それはフラグというものです)
「でも三十セルもないぞ?」
(奥をご覧ください)
目を細めると、巣の奥で一回り大きい影が動いた。
「うげっ、でかいのいた」
(クモ糸の採取が目的ですから、無用な接触は避けましょう)
「はいはい、糸だけね」
レイは糸巻きを構え、横糸にそっと引っ掛ける。少し粘るが強度は抜群。
釣り糸にすれば一メル級の魚でも釣れそうだ。
作業は順調だったが、頭上に気配。見上げると、天井を巨大スパイダーが滑るように近づいてくる。
「やばっ!フラグ回収しちゃったよ!」
レイはバックステップで距離を取り、剣を一閃。切り上げた刃が腹をかすめ、大きな体が糸を揺らす。
すると壁際の小型スパイダーがぞろりと動き出した。
「数が多すぎる。剣じゃキリがない!」
(左の柱付近へ魔力球を撃てますか?)
「任せろ!」
魔力球が柱をかすめ、絡んでいた巣を破った。振動に驚いた小型スパイダーがそちらへ流れていく。
(巣を揺らして警戒範囲を散らしました。今のうちに魔力鞭で一掃を)
「了解!」
レイは右手に魔力を走らせ、ロープ状に伸ばす。それを地面すれすれで横薙ぎ。二往復、三往復。
小型の影が次々と跳ね飛ばされ、動きが止まった。
「ふぅ、なんとか片付いた。魔力鞭、いい呼び方だな」
(魔力鞭という呼称、気に入っていただけましたか)
「うん、採用!」
巨体のスパイダーがまだ奥に残っている。レイは布で顔を覆い直し、ゆっくり距離を詰めた。
相手が前脚を振り上げた瞬間、レイは踏み込み、腹の軟らかい部分へ深く剣を突き立てる。
巨体が痙攣し、柱に寄り掛かるように崩れた。
「さて、戦利品だ」
(毒腺も採りましょう。胸頭部を切り取り、ギルドで解体してもらえば高値です)
「了解。頭を外せばいいんだよな」
胸頭部を切り落とし荷車へ積む。次に糸の回収へ戻ったが、一本ずつ巻くには効率が悪い。
(複数の巣から糸を束ね、一度に巻き取ってはどうですか)
「なるほど」
レイは数本の横糸をまとめて引き出し、力任せに巻き取り始めた。
糸が束で巻き取られ、作業速度が一気に上がる。
(団子になった糸は飲み込んでください。ナノボット強化に必要です)
「えぇ?」
躊躇しつつも、レイは糸の塊を口へ運んだ。味のないガムのように弾力がある。
「これ、本当に大丈夫なのか?」
(もっと危険な素材も取り込んでいますから)
「それ、フォローになってないって!」
(信じてもらうしかないですね)
「……そう来たか。まあ、信じるけどさ」
レイはため息をつきながら、団子になった糸を噛み続けるのだった。
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