第40話(強化スキルが骨身に沁みる)
レイがエントランスに飛び込むと、九体のスケルトンソルジャーに三体のスケルトンアーチャー、二体のスケルトンマジシャンが冒険者たちを追いかけていた。
思わず息をのむ。数だけでも十分怖いのに、これを収拾させるのは大変だ。
「よくもまあ、こんなに集めたもんだ」
レイは半ば呆れ、半ば感心して呟く。
エントランスの中央付近で立ち止まったレイのすぐ脇、アーチャーの一体が矢を放った。強化された聴覚が風切り音を捉え、レイは思いっきり避けようとするが、体はほんの少し身をひねるだけで済んだ。
矢は身体スレスレを通り抜け、石壁に突き刺さる。続けざまにマジシャンの放った闇の魔法が唸る。レイは後ろに飛びのこうとしたが、壁際に半歩身を寄せるだけで避けられた。
いつもなら大袈裟に跳んだり踏み込んだりして回避するところだ。だが今は、ほんのわずかな動きでかわす。体が勝手に反応し、視覚や感覚が拡張されたかのようだ。
(……え、こんな少しの動きで避けられるのか……!?)
胸の奥ではまだ小さなドキドキが残る。怖さは完全には消えていない。だが、同時に、体が別人のように動く感覚に高揚していた。
スケルトンソルジャーたちが突進してくる。レイは剣を素早く抜き、横からの一撃を受け流すと、その勢いを利用して反撃。隣の一体を斬り抜き、足元のもう一体に刃を突き立てる。
アルの【視覚強化】【反射速度強化】、そして【戦闘支援プロトコル】が作動し、無駄な動きはすべて矯正される。剣の角度、踏み込みの距離、ブレーキのかかるタイミング。体が勝手に計算されて動く感覚に、自然と笑みがこぼれる。
矢の気配にも反応し、射手の次の矢が来る前に距離を詰め、一刀。残る二体もほぼ同じ手順で仕留める。
(すごい……俺、別人みたいに動けてる……でもまだ少し緊張する……!)
笑いをこらえつつ、気を引き締める。残るスケルトンマジシャン二体に視線を向け、闇の魔法を躱しながら距離を詰める。自己流なら狙いが外れていた一歩も、最短距離で正確に踏み込む。
「遠距離専用なんだろ? 近づかれたら、終わりだよね!っと!」
剣を構え、一気に踏み込む。振り下ろした刃が一体を真っ二つに裂き、返す刃で逆袈裟を浴びせると、もう一体の魔法詠唱も間に合わない。
骨の砕ける音、宙に舞う魔石。ようやく、ダンジョンに静寂が戻った。
「よし、これであらかた片付いた!」
(剣技はかなり“らしく“なりましたね)
「戦闘支援プロトコルのおかげで、無駄な動きがなくなるんだ。だから安心して戦える」
(この動きは『エリューシア剣術古訓』を参考にしています。この星のものではない剣術だからどうかと思いましたが、うまくいって何よりです)
レイは大きく息をつき、体の力を抜いた。剣を握る手はまだ熱を帯びているが、心は穏やかだった。
(……ああ、やっと落ち着いたな)
戦闘で得た手応えと、支援プロトコルで動けた高揚感が胸に残る。
「こんなすごい支援があるなら、何でもっと早く使ってくれなかったんだよ!」
思わず漏らすレイに、アルは淡々と答えた。
(今の戦闘でナノボットのエネルギーは残り三割を切っています。これ以上続けると支援が切れ、あなたは一気に動けなくなります。もう少し抵抗せずに動きを合わせてもらう必要があります)
レイは少し頬を膨らませながらも、支援プロトコルのありがたさと限界を実感した。
そのまま視線を巡らせ、床に転がる三人の冒険者に目を留める。
ゼェハァと息を切らす彼らへ、レイは歩み寄った。
「大丈夫ですか? 危なそうだったから、つい手を出しちゃったけど」
返事はない。肩で息をするばかりだ。やがて、かろうじて一人がかすれ声を絞り出す。
「だ、だ、大丈夫だっ…助かったよ……」
もう一人は座り込んだまま「助かった……」を連呼。
三人目はまだ動けず、目を細めてじっとしている。会話は成立しそうにない。
仕方なく、レイは一方的に続けた。
「で、この散らばってる魔石、どうしますか?」
三人がビクリと震え、そろって手を合わせる。
「ご、ご自由にどうぞっ!」
「い、いりません!」
「さしあげますっ!」
そのまま後ずさりながら、転びそうになりつつ通路の奥へと一目散に駆け出していった。
最後の一人は靴を片方脱ぎ捨てたまま、振り返りもせずに消えていく。
レイはその背中を見送りながら、ぽつりと呟く。
「……まるで幽霊でも見たみたいだね」
(あの動きを見たら、手を出す気にはならないでしょう。これで向こうからはもう干渉してこないはずです)
アルの声は、どこか軽く安堵を含んでいた。
「最初から手を出されてなかったけどね」
レイは苦笑しながら、肩をすくめた。
さて、そんなことより戦利品だ。
崩れた骨の山をかき分け、魔石を拾い集める。鎧やローブの内側も探ったが……
「え? おい? なんで? 当たりゼロ?」
苛立ち混じりに鎧を叩きながら嘆く。
(レイ、本気でスケルトンが財布を持ち歩くと思いました?)
「だって期待するだろ? これだけ倒したら一匹くらいはさ…」
(もし簡単に当たりが見つかるなら、世間には“スケルトン富豪”だらけですよ)
「くそ〜、骨董品屋でも始めるか……」
ぼそりと漏らすと、アルは淡々と言い返した。
(売れるのは骨だけですね。それとも骨を折ってでも探します?)
レイは吹き出す。
「二匹目のドジョウは、骨の中にはいないか」
歩きながら肩を竦めると、アルが最後に囁いた。
(骨の髄まで骨身を削って、骨が折れる努力をして、骨折り損のくたびれ儲けにならないように)
「ちょ、なにそれ。骨のオンパレードじゃない!しかも意味、ほとんどかぶってるし!」
笑い声を残し、レイは次のスケルトンを求めて暗い通路へと消えていった。
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