第383話(要望と制約)
居住区の再構築が完了してしばらくすると、仲間たちが次々にリクエストを出してきた。
「レイ、運動できる場所が欲しいのだが」
「船を修理するのにドッグが欲しいぞい」
「公園もあったらいいニャ」
アルが古代語で指示を入力すると、都市側が応答した。
『指定区画の再構築を開始します。安全圏を確保してください』
低い振動が操作室に伝わり、指定された場所に施設が形作られていく。
レイたちは操作室を出ると、実際に出来上がった施設を見回った。
造船ドッグは滑らかなコンクリートのような素材で、船を固定できる構造になっている。運動場には芝生を模した柔らかい床材が敷かれ、走ったり体を動かしたりするのにちょうどよい。公園には樹木の代わりに光で形成された“植物”が並び、遊歩道や休憩用ベンチまで整えられていた。
「すごい……要望をそのまま形にしてくれるんだな」
レイが呟くと、セリアは腕を組みながら微笑む。
「でも、何でも無尽蔵に作れるわけじゃないみたいね。素材の上限があるし、球体の外には飛び出せない制約もあるみたい」
そこにアルが補足した。
「他にも制約があります。高速艇や飛行艇の制作を試しましたが、移動用の乗り物は管轄が異なるため、制作自体が禁止事項に当たるようです」
レイは都市の全景を見渡し、ゆっくり息を吐いた。
「なるほど……なんでも出来るわけじゃない。でも、制約の中でここまで出来るなら、十分すぎるくらいだな」
ドッグに入った船の修理作業も進んでいた。しかしレイはふと気づく。
「そういえば、この球体自体が移動できるんだよな。船を修理してる間に目的地に着いちゃいそうな気がする」
アルの声が通信キューブから響く。
「はい。球体都市は航行可能です。現在は風の盾があると思われる地域に向かっています。船は補助としての移動に使用されます」
セリアが地図を指さし、にっこり笑った。
「都市ごと移動してるなんて信じられないわ。家も運動場も造船ドッグも、公園まであるんだから」
そのまま公園の中に入ると、シルバーがいた。
だが、草は光で作られた人工のものなので食べられず、足で軽く蹴って遊んでいる。
「あ、シルバーに餌をあげなきゃ!」
レイが声をあげると、ちょうどフィオナとイーサンが干し草や水の入ったバケツを抱えて公園に入ってきた。
シルバーは干し草を見ると、耳をピンと立てて喜びの声を上げる。レイたちは笑いながら、シルバーの食事を手伝った。
公園の中、光で形成された“植物”の間を歩きながら、フィオナがレイに声をかけた。
「レイ、一応報告しておく。神殿浮上の際に上陸用の物資が海中に散乱したため、船長や船員たちは港付近の家屋を使ってもらっている」
「そうですね、そうしてもらった方が良いです」
「それと陶器に入っていた酢漬けの野菜などは無事ではなかった。床に散乱してしまったものは処分したぞ」
「すみませんでした。神殿が浮上するなんて思ってなくて…。 ここの都市機能で植物の種子があれば栽培可能なようです。不足した食料等は栽培して補充するようにします」
「不可抗力だから謝る必要はないと思うぞ。ただ、船の揺れで船員の何人かが打撲などの軽傷を負っている。リリーが湿布や傷薬を配っていたので、気にかけてやってくれ」
「分かりました。あとで様子を見にいってみます」
球体都市による移動は、まるで自分たちが移動しているとは思えないほど快適だった。陸地で生活しているうちに、気づけば目的地に到着してしまうような感覚だ。
レイは船員たちの様子に目を向け、リリーが湿布や傷薬を渡して手当てしているのを見ながら、思わず口を開いた。
「……オレのせいで怪我させてしまって、申し訳ないです」
船員たちは顔をしかめつつも、軽く頷いた。
「問題ないですよ、レイ様」
「少し打ったくらいですし、これくらいはいつものことです」
ほっと胸を撫で下ろすと、レイは修理中の船を点検し、都市内部を歩き回りながら各施設の稼働状態や居住区の配置を確認した。
レイは、以前から気になっていた土の盾が存在する球体都市の位置も調べてみた。しかし、都市側からの応答は、所有者が異なるため所在を確認することは不可能だ、というものだった。
そのとき、操作卓の上に設置された投影装置が反応し、空間に三次元の地図が浮かび上がった。まずは、土の盾が存在していたと思われる海域が表示される。次第に縮小が自動で進み、視野が引いていくと、やがて古い時代の世界地図が全体像として現れた。
アルディアのある大陸や王国のある大陸、南方の海域まで、主要な陸地や島々の位置が立体的に確認できる。これまで手探りで航行していた南方探索も、ようやく地図上でルートを把握できるようになった。
レイは地図を見つめ、アルに問いかける。
「アル、この地図……風の盾のある島に向かう途中、別の島も描かれているよね。ここって、今も存在するかな?」
アルが解析を進め、投影の色調がわずかに変わる。
「はい。過去の地図には島が記録されています。現在も同じ位置に存在するかどうか、接近して確認することは可能です」
レイは視線を航路上のその島に移した。
「よし。直進しながら、この島に寄り道して確認してみよう」
風の盾に辿り着く前に、まずは過去の地図に記されていた“もうひとつの島”へ向かうことにした。球体都市は静かに進路を調整し、目的地へ向けてわずかに軌道を変えたところだった。
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