第382話(オーナー登録)
魔力を流した直後、操作室の奥で淡い光が点いた。モニターに古代語が浮かぶ。レイは息をのんだ。
(アル、読める?)
「はい。神殿側と同じ魔力の波長を確認しました。いま、システムが質問を出しています」
「“オーナー登録を開始しますか? 現在のオーナーはいません”」
レイは画面を見つめ、肩で息をついた。
「オーナー? この都市の……?」
通信キューブ越しに仲間たちに呼びかける。
「……聞いてください。今、都市のオーナーになるかどうか、オレに確認が来てます」
リリーが小さく息を呑む。
「都市のオーナー……って?」
フィオナは無言で短く応じた。
「……なんともすごい話だな」
レイは手を手型に置いたまま考える。
(こんなこと、想像もしてなかった……でも、やらないと次に進めないよな)
アルが淡々と脳内で補足する。
(はい。現在、オーナーは不在です。登録すれば、あなたが都市の全操作権を得ます)
レイが覚悟を決めて「登録を開始」で肯定の意思を向けると、
手型の内部がわずかに温かくなった。
次の瞬間、モニターに新たな古代語が浮かぶ。
アルが即座に通訳する。
「“魔力波長を登録します。手を離さないでください”」
「魔力……波長……?」
レイが呟くと同時に、手型の内部から微細な振動が伝わってきた。
ピリピリとした感覚が掌から腕へ昇り、脈拍に合わせて魔力が微かに吸われていく。
レイが手型に手を入れたまま、表示された古代語を見つめていると、
モニターが新しい行を浮かび上がらせた。
アルが訳す。
「“本登録を開始します。神殿との制御リンクを切り替えます”」
レイは思わず息を飲んだ。
すぐ後ろで覗き込んでいたセリアも、口を半開きにして画面を凝視する。
「ちょっと待って。本登録って、この都市そのものの“所有者”になるってことだよね?」
小声だが、驚きを隠せていない。
イーサンも無言で姿勢を正した。従者としての反応が早い。
「レイ様、これは……軽々しく扱うには規模が大きすぎますね」
レイは言葉を失ってモニターを睨むしかなかった。
だが、システムの進行は待ってくれなかった。
画面に新しい文字が流れた。
—神殿との接続を解除します
その直後。
床下から、巨大な何かがゆっくりと動き出すような低い振動が伝わってきた。三人とも思わず足を踏ん張る。
「……本当に切り離してる音だな」
レイが呟くと、アルがシステムになぜ切り離すのか質問した。回答がモニターに現れる。
「神殿は“誰にも所有できないもの”として分類されているようです。接続したのも前オーナーの指示によるもので、何かの目的があったようです」
—通路収納中
—神殿側制御切断
—都市主制御へ移行中
金属が最終的に噛み合うような、重い音が一度だけ響いた。
揺れはそこで止んだ。
アルが静かに言う。
「……完了しました。都市は完全に独立し、制御権はレイに移りました」
モニターに最後の一行が浮かぶ。
“オーナー認証 — 本登録完了”
レイは、しばらく言葉を失ったまま画面を見つめた。
セリアが肘でつつく。
「これ、“家を新築しました“どころの騒ぎじゃないわよ。
古代都市一個、丸ごと管理任されるってほぼ“領主様をやってください”って言われてるようなもんなんだけど?」
レイはそこでようやく事態の大きさに気づいたように、目を丸くした。
「……都市一個って、確かに。そう言われるとすごい話だな」」
イーサンも、普段の硬さを崩さないまま口を開いた。
「レイ様。……おめでとうございます、と申し上げるべきなのでしょうか」
「いや、オレもどうリアクションすべきか分からないよ……」
三人ともモニターを前に、ただ呆然と立ち尽くした。
操作室の明かりが安定し、モニターにゆっくりと文字が流れ続けていた。
レイは、ごくりと喉を鳴らしてアルに問いかけた。
「アル、この都市……質問とか、できるのかな?」
「できると思います。こちらから古代語で命令文を送れば、都市機構が回答するはずです。レイ、質問をどうぞ」
レイはしばらく考え、最も気になっていたことを口にした。
「まず……この都市の“動力源”って何なんだ?」
アルはそれを古代語に変換し、端末へ送る。
数秒の沈黙の後、モニターに文字が流れた。
アルが即座に読み上げる。
「“海中および空気中の魔素を取り込み、高密度魔素へ変換して動力とする”」
レイは息を吐いた。
「じゃあ、燃料はいらないってことか……とんでもない仕組みだな」
レイは次の質問をした。
「じゃあ……この都市、いつから止まってたんだ?」
アルが古代語に翻訳すると再びモニターが光り、回答が浮かぶ。
それをアルが読み上げた。
「“千二百十四年前に停止。以降、維持保存モードに移行し、現在に至る”」
操作室の中が一瞬静かになる。
セリアが思わず呟いた。
「千年以上……」
イーサンも、表情こそ変えないものの小さく息を吸った。
「この規模で千年も維持とは……技術の次元が違いますね」
さらに文字が続く。
アルが補足する。
「“停止時、前オーナーがオーナー権限を解除”……つまり誰も持ち主がいない状態になっていたようです」
レイは複雑な気持ちで画面を見つめた。
「だからオレでも登録できたってことか……」
アルが促す。
「レイ、都市機能についても聞いてみましょう」
レイは質問を続けた。
「じゃあ……この都市で“出来ること”は何?」
アルが再び翻訳して送信。
すぐにモニターへ長いリストが表示された。
アルが読み上げる。
「“海上での移動が可能。
有機物は種子を投入すれば、内部施設による生産が可能。
照明・空調の制御。
内部区画のロックの解除。
都市部分のレイアウト変更が可能”」
セリアが口を開いた。
「レイアウト変更って……建物まで動かせるってこと?」
レイは額を押さえながら苦笑した。
「……都市ひとつ丸ごと動かせて、内部の配置変更までできるとか……
これ、本当にオレが持ってていいのか?」
イーサンが静かに言う。
「レイ様が選ばれたのでしょう。こうなった以上、正しく扱うしかありません」
アルがやわらかく締める。
「都市はレイを正式オーナーとして認識しています。今後は、必要な範囲で検証しながら進めていきましょう」
レイは深く息をつき、モニターに向き直った。
「……わかった。じゃあ、次は“都市の現在の状態”を確認しよう」
レイが質問を終えると、操作卓の脇にある立体投影装置が静かに光を放った。室内に、都市内部の地図が半透明で浮かび上がる。主要施設が色分けされ、農業ブロック、居住区、上下層の通路まですべてが精密に表示された。
「……すごい。こんなに残ってたんだ」
レイの声は自然に低くなる。
セリアは地図の中層にある巨大な区画を指さした。
「ここ、農業施設みたいね。ちゃんと稼働するのかな?」
レイが視線を送ると、アルが即座に解析を始める。
「農業ブロックは、魔素濃度の低下の影響で効率が三割まで落ちています。ただし、施設そのものは維持状態で残っています。種子があれば再稼働が可能とのことです」
イーサンが小さくうなずいた。
「……本当に、都市そのものですね」
レイは操作卓に向き直る。
「よし。じゃあ、テストで小規模の居住区を作れるか確認してみよう。七人くらいが寝泊まりできる住居に変更で」
アルが古代語で入力を始めた。どうやらかなり細かく指定しているようだ。しばらくすると都市側から短い応答が返った。
『指定区画の再構築を開始します。安全圏を確保してください』
次の瞬間、地図上の一点が光り、操作室のドア越しの通路側から低い振動が伝わってきた。
レイたちは操作室を出て、指定した区画を見渡した。
そこにあった建物が、まるで糸が解けるように静かに崩れていく。
瓦礫は出ない。表面の構造そのものが分子単位で解かれていくような、不思議な消失の仕方だった。淡い光が全体を包み、建物は跡形もなく溶けていった。
直後、床に配置された透明な線が一気に立ち上がる。ガラスの壁だ。
何もなかった空間に、輪郭が形を取り始める。
「これ……下から組み上がってるんですか」
イーサンが息をのむ。
ガラスの壁の内側では、まるで逆さまの3Dプリンターのように、建物は下から順に「生えて」くる。
光を反射して透明感のある壁が固まり、窓や扉の形も浮かび上がった。屋根や柱、床材、配管が次々と生成され、光が集まり固まって構造物へと変わっていく。
セリアが腕を組んで見つめる。
「この速度で家が出来ちゃうの?信じられないんだけど…。しかも静か」
レイは操作室の画面を確認しながら頷いた。
「都市のレイアウト変更ができるってこういうことか。これは……本当に動く都市なんだな」
半刻も経たないうちに居住区が完成した。壁は乳白色の陶器にもガラスにも見える滑らかな質感で、室内は柔らかく照らされている。
玄関からリビング、食事スペース、浴室、衛生区画、個室や客間まで、レイたちが普段“お屋敷”と呼ぶ生活空間が再現されていた。家具や設備は近未来風の質感で整えられている。
レイは思わず声を漏らした。
「……本当に屋敷が丸ごと出来てる!」
アルが通信キューブ越しに答える。
「今風の屋敷になるように調整しました。浴室も整えています」
古代都市の機能を前に、三人は言葉を失った。
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