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第381話(通信キューブ)

レイが家を出ると、ちょうど球体都市の港に船が入ってくるのが見えた。

胸の奥が少しだけ軽くなる。これ以上船体が傷む心配は減りそうだったし、万が一浸水でも起これば、この先の探索が難しくなるところだった。


(……待てよ。神殿は浮上の時に操作できた。ということは、この都市も動かせるのか?)


そんな考えが浮かんだ瞬間、アルが応じた。

「レイ、この都市を動かすこと自体は可能です。仮に“球体都市”と呼びますが、動力源が判明していません。今は動いても途中で停止する可能性があります。もう少し内部の仕組みを調べたいですね」


「なるほど。確かに、オレが流した魔力だけで動いたとは考えにくいよな。魔力はきっかけで、別に本来の動力がある……という方が自然だよね」


「はい。神殿と球体都市が接続されている位置を調べる必要があります」


「了解。セリアさんとイーサンにも伝えておくよ」


その時、キューブ越しにセリアの声がした。

「私は聞いてたから大丈夫よ。これ面白いわね。触ってる間は声が聞こえるのに、手を離すと全然聞こえなくなる。でもこれを持ったまま耳を塞いでも声が聞こえるのよ。一体どんな仕組みなの?」


アルが優しい調子で説明した。

「セリアさん、それは骨伝導という仕組みです。デバイスが振動して、その振動が手から腕、そして頭部の骨へ伝わります。耳を塞いでいても聞こえるのは、腕全体が音の通路になっているためです」


「なるほど、難しいけど実用的ってことは分かったわ。あと六個、同じキューブを見つけたの。今どこにいるの?」


「さっきの家から出て、今は港の方に向かってます」


「じゃあ、私もそっちに行くわ」

セリアはキューブを握ったまま、軽い足取りで港に向かった。


レイが歩いていると後ろからセリアが追いついた。

「これ、こんなに離れてても近くで話してるように音が聞こえるのね」


レイはセリアと並んで歩きながら言った。

「あとで、どれくらい離れてても通じるのか試してみます?」


「そうね。それに、どれくらいの時間使えるのかも気になるわ」


そんな会話を交わしながら港へ近づくと、船はすでに桟橋につけられ、船員たちが倒れた荷物を外へ運び出しているところだった。

イーサンも誘導作業を終え、甲板からこちらを確認している。


レイはセリアから預かった予備のキューブに軽く魔力を流し、起動を確かめる。

そのひとつをイーサンに手渡した。


「これ、遠くにいても話ができる道具なんだ。例の“秘密共有メンバー”に渡したいから、ボルグルさんにも届けてもらえる?」


イーサンは目を丸くしてキューブを見た。

レイは続けて言う。


「握って話すだけで声が伝わるからね。離してると聞こえないけど、そのぶん安全でもある」


イーサンは真面目に頷き、キューブを二つ受け取った。


レイはそのまま船に乗り込み、フィオナ、リリー、サラに順番にキューブを渡し、簡潔に説明した。握ると聞こえる。離すと途切れる。


説明が終わったと思った瞬間、案の定、大騒ぎになった。


「え、ちょっと! 今の聞こえたか!?」

「これ面白いっ! ねえ誰か返事して!」

「ちょっと皆さん、順番に……!」

「すごいニャ、おしゃべりし放題ニャ!」


甲板ではフィオナの声が重なり、船室側はリリーとサラの声が響き、

レイは額を押さえるしかなかった。


最終的には、アルがいつもの冷静さでキューブの仕組みと注意点をまとめて説明し、なんとか場が落ち着いた。


こうして、レイたちは球体都市の“古代の通信手段”を本格的に使い始めることになった。


レイは船の方へ視線を向け、手の中のキューブにそっと触れた。

「じゃあオレ達は、都市の探索に戻ります。神殿と都市を繋ぐ通路を確認してきますから」


すぐに、様々な方向から声が返ってきた。

もちろん、全てキューブ越しだ。


甲板の上からフィオナの声が届く。

「気をつけるのだぞ」


桟橋の方では、荷物を整えているリリーが応じた。

「行ってらっしゃい」


船の食堂からは、皿を片付けていたサラの声が混ざる。

「また、お土産を見つけてくるニャ」


船腹の修理を続けていたボルグルは、木槌の音を止めずに短く返した。

「分かったぞい」


レイは小さく笑い、セリアとイーサンと共に神殿と都市の接続部分に歩き出した。


接続部分は、港から左回りに進んだ先にあった。

都市側から神殿へ向かって伸びるトンネルには、門のような建物が設けられている。


レイとセリアとイーサンはその中へ進み、奥で立ち止まった。

神殿側で見たものとそっくりなレバーが壁に埋め込まれている。


「……これ、同じだね」

レイが小声でつぶやく。


レイがレバーを下ろすと、壁が静かに開き、内部に操作室が現れた。

作りは神殿側の通路で見たそれとほとんど同じで、手型のパネルまで同じ造りだった。

ただし、都市側の設備は魔力が通っていないため、モニターや計器はすべて無反応で、薄暗いままだ。


レイがキューブに軽く触れながら問いかける。

「アル、こっちも魔力を流して起動させた方がいい?」


アルの声がキューブ越しに返ってきた。

「そうですね。この状態では文字も表示されないので確認できません。稼働させましょう」


レイは続けて仲間たちにも呼びかけた。

「みんな聞こえますか? これから都市側の操作室を起動させてみます。都市が動くかもしれないので一応注意しておいてください」


数秒の間を置いて、キューブから順番に返事が返ってきた。

フィオナの慎重な声。

リリーの短い了解。

サラの気楽そうな返事。

ボルグルの落ち着いた応答。

イーサンの声もすぐ続いた。


レイは深呼吸し、手型パネルに手を差し込んだ。

「よし、じゃあ起動開始で」


魔力をゆっくりと流し込む。


操作室の奥で、金属音にも似た低い振動が広がり、

モニターの表面に淡い光がじわりと浮かび始めた。


そして、壁のスピーカーのような部分から古代語が流れ出す。


アルがすぐに通訳を始めた。


(レイ、今の文言を翻訳します。読み上げますね)


レイは表示を確認しながら、都市の中枢が覚醒していく気配を感じていた。

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