第378話(浮上する神殿)
「拙い! 上に船が!」
慌てたレイは、周囲にあるものを必死で探した。止められるものはないか。
そのとき、アルが脳内で叫んだ。
(そのグリップを握って動かしてみてください!)
レイは咄嗟にグリップを掴み、左へ倒した。直後、神殿と球体都市がゆっくりと左に傾きながら動き出す。足元から波のような揺れが響き、室内が低く軋んだ。
レイは視線を、周囲に並ぶ複数の透明スクリーンやホログラムパネルに向けた。
青白く光るパネルには、神殿の傾きや浮上の様子、海面のうねり、そして停泊している船の位置までリアルタイムで映し出されている。
(横移動はできています。レイ、そのまま角度調整を続けてください)
「分かってる、でも……間に合え……!」
操作室の壁が震え、上から微かに海の圧力が変わる気配が伝わった。
――そのころ、海上――
船が大きく揺れ、甲板の仲間たちが踏ん張りながら海面をのぞき込んでいた。海が盛り上がり、泡が連続して浮き上がる。
ガレオが見張り台から叫ぶ。
「なんだこれ……? 海底で何か爆ぜてるぞ!」
「気泡が上がってきてる!」
「待って、あれ……何か上がってきてる!」
船の正面の海面が、不自然に丸く盛り上がっていた。
ぶくぶくと大きな気泡が途切れなく海中から上がり、その中心線をなぞるように水面が裂ける。
「全速離脱ッ! 舵、切るぞ!」
ボルグルが操舵席のレバーを力強く引く。ルーク船長は面舵をとり、船は悲鳴をあげるようにきしみながら急発進した。
「やばい、もっと離れろ! なんか、とんでもないのが上がってくる!」
甲板はたちまち騒然となった。
仲間たちは船縁にしがみつき、海を割って迫り上がってくる石造りの“何か”を見つめていた。
――神殿内部の操作室――
(上昇速度が増しています。レイ、船が動き始めました。まだ安全圏ではありません)
「もっと……後ろに!」
レイは船と神殿が離れるようにグリップを左手元へ倒し、慎重に微調整を加える。神殿全体がゆっくりと後退し、角度がわずかに変わった。
次の瞬間、天井から鈍い衝撃が響いた。
海面を突き破ったのだと分かった。
(船が波に押されています。船体にも損傷が発生しています)
「くそ……もう少し…ズレてくれ…!」
レイは歯を食いしばり、さらに角度を調整した。
神殿は海上へ姿を現しながら、船とは別方向へゆっくりと離れていく。
(船の転覆は真逃れたようです)
「ふぅ……これで大丈夫か……」
レイは小さく息をつき、背中の力を抜いた。
――ふたたび海上――
甲板では荒れ狂う波の中、仲間たちが必死に身を支えていた。ぶくぶくと海中から気泡が上がり、船を覆うように波が押し寄せる。船体は左右に揺れ、舷側の板が軋み、海水が容赦なく甲板を打つ。荷物は吹き飛ばされ、一部の手すりや備品も損傷した。
「うわっ、船腹に穴が……! 応急処置が必要だぞい!」
ボルグルが甲板に這いつくばりながら叫ぶ。
「くっ、もっとバランスを取ってくれ!」
ガレオは大きく揺れる見張り台にしがみついていた。
その脇で、シルバーは馬房の中で落ち着いたまま立っていた。揺れも水音も気にせず、いつも通り身を任せている。
海面の向こうに、巨大な建造物がゆっくり姿を現した。位置を変えながら浮上を続けるその影に、船は波に押されながらも、かろうじて転覆を免れた。
「あれは何だニャ?」
「神殿……?」
「ねぇ、レイ君は?」
「そうだ、レイは?」
操作室の中、レイはスクリーンに映る甲板の騒ぎをじっと見つめた。波がぶつかる音、仲間たちの叫び声、それらすべてが微かに室内まで届く。
アルが古代語の文字を解析しながら、壁面のマイク状の装置を見つけた。
(レイ、右のモニターパネルの下にスイッチがあります。これで外に声を届けられそうです)
レイは素早く手を伸ばし、指先でスイッチを押した。
すぐに、操作室からの声が甲板に届く。
「みんな、ゴメンなさい! 神殿が浮上するとは思わなくて……こっちは無事です!」
甲板の仲間たちは、どこからか響いてくるレイの声に耳を傾けた。不思議そうな顔をしながらも、ほんの少しだけ安堵の表情を浮かべた。
「アル、これ、このままにしても平気かな? ちょっと船の様子を見に行きたいんだけど?」
(少しお待ちください)
アルがパネルを確認し解析した情報を伝える。神殿の浮上を制御する方法に加え、海底で入口が覆われていた壁を収納して、神殿の入口を開放する手順も分かった。
レイは指示通りにグリップを操作し、まず神殿の動きを停止させる。次に、壁面の収納装置を作動させると、厚い壁がゆっくりと格納され、外に出る道が現れた。水が押し出されるように流れ、開放された神殿の入口が静かに姿を見せる。
操作が完了すると、レイは盾を二枚担ぎ、神殿の出入り口へと向かった。
柱の間から差し込む光が、床に淡い影を落とす。出口の先には、昼の光が海面越しに輝いていた。
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