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第376話(神殿入り口に)

甲板から、仲間たちが身を乗り出してレイの様子を見守っていた。

だが、思ったより早くレイが水面に顔を出したため、一同は顔を見合わせる。


「レイ、どうしたんだ?」

フィオナが代表して声をかける。


レイは水面に立ち泳ぎしながら、息を整えつつ答えた。

「思ったより、かなり深い所にありそうです。少し作戦を練ってから再度挑戦します。それで、盾が邪魔になりそうなので背中に括り付けようと思ってます。荷物袋の中に紐が入ってるので投げてもらえますか?」


フィオナはレイの荷物袋の中から細い結束紐を取り出し、レイに向かって放り投げた。


「ありがとうございます」

レイは盾を背中に回し、紐でしっかり固定した。


「レイ、今どのくらいまで潜ったの?」

セリアが少し身を乗り出して尋ねる。


「五十メルくらいかな。盾が邪魔で前に進めなくなって」

「そう、気をつけてね」

「了解です」


レイは体を整え直し、再び水面に潜った。


レイは心の中でアルに問いかける。

(アル、人の姿のままだと潜るのに苦しくなるよね。なんで魚は平気なんだ?)


胸元で微かな振動が返る。

(レイ、人の姿では呼吸器官も体の構造も水中に適していません。肺は空気を前提に作られているため、圧力が上がるほど空気が圧縮され、最終的には機能しなくなります)


(だよな……魚は?)


(魚は“ガス交換の仕組み”がまったく違います。水中の酸素濃度は空気の二十分の一以下ですが、エラは薄い膜を何層も重ねて表面積を極端に増やし、水を通すだけで効率的に酸素を取り込める構造になっています。さらに、体全体が水圧に対して均等に変形し、内部に空洞がありません)


レイは泳ぎながらゆっくり頷いた。

(つまりオレの肺は水中だと邪魔になるってことか)


(はい。人間の肺は“空気を溜めてふくらむ構造”なので、高圧下では形を維持できません。ですから今、レイの体は内部を液体で満たし、圧力が直接かからないように調整しています。魚の体に近い原理です)


(……なるほど、ナノボットが全部調整してくれてるわけだ)


(ええ。人型のまま深度百を超えると、胸郭が先に耐えられなくなります。変身は必須です)


レイは短く息をつき、背中に固定した盾の重みを確かめる。


(……アル、さっき動体反応と言いながら魚を見せたのは……このためだな)


(はい。人間のままでは深く潜れません。魚型に変形すれば水圧の影響を抑えつつ、効率よく進めます)


(なら、また体を変形させるしかないのか…)

(いつでもどうぞ。レイの体を圧力から維持することが最優先です)


先ほど深度のせいで胸が苦しくなり引き返した地点まで戻ってきた。

皮膚の内側をナノボットが覆い、体全体を薄い膜のように保護している。

さらに肺の内部は液体で満たされ、深度による圧力から体を守っている。


(……仕方ない、今回はこれで行くしかない……)

心の中で少しだけ人間らしさを失うことに抵抗を感じながらも、レイは割り切った。


体が流線型に整い、水を切る姿勢をとる。胸の奥にじんわり熱が広がる。背中の盾の微かな振動が、海底に神殿があることを確かに伝えている。


(レイ、これなら、人の姿で潜るよりずっと早く、深くまで行けるはずです)

レイは息を整え、覚悟を決めて水中へと身を沈めた。


水流は穏やかだが、深度のせいで光はほとんど届かない。

レイは掌から魔力鞭を出し、ナノボットの光が周囲をかすかに照らす。

それを頼りに、慎重に神殿へと体を進めた。背中の盾が微かに振動し、進む方向を示している。


深度が百を超えたところで、ついに海底が見えてきた。暗い海の中に、中央の神殿が静かに沈んでいる。その横に見慣れたものが一緒に沈んでいるのを見て、レイは思わず大声を上げた。


「うわっ……!」

口から吐き出した空気が、ボコボコと泡になって上へと昇る。


レイの視線は神殿の左右にある構造物の光景に釘付けになった。確かに神殿は存在する。その横に、かつて見た球体都市が静かに、しかし確実に海底に沈んでいる。


(……どういうことだ……)

思わず呟き、レイは目を大きく見開いた。水中の静寂の中で、予想もしなかった光景が広がっていた。


(とりあえず神殿に向かってみよう)


レイはゆっくりと体を傾け、海底に沈む神殿へと泳ぎ出した。背中の盾が進む方向を示すように震える。


水流は穏やかだが、深度のせいで光はほとんど届かない。レイの周囲を覆う薄膜が、わずかに青白い光を反射していた。


(球体都市まで沈んでる……理由はあとで考えよう。まずは神殿の確認だ)


距離が縮まるにつれ、神殿の外観が見えてきた。かつて球体都市の中に描かれていた壁画と同じ形状だが扉のようなものは見当たらなかった。


神殿の入口と思われる付近に近づくと、壁面の一部がわずかに青白く光っているのが目に入った。

一見、ただの壁に見えるが、レイの背中に括り付けた盾が微かに振動すると、その光が一点に集中して反射し始める。


(……盾の振動が反応してる……?)


光が揺らめくにつれて、壁の中央に滑らかな円形の扉が浮かび上がった。


(なるほど……これで入れるんだな)


レイは息を整え、慎重に扉の前まで泳いで進んだ。


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