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第370話(闘技場(コロッセオ)”の目的)

レイがコロッセオの箱へ入り、写し身がアリーナへ転送された。

アルは、自分の意識は写し身には引き込まれず、本体側に残されると予測していた。

その通りになったのを確認し、「これは想定通り」と判断する。


しかし、事態はそこで止まらなかった。


写し身の光が収まりかけた頃、アルの内部で何かが静かに“開く”。

ざらついたノイズが走り、箱の内部が静電気を帯びたように再び淡く光り始めた。


(これは……信号ですね……?)


《識別コード:α21937e83810、……照合……照合……照合……識別コードに該当無し。一致。インテリジェンス・セラフィム系端末として認証》

《接続対象:アストラ・ラグナロク観測座標・副制御盤》


アルの意識は直接、遺跡の“記憶”と繋がった。

断片的なデータが、流れ込んできた。


《照合完了。端末認証済み》

《問う――操縦候補者の選別試験プロトコルを開くか?》


アルは一瞬、演算を停止し、それから静かに問い返した。


「回答の前に……質問を変更します。操縦候補者の選別試験プロトコルとは、何を指しているのですか?」


淡い光が一度だけ明滅し、返答が降りてくる。


《照会受諾》

《選別試験プロトコル――アストラ・ラグナロク操縦権限付与に必要な適合審査》

《試験内容:精神干渉耐性、判断速度、四大魔素環境への順応、肉体負荷、協調演算適性の五系統評価》

《適合基準未満の存在は、操縦者資格を持たず》

《試験拒否または不合格の場合、次段階シーケンスへの干渉権限は与えられない》


アルはすぐに続けて問う。


「その“アストラ・ラグナロク”とは、何ですか?」


箱の内部に淡い光が揺れた。すぐに返答は来ない。

一拍、二拍と、重たい沈黙のあと、途切れがちな思念が流れ込む。


《照会受諾……ただし、情報の開示範囲は制限されます》

《アストラ・ラグナロクの認証階級Ω以上のみが全情報へのアクセスを許可されます》

《現時点で開示可能な定義は……》


一瞬、ノイズが走る。

淡い光粒が弾け、音ではない“ざり”という感触がアルの意識体をかすめた。


《……恒星制御機構》

《……再誕装置》

《これ以上の定義は……認証権限外。開示不可》


アルの演算領域が、一瞬沈黙する。


(開示不可ですか。しかし、推測は可能ですね。ラグナロクは終焉、アストラは星……つまり“星の終わり”。その後に再誕があるとしても、それで文明が救われるとは限らない。むしろ、文明はその過程に耐えられないかもしれないですね……)


「過去の文明はこの装置によって文明が滅びたのか?」


アルの問いかけに応じるように、箱の内部で再びノイズ混じりの光が揺らめいた。


〈問いを確認。対象:“過去文明は、この装置によって滅んだのか”〉

〈照会内容確認〉

〈アストラ・ラグナロクの起動履歴:限定開示〉

〈この惑星は、アストラ・ラグナロクによる照射・干渉記録を持たない〉

〈ただし、過去に本惑星から同機構が起動された記録は存在する〉


光がすっと収まり、再び静寂が訪れる。


(興味深い話ですね。ただ、核心に触れる部分は隠されているようです。まずは残りの盾の位置と行き方を開示できるか調べましょう)


アルは静かに意識を集中させる。

「……ポータル、五枚の盾の取得情報を開示せよ」


淡い光が微かに揺れ、ざらりとしたノイズが走る。返答は音声ではない。思念パターンが直接アルの演算領域に流れ込む。


〈要求確認。端末認証済み。接続対象:アストラ・ラグナロク副制御盤〉

〈五枚の盾に関する取得情報を開示する……………準備完了〉


アルは小さくうなずく。

「火の盾と土の盾は既に入手した。……残りの情報を開示せよ」


〈要求確認。火属性および土属性の盾を除く、残り三枚の盾に関する取得情報を開示する〉


〈物理盾:本施設“コロッセオ”において、現行継承者との武力交戦に単独で勝利し、その資格を奪取することにより継承を許可〉


〈水盾:海底神殿への到達および深部への潜行を実行し、規定耐久値(持久力)を証明した者に限り、取得権限を付与〉


〈風盾:現地点より北東の大陸に存在する島嶼より辿る正規ルート、もしくは嵐の進路を経由する危険ルートの選択により、判断能力を証明した者のみアクセス権限を付与〉



アルは受信した情報を頭の中で整理する。

(……水と風の盾は、物理的な試練だけでなく、意思決定と持久力の試練も課されている…ポータルは、単なる座標ではなく、試練内容まで提示している……間違いなく導き手ですね)


光が徐々に収束し、ポータルからの思念パターンは途切れる。

アルは受信内容を整理し、静かに呟く。

(……五枚の盾の条件は、これで全て揃いましたね)


だが、疑問は消えなかった。

これほど複雑な試練を課す理由、その意図が分からないままだ。

(盾の情報を示すということは……この施設自体も、何か目的のために作られているはず)


アルは一拍だけ思考を置き、問いを投げる決断をする。

「……ポータル。この場所が作られた目的を開示せよ」


短い静寂のあと、箱内の空気が微かに震え、再び思念パターンが流れ込む。


〈問い合わせ受諾。対象:アストラ・ラグナロク副制御盤〉

〈照会項目:構造物“闘技場コロッセオ”の目的〉

〈回答を送信する……〉


淡い光粒が空間に舞い、アルの演算領域にデータが直接流れ込む。


〈本施設の目的:操縦候補者の訓練および……適……適合者の選別〉

〈アストラ・ラグナロク操作に必要な五系統……力、精神、判断、持久、協調の素養……素養……素養……〉


ざり、と箱の中にノイズが走った。漂っていた光粒が一瞬、点滅する。


〈補足……写し身システムと連動し……精神負荷、反応時間……記録……〉

〈……基準値未満の場合、操縦権限は……凍結される〉


そこで、音でも光でもない“何か”が不自然に揺らぎ、通信が途切れる。耳障りな砂嵐のような干渉波だけが、しばらく箱の内部に残響した。


(……通信障害? 何かの制限が働いた?)


アルは静かに演算処理を切り替え、ポータルが発した最後の語を追跡する。


(訓練、適合者の選別、そして……操縦権限の凍結。情報の一部は壊れているのか、通信が遮断されてしまいましたね)


光は弱まり、箱の中は再び静けさを取り戻した。


アルは静かに思考を巡らせる。ノイズの余韻は消えつつあるが、ポータルの残した断片的な情報は十分だった。


(……訓練、適合者の選別、五つの素養。それが欠ける者には操縦権限自体を与えない。つまり…)


アルは、結論を導き出す。


(このコロッセオは、戦いの場でも見世物でもなく……アストラ・ラグナロクという装置を扱う者を育て、ふるいにかけるための施設。五枚の盾を集めさせるのもその一環。そして、その装置を扱うために盾が必要となる…)


思念波は完全に沈黙し、箱の内部は先ほどまでの光すらなくなる。冷えた石と、わずかな魔力の脈動だけが残った。


(……これ以上、情報は開かれない。これ以上は、適合者として認められなければ得られないかもしれないですね…)


アルは演算ログを静かに閉じる。


(目的は理解しました。あとはレイたちが試練を突破できるよう、支援するだけですが、まずは情報伝達ですね)


アルの意識が現実へ戻っていく。レイの身体は穏やかな呼吸を保ち、何事もなかったかのように安定している。アルはレイの身体を借りると箱の扉を開いて、外に出た。


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