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第369話(記憶の剣筋)

「今度は、こっちの番だ」


レイが静かに告げる。

指先から伸びていた魔力鞭が、蛇のようにうねりながら地面に触れた。


「ライズッ!」


低く響いた詠唱の直後、地面が波打つ。

五本の土槍が音を立てて、ガレオめがけて突き上がった。


ゴゴゴッ――!


「っ……来るか!」

ガレオは咄嗟に盾を構える。

物理防御の盾が、果たしてこの土の槍を防げるのか。


レイは構わず魔力を押し込む。

次の瞬間、槍が正面から盾にぶつかった。


ドゴォン!


衝撃波が走り、土煙が一気に巻き上がる。


ガレオが低く息を吐いた。

「盾が……弾かない?」


レイの目が細まる。

「土魔法は“物質”でもあり、“魔法”でもある。物理防御だけじゃ防げないかも」


ガレオは苦笑した。

「なるほどな。従者が土魔法を隠してたとは驚きだ! でも惜しかったな、もうその攻撃は見たぜ!」


「まだまだこれからだ! ライズッ!」


地面が再びうねり、土槍がガレオに襲いかかる。

レイは間髪を入れずに二撃目を繰り出した。


ガレオは身をひねって後方へ跳ぶ。

最初の槍をかわし、次に伸びてきた五本を剣で根元から斬り払う。

砕けた土片が宙を舞い、二人の間に再び緊張が走った。


そこへ、イーサンが追撃を仕掛ける。

振り切った剣を丸盾で押さえつつ、ショートソードをガレオ目掛けて振り下ろす。


だが、ガレオは押された剣を無理に戻さず、そのまま腰をひねり、その場で回転。

勢いを乗せた盾の横薙ぎが、イーサンの攻撃を弾き飛ばした。


「――っ!」

イーサンは思わず体を反らし、盾をぎりぎりで押し戻す。

盾と剣の衝撃で空気が裂け、風圧が二人の間に渦巻いた。


(この人、強いな…)

(コイツら、なかなかやるな…)


***


一方その頃、反対側の砦にたどり着いていたサラとフィオナ、リリーとセリアは、内部を慎重に探っていた。


「人の気配がしないな」

「音もしないニャ。聞こえるのは、自分たちの足音だけニャ」


「おかしいわね。砦を放棄してるの?」

セリアが扉を押し開け、奥をのぞき込もうとしたその時、頭上から、甲高い実況の声が響いた。

「おっとー! 砦の前で大将同士が激突か!?」


「……大将同士!?」

リリーが振り返る。


「戻るニャ! 急ぐニャ!」

サラが叫び、砦の出口へ駆け出した。足音が石床に響き、セリアもすぐに続く。


その瞬間、スラスターが噴く低い音がして、サラの体がふわりと前へ跳んだ。ジャンプシューズが作動している。


「ちょっ、写し身なのにそれ使えるの!?」

セリアが叫ぶ。


「分かんないけど使えるニャー!」

サラはそのまま加速し、林へ駆け込んでいった。


セリアは呆れたように息を吐きつつ、すぐに後を追う。

「あとで絶対聞くわよ!」


少し遅れて、フィオナとリリーも砦を飛び出した。

四人の足音が、林の奥へと遠ざかっていった。


***


反対側の砦では三対三の戦いが続いていた。

マルムスが地を蹴り、棒を突き出した。

狙いはボルグルの盾の外側、わずかに露出した右脇に風を裂く音が鳴る。


だが、突きが届く寸前、ボルグルの盾がわずかに傾いた。


「っ!」


金属の縁が棒の先を弾き、力の流れを逸らす。

棒はそのまま横へ滑り、空を切った。


マルムスが舌打ちし、間髪入れずに次の突きを繰り出す。

だがボルグルの動きは一貫していた。

踏ん張りも、視線も、まるで岩のように動かない。


その横ではイーサンが剣を振り、ガレオが盾で弾き返す。

金属音が短く響いたその一瞬の隙を狙うように、ジハルドの腕が振り上がる。投擲斧がうなりを上げて飛び、イーサンとガレオの間をかすめて砦の壁に突き刺さった。


「まだあるのか!」

イーサンが思わず声を上げる。


ジハルドは口の端をつり上げながら前へ出た。

今投げたばかりの斧の軌道を目で追い、地に落ちていた一本を拾い上げる。その動きにためらいはない。

まるで“投げては拾い、また投げる”を繰り返すのが当然といった様子だった。


だが、その瞬間。

レイの指先がわずかに動く。


落ちていた斧の周囲から、突如として土槍が立ち上がった。

ジハルドの足元を囲むように円形に突き出し、鋭い穂先が一斉に閉じ込める。


「なっ……!?」


驚く間もなく、レイが踏み込み、土槍ごと斬り払った。

光が一瞬ほとばしり、土槍とともにジハルドの姿が崩れ落ちる。


次の瞬間、ジハルドの身体は光の粒となって消え、コロッセオの外へ転送された。


実況が叫ぶ

「おおっとー! 早くも一人退場!」


ジハルドが光となって消えたのを見たマルムスは、対峙していたボルグルから距離をとった。


「大将、分が悪いぜ! このおっさん、ビクともしねぇくらい硬いし!」


ガレオは盾を構え直し、息を整えながら返す。

「ここに流れ着いてから、まともな冒険者の仕事なんてしてねぇ。依頼は軽いもんばかりだし、コロッセオも同じ奴らとばっか戦ってた。そりゃ腕も鈍るだろうな。だがここから先は本気で戦うぜ」


「付き合うしかねぇな、錆びた分は今から磨き直すしかないぜ!」

マルムスが笑い、手にした長棒をくるりと回した。


ガレオは短く息を吐くと、左腕の盾を地面に落とした。

金属が鈍い音を立てる。

「ここからはお遊びじゃなく、本気で行かせてもらう」


両手で剣を握り直した瞬間、彼の動きが変わった。

踏み込みと同時に体を半回転させ、イーサンの攻撃をかわしながら斬りつける。

イーサンは咄嗟に盾を立てて受け止めたが、その衝撃に押され、足が後ろへ滑った。


次の瞬間、ガレオの剣が流れるように繋がる。

斬り、回り、踏み込み、また回る。

まるで舞のような剣だが、一撃ごとに確かな重みと速さが宿っていた。


イーサンは防ぐので精一杯だった。剣を受けるたび腕が痺れ、足がじりじりと後ろへ下がっていく。


盾を捨てたあとのガレオの戦いを見ていたレイは、胸の奥に小さな違和感を覚えた。

(この動き……どこかで見たことがある)


刃の軌道、踏み込みのリズム、無駄のない体の回転。それは幼い頃、リンド村がオークに襲われたあの日、目の前で戦ってくれた冒険者のそれと重なっていた。


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