第368話(私が大将)
左右の道で両方のチームがぶつかり合っていたその頃、
ガレオは砦を出て、林の真ん中。踏み固められてもいない、まさに“道なき道”を進んでいた。
大将がアリーナから退出させられたら負け。
そんなルールの中で、自ら動くのはいかにも無謀だ。
だが、ガレオはそういう男だった。
「林ステージなんて、いつぶりだ?」
ぼそりとつぶやくガレオに、後ろを歩くマルムスが肩をすくめる。
「さぁな。俺も記録は見てねぇ」
隣のジハルドも苦笑して手のひらを返した。
「俺も。地形が変わるステージって一度も来てねぇし」
そんなやり取りの最中、遠くから実況の声が木々の間を抜けて響く。
「二人目、ヴァルドも消えたぁーっ!」
マルムスが口笛を吹きかけて、途中で止める。
「……っと。二人目って、おいおい、もうかよ」
ジハルドは頭をかきつつも、眉をひそめる。
「あらま。冗談にしては早すぎねぇか? うちら、もう三人やられちまったなぁ」
笑っているというより、乾いた声の軽口だった。
木々を分け、ガレオたちは“道なき道”を急ぎ足で進む。
「決まった! リリー、見事な一撃でアレハンドを撃破! 泥濘みに足を取られた瞬間を逃さなかった!」
マルムスが枝を払いながらぼやく。
「四人目……おい、マジでやべぇぞ。急がねぇと挟まれんじゃないか?」
ジハルドが即座に突っ込むが、その声にも焦りが混じっていた。
「でもさ、このルート選んだのガレオだろ?」
ガレオは面倒くさそうに肩を回しながら答えた。
「いやいや、大将は普通、砦で控えてるもんだろ。だから道を使って来る連中は、あっちの四人に足止めを任せればいいかなって思ったんだけどな」
マルムスが呆れ顔で笑う。
「ここに“砦に控えてない大将”がいるけどな」
ジハルドも苦笑してうなずいた。
「うん、当てにならねぇ!」
そんな軽口を交わしながら進むうちに、木々の向こうに反対側の砦が見えてきた。
ガレオが目を細める。
「お、砦の前に居た。やっとだな」
腰の剣に手をかけながら振り返る。
「二人は取り巻きを頼む。俺は、あっちの大将と戦ってくる」
マルムスがニヤリと笑う。
「出たよ、“動く大将”!」
「じゃ、一気に行くぜ。マルムス、左を頼む。ジハルドは右な」
「分かった!」
号令と同時に、三人は林を抜け出た。
枝葉をかき分ける音とともに、視界が開ける。
開けた先、砦の前に、三人を迎えるように立つ男がいた。
丸盾を構え、ショートソードを引き抜く。
「よう、あんたが大将か?」
挑発気味にガレオが声をかける。
真ん中で剣と盾を持っている男、イーサンはわずかに目を細めた。
「私が大将だったら、なんですか?」
その口調は落ち着いていて、むしろ余裕すら感じさせる。
イーサンは盾を前に出し、低く構えた。
「ボルグルさん、左の男をお願いします。そっちの右の方は任せます」
「ちょ、ちょっと待っ!」
「右をお願いします」
イーサンはレイに向かって短く言い切る。
「相手は、待ってくれないみたいですから」
言葉の終わりと同時に、ガレオたちの足元を風がかすめた。
空気が一気に張り詰める。
左では、棒術使いのマルムスに、盾と斧を構えたボルグルが立ちはだかる。金属がぶつかる前のような、静かな緊張が走った。
一方、投擲斧を構えたジハルドの前には、なぜかレイが立つことになっていた。
(……オレ、大将なんだけどな)
思わず内心でぼやきつつも、レイは仕方なく黒い刃の両手剣を抜く。
光を吸い込むような漆黒の刀身が、わずかに空気を震わせた。
「まあいい、やるしかないか」
低くつぶやき、レイは腰を落として構えを取る。
そして中央では、ガレオとイーサンがすでに間合いを測り合っていた。
剣と盾。力と技。
二人の視線がぶつかり、空気が一瞬、重くなる。
その緊張を裂くように、実況の声が響いた。
「おっとー! 砦の前で大将同士が激突か!?」
観客席がどよめき、ざわめきが林の方まで届く。
ガレオが口の端を上げた。
「さぁ、派手にいくか」
イーサンも静かに盾を前へ押し出す。
互いの足元の土が、きゅっと鳴った。
相手側の三人が、ほぼ同時に動いた。
ガレオが地を蹴る。
「行くぞッ!」
その踏み込みと同時に、左のマルムスも棒を回転させながらボルグルの横へ回り込む。
ジハルドは両手に投擲用の斧を二本握り、じりじりと間合いを詰めてきた。
最初にぶつかったのは、中央のガレオとイーサンだった。
ガレオの剣が上段から振り下ろされる。
鋭い金属音が響き、イーサンの盾がそれを受け止めた。
衝撃で地面がわずかにえぐれ、イーサンの膝が地に触れそうになる。
「っ……重い! でも見える!」
その横で、マルムスの棒が風を切って横一閃に振り抜かれる。
だがボルグルは、厚い盾をわずかに傾けて受け流した。
「悪いな、そんな攻撃は効かんぞい!」
一方、ジハルドは二本の斧を構えたままレイへ切りかかってくる。
レイは一歩下がり、刃の軌道を冷静に見切った。
「近いな……」
空を切った斧が、勢いそのままにジハルドの手でぐるりと回転し、再び投げられる。
ヒュッと空気を裂く音。
レイは落ち着いた動作で黒い剣を横に払う。
金属が弾ける音とともに、投げ斧は軌道を逸れて地面に突き刺さった。
「やるな……!」
ジハルドは舌打ちしながら、腰のホルダーから同じ形状の斧を引き抜く。
再び両手に斧を構え、低く姿勢を取った。
空気が再び、張り詰める。
イーサンは盾で受け止めたガレオの剣を、力を込めて横にずらした。
そのまま反撃と同時に、ショートソードを突き出す。
ガレオはわずかに体をひねり、剣でそれを受け止めた。
火花が散り、金属音が響く。
「ぬぅっ!」
ガレオが力任せに剣を押し返すと、イーサンの体が後方へ弾かれた。
たまらず一歩、地面を蹴って後退した。
その一瞬を狙ったように、左側からマルムスが棒を回転させて突っ込んでくる。
「はぁっ!」
回転の勢いを乗せた一撃が、イーサンへ向かって飛んだ。
「やらせんぞい!」
その瞬間、ジハルドが動いた。
盾でイーサンをかばうボルグル、二人が並んだその位置を狙い、
両手の斧を立て続けに投げ放つ。
「いけぇっ!」
同時に、ガレオも盾のない側へ回り込み、剣を振り下ろしてきた。
だが、レイはすでにその動きを見切っていた。
コロッセオに入る前、アルが彼の神経活動を同期させていた。
――いわゆる“ゾーン”状態。
思考と反応が限界まで研ぎ澄まされている。
レイは右手に剣を構えたまま、左手を下から払うように動かす。
指先から、五本の魔力の鞭がしなやかに伸びた。
「……捕まえた」
その鞭が、飛来する投擲斧に絡みつく。
ギュッ、と空気が鳴り、斧の軌道が強引にずらされた。
方向を変えた斧は、逆にガレオへと向かう。
「なっ!?」
ガレオがとっさに盾を引き上げる。
斧が当たる瞬間、空気がわずかに揺れ、スピードが急激に落ちた。
カンッ!
軽い音を立てて斧が盾に当たり、地面に転がる。
物理防御の盾はまだ起動していない。
それなのに、まるで磁石が反発するように、斧の勢いが殺されていた。
「……今の、斧の軌道は、なんだ?それも魔法か?」
ガレオがわずかに眉をひそめる。
レイの周囲に淡い光がゆらめき、空気が静かに脈動していた。
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