第367話(分断戦術)
右側の小道を進むセリアとリリーも、前方に立つハンマー使いのアレハンドと、少し後方から援護する弓使いのハウラーと対峙していた。
実況が声を張り上げる。
「こちらは右の小道! ハンマーと弓の連携コンビ、アレハンド&ハウラーが迎え撃つ構え! 対するはセリアとリリー、軽装の高速コンビだ!」
リリーが大鎌を構え、セリアは短剣にを手に持ち意識を集中させる。
二人は一気に距離を詰めようと駆け出したが、矢が頭上から次々と飛んでくる。
「くっ……!」
セリアが身をひねって矢をかわし、リリーは大鎌を振り抜き、矢を弾き飛ばした。金属の先端が刃に触れ、火花のような音がかすかに散る。
「ディナが言ってた、連携して戦う相手ってこいつらね」
「向こうも二人、なら、真っ向勝負ね!」
「こっちだって組んで戦ってきてる。その点じゃ負けてないわ」
「連携を崩すには、弓との距離を詰めてあっちを分断するしかない!」
セリアが叫び、再び踏み込む。だがその瞬間、前方でアレハンドが咆哮を上げた。両手で構えた巨大なハンマーが地を叩く。
――ドンッ!
土煙が上がり、衝撃波が走った。
地面がはじけ、そこに穴があき、小石がパチン、パチンとセリアの頬や腕に当たる。
瞬間、鈍い痛みが走り、思わず顔をしかめた。
セリアの足元がわずかに揺らぎ、踏み込みが止まった。
「いい加減にしなさいっ!」
リリーが横へ回り込み、大鎌を振るう。
しかしアレハンドは一歩退き、重いハンマーを横薙ぎに振り抜いた。
――ガァンッ!
ハンマーと大鎌がぶつかる鈍い音が響き、火花が散る。
衝撃に押し返される形で、リリーは跳ね退きながら距離を取った。
そこへ、ハウラーの矢が再び飛来する。セリアは矢を弾きながら、悔しげに歯を食いしばる。
「このままじゃ、前に出られない……!」
実況が追う。
「完全な分断戦術! アレハンドが地を制圧、ハウラーが矢で止める! 連携が見事だ!逆側の道も弓が優勢。やはり遠距離が有利なのか!」
ハンマーの一撃で道を制圧し、矢で足を止める。
二人は完全に、連携の網に捕らえられていた。
ハウラーの矢が再び放たれ、リリーの大鎌がそれを弾いた。
金属がかすめ合う高い音が響く。
セリアは短剣を構えたまま、息を吐く。
「……やるわね、息が合ってる」
アレハンドはにやりと笑い、ハンマーを肩に担ぐ。
「嬢ちゃんら、そう簡単には通さねぇぞ」
踏み込みの音とともに、再び地を叩きつけた。
セリアが前に出ようとした瞬間、
ドンッ!
アレハンドのハンマーが地を叩く。
地面が震え、砕けた石片が弾丸のように飛び散った。
バチッ、バチバチッ!
破片がセリアの頬をかすめ、リリーの肩当てにも弾けて当たる。
その反動で二人とも一瞬、足を止めざるを得なかった。
すぐさま、ヒュンッと風を切る音。
ハウラーの放った矢が飛び込み、リリーの腕をかすめる。
「くっ……!」
リリーは後退しながら大鎌を構え直す。
砂が舞い、弓兵の姿がかすかに揺れた。
「……あいつら、連携慣れしてる」
セリアが息を整えながら低く言う。
地面が揺れ、細かい砂がぱっと舞い上がった。セリアは反射的に目を細める。視線の先、地面にはくっきりと凹みが残っていた。
「リリ姉、あのハンマー……動作が大きい。ハンマーを引く時や打ち終わった瞬間だけは隙がある」
「でも、その前に矢が飛んでくるのよ!」
二人の間を、再び一本の矢が裂く。
アレハンドが地を揺らし、ハウラーが矢で動きを止める。
二人の連携は、まるで練り上げられた訓練のようだった。
リリーは一度下がり、鎌の柄を地に突く。
「ちょっと厄介ね……敵の弓持ちを何とかしないと」
「じゃ、次の攻撃で動くわ!」
セリアはそう言い残すと、身体能力強化の魔力循環を開始した。
アレハンドのハンマーがリリーめがけて振り下ろされる。
ドンッ!
リリーは素早く横に跳ねて攻撃をかわす。セリアはその攻撃を合図に、地面を蹴る音とともに魔力を一気に巡らせた。瞬く間に、セリアの姿が霞む。
アレハンドは、咄嗟にハンマーを横薙ぎに振るった。だが、セリアの動きはそのさらに上をいった。
彼女は迫るハンマーの柄を一瞬だけ踏み台にして、しなやかに跳び越える。風圧で髪が舞い、アレハンドの目の前を閃光のように通過する。
そのまま林の中へと駆け抜けていった。
実況が息をのむ。
「セリア、加速! まるで風だっ、速い! アレハンドの反応が追いつかないっ!」
アレハンドは振り返りざまに叫ぶ。
「逃がすか!」
追撃に移ろうとしたその瞬間、横合いからリリーが飛び込んできた。
二人の位置は、ちょうどハウラーの矢の射線上——敵味方が真横に並ぶ形になる。
「誤射でも狙わせようって作戦か?」
アレハンドが冷静に笑みを浮かべ、構え直したハンマーに力を込める。
その刹那、林の奥からヒュンッと矢の音が響いた。狙いはリリー。
だが彼女は、待っていたかのように大鎌を振りかぶり、ハンマーの柄に引っかけてグイッと引く。
「なっ……!」
アレハンドは体勢を崩し、慌ててハンマーを地面へ叩きつけて急ブレーキをかける。
矢は彼のすぐ足元に突き刺さり、土を抉った。
「危ねっ!」
実況が思わず叫ぶ。
「上手い! 相手の誤射を誘って、アレハンドの足を止めた! 見事な連携だ!」
土煙が上がる中、アレハンドはようやくリリーの意図を悟る。
「……あいつを追わせないつもりか」
「ええ。ただの時間稼ぎよ」
リリーが短く返す。
その間にも、セリアは林の中を抜け、木々の間を縫うようにしてハウラーへ迫っていた。
木々を盾に、飛んでくる矢をかわしながら距離を詰める。
ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ――
矢が連続で飛来するたび、体を低くひねり、木の裏に身を隠す。矢は幹や葉に当たってパシッ、カシッと乾いた音を立てて弾かれる。
「くっ……!」
矢が木々の隙間をかすめる。セリアは息を整えつつ、丸く体を畳み、斜めに飛び出す。短剣を握り、跳ねるように前進する。
ヒュンッ、ヒュンッ――
矢の連射が林内に響き渡るが、セリアは巧みに幹を盾にし、タイミングを合わせて進む。飛び出す角度をずらすたび、矢は空を切り、木の裏に押し込まれる。
実況が抑えた声で告げる。
「ハウラー、連射! しかしセリア、完全に矢のリズムを読んでいる!これは接近戦もあるぞ!」
セリアは連続する矢をかいくぐり、ついに投げナイフの射程内まで接近した。
「これで……!」
セリアは投げナイフを投げる。ヒュンッ、と飛んだ刃はハウラーの横をかすめ、彼はとっさに体をそらして避けた。
その瞬間、ハウラーがセリアに向けていた弓の角度がずれる。セリアはその隙を逃さず、林の陰から飛び出した。
「今よ!」
セリアの勢いに押され、ハウラーは弓を捨て、短剣を抜いた。
二人の刃がぶつかり、火花が散る。鋭い金属音が林に響き渡る。互いの腕に力が入り、短剣同士がぎりぎりの角度で交わるたび、火花がちらつく。
だが、均衡は長くは続かなかった。
次の一撃で刃が交わると、ハウラーの短剣は根元からポキリと折れてしまう。弾かれるように手から滑り落ち、地面に激しく突き刺さった。
「ちぃっ!」
「折れた! ハウラーの短剣が折れた!」
実況の声が響く。
ハウラーは慌てて両手を挙げる。降参のポーズだ。
「いや、あんたら強いわ。降参だよ、降参!」
しかし、セリアは眉をひそめた。
このアリーナに入る前、降参が成立するとは一言も聞いていない。
「ひとつ聞いていいかしら?」
彼女は間合いを保ったまま問う。
「アリーナから大将が居なくなった方のチームが負けるのよね。降参の場合、その人はもう戦えないって、誰が判断するの?」
「降参の場合か? それを決めるのは――」
言葉の途中で、ハウラーはダッシュした。弓のもとへ。
拾い上げた瞬間、身を翻して矢を番える。
だが、放たれるより早く、セリアの姿が掻き消えた。
次の瞬間、ハウラーの背後。
彼の喉元に冷たい刃が走り、空気を裂く音がした。
ハウラーの体がふらりと揺れ、白い光に包まれて消えていく。
実況が静かに告げる。
「ハウラー、退場……! セリア、冷静な一撃で勝利です!」
セリアは息をつき、血のついていない短剣を見下ろした。
「へえ……痛みはあるのに、血は出ないのね。変な空間だわ」
セリアがハウラーを退場させた時を同じくして、アレハンドが肩にハンマーを担ぎ、重々しい構えでリリーを睨んでいた。
「嬢ちゃん、そう簡単には通さねぇぞ」
リリーは大鎌を握り直し、ぎりりと歯を噛む。
「それはこっちも同じこと。簡単に通すと思わないで」
アレハンドが踏み込み、地面を叩きつけると
ドンッ!
衝撃が地面を伝い、小石が舞い上がる。
実況が伝える。
「こちらも一騎打ちが始まっています!」
リリーは相手がどれだけパワータイプなんだと思いながらも作戦を考え始めた。一撃の重みはあるが次の攻撃にタイムラグがあるのは、さっきの対峙ですでに分かったことだ。
頭の中で戦いを組み立てていると、アレハンドが攻撃を仕掛けてきた。
アレハンドはリリーのいた場所にハンマを振り下ろす。
リリーは大鎌の柄を地面に突き、柄を支点にして体を横に跳ねてハンマーを避けた。
ドンッ!
リリーは空中で体をひねりつつ、着地と同時に刃先を回転させ、アレハンドに向かって下から上に振り抜く。大鎌はアレハンドの腕をかすめるように振り抜かれた。
ヒュンッ!
アレハンドはリリーの攻撃を嫌い、後ろに飛びのいた。
お互いに武器を構え、目を合わせながら次の出方を伺う。
リリーはアレハンドから視線を外さず、周囲の状況を素早く観察する。
「なるほど…」
小さく呟き、横薙ぎで大鎌を振りながら、アレハンドの接近を防ぎ、一歩後ろに下がった。
片手を離し、今度はウォーターボールの詠唱を開始する。
次の一手。相手をどのように動かすか、リリーの頭の中で瞬時に計算が巡る。
「水よ、舞え! ウォーターボール!」
最初の一発がアレハンドの足元を打ち、砂と水が跳ね上がる。
アレハンドはハンマーを振り下ろし、ドンッ!と地面を叩く。
実況が声を上げる。
「なんと、水魔法だ! リリー、ウォーターボールで攻撃開始!…って、リリーも水魔法が使えるとは!」
「何をちょこまかと……!」
アレハンドはリリーを叩こうと踏み込むが、リリーは軽やかに横へ回避する。
実況もアレハンドも、リリーが水魔法を使えるとは知らず、明らかに驚いている様子だった。
リリーは間髪入れず、次の詠唱に入る。
「水よ、舞え! ウォーターボール!」
アレハンドはハンマーを振り下ろし、また地面を抉る。
「また、魔法かよ。当たらなけりゃ意味ないな!自慢の大鎌はどうした!」
リリーは横回りを維持しつつ水弾を放つ。飛沫と槌の音だけが戦場に響く。
五、六発目――
リリーは一発ごとに詠唱を重ね、横回避を続ける。
アレハンドは挑発と攻撃を繰り返すが、最後の一発が地面を叩いた瞬間。
固かった足場がずぶりと沈み、ハンマーを支える足が泥に取られる。
体勢がぐらりと崩れ、踏ん張れずに前に倒れ込むアレハンド。
リリーは迷わず間合いを詰め、大鎌を振り上げた。
「これで終わりよ!」
大きく振り下ろされた大鎌が、泥に足を取られたアレハンドを斬る。彼は白い光に包まれ、消えた。
戦況を伝える声が届く。
「決まった! リリー、見事な一撃でアレハンドを撃破! 泥濘みに足を取られた瞬間を逃さなかった!」
リリーは凸凹になった道の上に何度もウォーターボールを撃ち込み泥濘みを作った。それは地面が凹んだ場所を隠す為のものでもあった。
リリーは片手で大鎌を支えながら、少し息をつく。
「自分であれだけ地面を凸凹にしたんだから、気をつけないと足元を救われるわよ。もう遅いけどね」
こうしてリリーたちの勝利で右側の遊撃隊も相手を撃破した。
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