第366話(死角の一撃)
林の中、左右に分かれた小道を抜けると、両軍の姿が見えた。
実況の声が響く。
「さあ、両軍、左右に分かれた遊撃隊が接近! どちらが先に攻撃を仕掛けるか……緊張の瞬間だ!」
サラとフィオナは左の小道へ足を踏み入れた。
対するヴァルドとリュカは、右側の道を慎重に進んでいく。
斧と盾を構えたヴァルドが前を行き、槍を持つリュカは一歩下がった位置で周囲を警戒していた。
林の中は薄暗く、風が枝葉を揺らすたびに、影が地面を走る。
フィオナは周囲を見回しながら、小声でつぶやく。
「この林……アリーナの中とは思えないほど広いな」
サラが短く鼻を鳴らす。
「街より大きいニャ」
フィオナはわずかに眉をひそめた。
「戦場としては、いやに静かだな……気配も風の音にまぎれてる。油断せずに行こう」
サラもフィオナも歩きながら耳を澄まして、近づく足音を確認する。
相手も足音を消しながら進んで来ているが、サラが先に足音に気づいた。
サラは音を立てずに手を上げ、敵の接近を知らせる合図を送った。
フィオナが小さく頷く。二人は視線を交わしたあと、即座に二手に分かれた。
サラは足音ひとつ立てず、近くの大木へと駆け寄る。
枝を掴み、軽やかに幹を登っていくと、葉の影に身を潜めて息を殺した。
一方、フィオナはサラの位置を確認すると、音もなく後退した。
林の奥へと入り、緩やかにカーブした道の影。相手から見えない位置に身を潜めた。
わずかに風が枝を揺らし、木漏れ日が地面をちらつかせた。
静寂の中、土を踏む音が近づいてくる。
やがて、盾と斧を構えたヴァルド、槍を手にしたリュカの二人が姿を現した。
(二人か……)
撤退の必要はない。
フィオナは呼吸を整え、弓を構えた。
矢をつがえると、指先を軽く開き、二本の指にそっと風の魔力を纏わせる。
「よし……」
息を止め、狙いを定める。
矢が放たれると同時に、指先から吹き出す風の魔力が矢を微かに押し、軌道が左へと曲がった。
林の木々の間を滑るように飛ぶ矢は、直線で追えない奇妙な曲線を描き、リュカの視界に突如現れる。
「なっ……!?」
慌てて槍を構えるリュカ。しかし間一髪、体をひねってかろうじて弾いた。
フィオナは続けて二本目と三本目をほぼ同時に射る。リュカは前に踏み込み、槍で受け流す。間一髪でかわすリュカ。
しかし三本目はその踏み込んだ側に放たれていた。わずかに間合いを誤り、矢は肩をかすめて地面に突き刺さる。リュカは驚きと焦りの表情を浮かべた。
実況の声も熱を帯びる。
「おおっと! 三連射、二本をかわしたリュカだが、三本目はギリギリかすった! さすが元Aランクの槍使い!林から飛んできた矢を躱し切った!」
それを見たヴァルドは、すぐに下がり、リュカの身を盾で隠す。
そこにまた弓が飛んでくる。
弓は盾に当たって弾かれるが、矢の軌道を追っても、発射点がまったく掴めなかった。
「どこから撃ってやがる……?」
ヴァルドは盾を構え直すと、リュカに声をかけた。
「大丈夫か?」
リュカは息を整えて、返事をした。
「うああ……びっくりした。大丈夫、掠っただけだ」
林の奥をもう一度見やり、矢が飛んできた方向を確かめる。
「今の……矢が曲がって飛んできたように見えた。こりゃ、上方修正だな。あんな芸当、ハウラーですらやったことないぞ。相手はAランクと見るべきだ」
その時、頭上からガサッという音が響いた。
ヴァルドとリュカが見上げると、サラが木から飛び降り、盾を超えて真上に突っ込んできた。
サラは体を回転させ、双剣で二人の間に斬りかかる。ヴァルドは咄嗟に盾で受け、刃と盾がガンッと音を立ててぶつかった。
その隙を突くように、林の奥から矢が滑るように飛来する。
風魔法で軌道を変えられた矢は、サラに気を取られ背を向けてしまったヴァルドの肩を正確に貫いた。
「ぐっ……!」
ヴァルドは肩を押さえ、動きが一瞬止まる。
リュカも横から襲いかかるサラの双剣を防ぐが、わずかに体勢を崩し、敵の動きを制御する必要を迫られる。
実況も声を張り上げる。
「おおっと! 盾で双剣を弾いた瞬間に、矢が右肩に深く刺さった! 先制で強烈な一撃だ!」
ヴァルドが肩を押さえて動きを止める中、リュカは一瞬焦ったものの、冷静さを取り戻す。
「ヴァルド、大丈夫か?」
「ぐっ……肩に刺さった……でも、耐えられる!」
リュカは間合いを取りながら槍を構え、一瞬視線を巡らせた。サラの動きを見極め、すばやく体を回転させる。
「ヴァルド、こっちに回り込め!」
そう言うと、リュカは自分と林の間にサラを誘導するように動いた。相手が二人でサラを盾にしているのが分かった。
「ニャ!卑怯だニャ!」
双剣を振り回すサラは、自然とリュカの前方へ押しやられ、サラの体が林の木々とリュカの間に位置する。
リュカも負けじと言い放つ
「どっちがだよ!」
これにより、フィオナの次の曲射は狙いにくくなった。矢は木々の間を縫うものの、サラの体が射線を遮り、リュカやヴァルドに直接当たる可能性は減少した。
リュカとヴァルドは、サラを林の方に押し込むように攻め始める。
サラが繰り出す双剣は、右肩を負傷して斧が振れないヴァルドの盾に弾かれる。ヴァルドは盾で攻撃を邪魔するように立ち回り、サラの動きを制限する。
その隙をリュカが突いた。槍を構え、連続で前方へ突きを繰り出す。
槍先がサラを襲うたび、かろうじて避けられるわずかな隙間しか残されない。
サラは猫人特有のしなやかさを活かし、体をひねり、跳ね、ぎりぎりで槍先の間をすり抜ける。穂先の軌道が体のすぐ横をかすめ、緊張が走った。
(やるニャ、突きが速いニャ…)
サラは背後から風を切る音を感じ、フィオナの矢が飛んできていることに気づく。
「ヤバいニャ!」
その一瞬、サラの動きが止まった。
次の瞬間、リュカの槍が鋭く突き込まれ、脇腹をかすめた。
「ちっ!」
サラが短く声を上げたその隙を、ヴァルドが逃さず追撃した。
「オリャーッ!」
盾を構えたまま前に踏み込み、シールドバッシュを叩き込む。
ドゴッ!
重い衝撃音とともに、サラの体が後方に弾き飛ばされた。
木の根元に転がり込み、地面に手をついて息を整える。
「……っ、やるニャ……!」
その様子を見たフィオナは、林の中からの射撃では危険が大きいと判断し、狙いを上空に切り替えた。
矢は弧を描きながら舞い上がり、森の間を抜けて上空からヴァルドたちへと降り注ぐ。
「くそっ、厄介だ!どれだけ精密なんだよ!」
やっと反撃に出られると思った矢先、弓の攻撃に二人は身を強制的に防御態勢へ。リュカもヴァルドも、再び盾と槍で対応せざるを得なかった。
フィオナは矢筒をのぞき込み、残りの矢の数をすばやく数えた。
――残り五本。
早めにケリをつけないとこちらが不利になる。
そう判断したフィオナは深く息を吸い込み、呼吸を整える。
遠く、木々の間からかろうじて見えるサラの姿を目で捉えた。
「サラ、聞こえるか? 聞こえたら右の剣を回してくれ!」
林の向こうで、サラの耳がぴくりと動く。
次の瞬間、彼女は相手を挑発するように右手の剣をクルッと回してみせた。
「いいか、カウント三つで左に飛んでくれ……」
サラが小さく顎を引いた。
「三、二、一――今!」
サラの足が地を蹴り、体が弾かれるように左へ跳ぶ。
その瞬間、ヒュンッ! と鋭い矢が空気を裂き、さっきまでサラがいた位置を正確に通過した。
矢の軌道はそのまま、背後で構えていたリュカの胸を貫いた。
「うっ……!?」
リュカの体が一瞬のけぞり、矢の根元まで深く突き刺さる。
彼は苦痛に顔を歪めたが、声を出す暇もなく、白い光がその身を包み始めた。
「リュカ!」
ヴァルドの叫びが響く。
光は瞬く間に強さを増し、リュカの姿はまぶしい閃光の中に溶けるように消えた。
「よそ見はダメニャ!」
ヴァルドの背後に回り込んだサラの双剣が、寸分の迷いもなく突き出された。刃はヴァルドの背甲の隙間を正確に貫き、金属音が短く鳴る。
「ぐっ……!」
ヴァルドの体が前のめりに傾ぐ。盾が手から滑り落ち、地面に鈍い音を立てて倒れた。
そのまま膝をついた彼の背を、白い光が静かに包み込む。
観客席からどよめきが起こる。実況の声も思わず上ずった。
「なんと、サラの鮮やかな裏取り! 二人目、ヴァルドも消えたぁ!」
光が収まり、そこにヴァルドの姿はなかった。
ただ、盾だけが残り、転がったまま静止している。
サラは双剣をくるりと回し、ひと息ついた。
「ふう……やっぱり油断した方から消えるニャ」
フィオナが林を抜け、サラと合流する。
「大丈夫か?」
「これくらい平気だニャ!ニャルほど、後ろの音もバッチリ拾えたニャ!というか拾いすぎたニャ!」
サラが笑いながら言うと、フィオナも頷いた。
「ああ、私も視界が澄んでいて、今までより格段に狙いやすかった」
二人は軽くハイタッチを交わし、フィオナは落ちていた矢を回収する。
再び林の道を、静かに先へ進み始めた。
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