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第362話(七人戦の段取)

ディナは酒場の奥のテーブルに腰を下ろし、軽く息を吐いた。

頭の中では、さっきまでの交渉の内容を整理している。


ゲラルドがグラスを手に、低い声で尋ねた。

「それで、首尾は?」


「肝心なところはボカしたけど、一応、賭けには乗る感じね。興行ってことにしてあるわ」


「上出来だ。じゃあ、最後に“賭けるもん”を出して、うまく流れで纏めちまえばいい」


ディナは眉を寄せた。

「……ねぇ、本当にガレオが“船と盾”を賭けるなんて言ったの? あの人、そんな言い方するタイプじゃないと思うけど」


ゲラルドはにやりと笑い、わざと軽い口調で返す。

「いや、言ってたさ。“どうせ使わねぇ盾だ、賭けても構わん”ってな。それに“船”は──あの人の度量なら、そのくらい許すさ」


ディナは半眼になり、じっと睨んだ。

「……その言葉、ガレオ本人から聞いたの?」


「細かいこと気にすんなって。勝てば全部丸く収まる。問題は、相手の戦力だろ?」


ディナは小さく息を吐き、視線をそらした。

(やっぱり怪しい。そんな口ぶり、ガレオがするはずない……後で本人に確認したほうがいいわね)


視線を紙に戻し、ディナは相手の情報を口に出して整理した。

「相手は七人。Aランクが一人、Bランクが四人、Cランクが一人。それに従者が一人。代表者はCランクの男の子」


「男の子?」

ゲラルドの声に軽い驚きが混じる。


「ええ。剣は新品同様で、ほとんど使われていなさそうだったわ」

「なるほど、まだあまり経験はないってことか」


「そう。ただし魔法を使えるみたいで、水魔法を使っていたわ」

「おお、水魔法か。それは珍しいな」


「魔法使い自体が貴重だから、観客に伝えればさらに注目されるはず」

「なるほど、それで賭けの盛り上げになるわけだな」


「護衛にはAランクのドワーフと、Bランクの女性パーティがついているわ。従者も戦うみたい。で、その護衛なんだけど、三人が二つ名を持ってるの。絶壁のボルグル、疾風迅雷のサラ、死神の微笑みのリリー。自称かもしれないけど、観客に伝えれば十分宣伝になるわ」


「ふむ……なるほどな。確かに、観客向けにはこれで充分派手に見せられるな」


ゲラルドは顎をさすりながら言った。

「……で、うちの陣は?」


「ガレオでしょ、槍使いのリュカ、盾のヴァルド、弓のハウラー、ハンマー使いのアレハンド、あと、棒術のマルムスに、投擲斧のジハルドね」


ゲラルドの口角が上がる。

「二人を除けば、全員元Aランクか。カルタルでも屈指の布陣だな。これなら楽勝だ」


ディナはその言葉に小さく首を振った。

(……“楽勝”って言葉ほど危ういものはないのに)


ゲラルドがグラスを片手に、満足げに言った。

「よし、段取りは完璧だな。試合は三日後、コロッセオで七人戦。写し身を使った形式で、最後まで大将が残ってた方が勝ち。派手で分かりやすい」


ディナは頷きながらも、書類から目を離さずに言った。

「アリーナの調整はチアゴに任せてあるわ。賭け率の公開は朝一で。こっちは既に宣伝済み。“カルタル最強の七人、無傷で海を渡ってきた挑戦者”でいく」


「さすが手が早ぇな。あとは勝つだけだ」


ゲラルドが笑い、軽くグラスを鳴らした。

だが、ディナの視線はその笑みを追わず、紙の一行に止まっていた。


「……もう一度確認するけど、“船と盾で賭ける”って本当にガレオが言ったの?」

「おう。“国に帰れるチャンス”って言ってた」


「……この街で“船”を賭けるなんて、財産を全部渡すようなものよ。カルタルじゃ、大陸航行用の船なんて造れない」

「だからこそ盛り上がるんだ。滅多に見られねぇ“本物の賭け”だろ」


ディナは静かに息を吐いた。

「……取引、ね。あの人がそんなふうに言うとは思えないけど」


「気にすんな。勝てば問題ねぇよ」


軽い調子のまま言い放つゲラルドを見て、ディナは黙り込んだ。

グラスの氷が小さく音を立て、時間だけが流れる。


(やっぱりおかしい。ガレオは“船を出せ”なんて言う人じゃない。あとで本人に確かめよう)


ディナは帳面を閉じ、立ち上がった。

「三日後は予定どおり。興行の進行は私が見る。余計な口出しはしないで」


「わかってるさ。頼りにしてるぜ、“賭けの女神”さん」

ゲラルドの軽口を背に、ディナは手だけ上げて酒場を出た。


外では、コロッセオの灯りが夜空を照らし、試合の準備が静かに進んでいた。


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