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第361話(コロッセオ)

やがてレイたちは、街の中央にそびえるコロッセオまでやってきた。

外壁は白い石を積み上げて造られており、何層にも重なる円環状の構造が遠くからでも目を引く。壁面のあちこちには風化した彫刻が残り、かつてここがただの闘技場ではなかったことを思わせた。


レイたちは、ディナに勧められるまま中に入る。

巨大な門をくぐると、観客席に囲まれた円形の広場が広がっていた。中央には砂と石でできた闘技場があり、床の紋章が淡く光っている。その周囲には、棺のような箱が並んでいた。


中には作業をしている男の姿もあった。装置の確認をしているらしく、ディナが短く声をかける。


「チアゴ、コロッセオの装置は無事に動いた?」

「ああ、一応な。まだ安定してないからアリーナの中までは無理だぞ」

「分かったわ」


ディナは手を振って一行を誘導する。

「さて、ここがコロッセオよ。試合は三日後だけど、今日はまだ中には入れないから、今日は下見と説明ね」


セリアが箱を指さす。

「この棺のような箱は何?」


ディナはにっこり笑った。

「箱に入ると、自分の“写し身“がアリーナに立つの。元の体はここに残ったまま、戦いは写し身が行うって感じよ」


リリーが目を丸くする。

「写し身……つまり、もう一人の自分が戦うってこと?」


「そう。だから、いくら傷ついても大丈夫。外に戻れば元通りになるわ」


フィオナは眉をひそめた。

「不思議な仕組みだな。どうやってるんだ?」


「詳しいことは私も知らないわ」

ディナは笑って肩をすくめる。


「でも、この場所は昔から“命を奪わない闘技場“として有名なの。どんなに激しい戦いでも、終わればみんな元通り。そういう決まりになってるの」


レイは紋章をじっと見つめ、静かに呟いた。

「決まり、か……。つまり、そうなるように作られてるってことだな」


「そう。理屈より“仕掛けのある場所“だと思った方が早いわ」


ディナは箱を指さしながら続けた。

「試合の日は、そこに入ってもらうことになるの。入ると光に包まれ、次の瞬間にはアリーナに立ってる。初めてだとちょっと驚くかもね」


少し間を置いてから、説明を加える。

「それから、この街では、何かトラブルが起きた時は、ここで決闘して勝った方が決める権利を得るの。それがカルタルのルールなのよ」


セリアが目を瞬かせる。

「決闘で決めるってこと? そんなの、戦えない人は不利じゃない?」


「もちろん、そういう人のために代理人を立てるのもあり。だからこそ、この街では腕の立つ人が重宝されるのよ」

ディナはいたずらっぽく笑った。


そして、ふと思い出したように付け加える。

「そうそう、言い忘れてたけど、アリーナの中には、この箱に入らないと入れないの。出入り口がどこにも無いのよ」


リリーが驚いたように周囲を見回す。

「じゃあ、中にいる人はどうやって出るの?」


「致命傷の怪我を負って戦闘不能と判断された場合、または中に入っても動かずにじっとしていた場合、あとは入ってから丸一日経った場合もかな。やがてアリーナから追い出されるわ。いつの間にか箱の中に戻ってるの。もし別の方法で入るなら……観客席から飛び降りるしかないわね」」


ディナは冗談めかして笑い、箱の前から少し離れ、観客席下の通路を指さす。


「ちなみに、泊まる場所はここ。観客席の裏側が部屋になってるの。かつて闘士たちが使っていたんじゃないかって言われてるわ」


部屋に入ると、広さは十分だが簡素で、ベッドだけが置かれていた。

「……思ったより、殺風景ね」リリーがぽつりと言った。


フィオナも小さく息をつき、部屋を見回した。


「お風呂は……?」とセリアが訊く。


「この中には、大勢で使うシャワールームしかないわ」

ディナは小さく肩をすくめた。

「それとは別に、少し離れたところに共同浴場があるわよ。地元の人も利用してる場所でね。湧き水を使ってるからお湯はぬるめだけど、砂を落とすにはちょうどいいと思う」


リリーが小さく息を漏らした。

「共同浴場……観光客も来るの?」


「この街に観光なんてほとんどないわ」

ディナは苦笑して続ける。

「でも、商人や漁師、それに旅人が立ち寄ることはある。お風呂に入るときは、みんな順番待ちよ。まあ、のんびりしたものね」


女性陣は顔を見合わせ、少し困ったように笑った。

「そういうのも、たまには悪くないかもね」とセリア。


「……でも、あんまり混んでないといいかな」

リリーがぼそりと呟き、フィオナが苦笑する。


女性たちのやり取りを聞きながら、レイは少しだけ笑った。

どこか懐かしい空気を感じたのだ。


ふと、かつてセリンで泊まっていた素亭を思い出す。

粗末な宿だったが、不思議と落ち着けた。

一泊銅貨十枚、変な爺さんがやっていた宿だ。

あとで聞けば、その爺さんは王都でも名の知れた鍛冶屋で、今の剣はその爺さんたちに打ってもらったものだった。


ディナは笑みを浮かべ、肩を軽くすくめた。

「食事は近くの酒場で、沿岸部の魚を中心にした料理を出してるわ。自由に使ってもらって構わない。あたしの客だって言ってあるから、変なちょっかいとかもかけられないはずよ」


一通り案内を受けたレイは、女性たちの後ろ姿を一瞥すると、情報をボルグルたちに伝えるため、再び港へ向かうことにした。


港へ向かう途中、レイは思い出したように問いかける。

(なあ、アル。この間の神器の時みたいに、あのコロッセオを見た時に、いきなり情報が入ってくるようなことはなかった?)


(いえ、何もありませんでした)

(そっか。コロッセオのことが何か分かるかなって思ったんだけどな)


(写し身に関してですが……多分、起こりえることがあります。実際に起きた時、慌てないように伝えておきます――)


レイは歩みを止めず、港へ向かった。


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