第358話(漂流者の街)
レイたちは船長と話し、航路を決めた。
荒れた東の海は危険が高く、天候の変化も読みにくい。
そこで、先に比較的安全な西と南を調査し、最後に海が荒れやすい東を回る方針となった。
西へ向かうときは季節風を横から受けて進みやすく、今の風なら魔石の温存ができる。
西から南へ向かう途中は風が乱れるため、帆と動力を併用する。
そして南から東へ抜ける際は向かい風になるので、動力航行で進むのが良さそうだ。
西に向かって五日目、船は帆だけを使ってゆっくりと進んでいた。潮風に帆がはためき、甲板には穏やかな波の揺れが伝わる。
見張りから声が上がった。
「前方に島影!かなり大きいです!」
それを聞いたレイは船首へ駆けた。
水平線の向こうに、ぼんやりと陸の影が見える。
雲の切れ間から差す陽光が、山のように盛り上がった島の輪郭を照らしていた。
「……大陸か!」
船上の空気が一気に引き締まる。歓声やざわめきが湧き上がり、船の甲板に緊張と興奮が混ざった。
だが、大陸は砂と岩が広がる荒涼たる地だった。緑はほとんどなく、所々にまばらに生えたサボテンが影を落としているだけだ。
見張りが声を上げた。
「南側に街があります! 港も見えます!」
石造りの建物が並ぶ港があり、人の姿も確認できた。だが、大きな外洋航海用の船はなく、小さな漁船や手漕ぎ船が浮かぶだけだった。
レイたちは港に向かうことにした。
近づくと、その規模に驚かされた。岸壁は古いがしっかり整備され、水深も十分で、大きな船でも停泊できそうだった。
しかし、港には大型船は一本もなく、小さな船だけが浮かんでいる。
港へ進路を取り、船を進めると、レイたちが持っていた盾から小さな共鳴音が響き始めた。
「盾のある場所が近い!」
盾を探したい気持ちはあるが、港に船が入ると人々が次々と集まってきた。ざわめきの中で耳を澄ますと、皆が大陸共通語で話していることが分かる。
「なんでここで大陸共通語が……?」
と不思議に思っていると、港の近くにいた男が船の方に歩み寄ってきた。
「あんた達、どこから来たんだ?」
ルーク船長が答える。
「この船はイシリア王国から来ました。ちょっとした調査で、古い盾を探しているところなんです」
「おお、イシリアからか。船はこれ一艘なのか?」
その男によると、この港にはマルカンド共和国やエルセイド王国、そしてイシリア王国の船乗りも集まっているらしい。
ここは、大陸各地から漂着者が寄せ集まる場所らしかった。
航海用の大型船を作れるほどの木材が手に入らない大陸で、漂流者たちは小さな舟で漁をしたりしながら暮らしていた。古い遺跡を寝ぐらにしている者もがほとんどだという。
漂流者たちは国に帰りたい思いを抱き、無傷で到着したレイたちの船に何とか乗船できないかと考えていた。
だが、レイたちには盾を探すという目的があり、乗員や物資の都合もある。助けたいの気持ちはあるが、簡単に受け入れるわけにもいかない。この船は探索船で、これからもっと危険な場所へ向かわなければならないのだから。
話を進めるうち、雰囲気は次第にきな臭くなり、押し問答が始まった。
「いや、我々はこの後さらに南へ向かう計画があります。乗員は既にいっぱいで、これ以上乗せることはできません」
男の顔がいきり立った。周囲の者たちも声を荒げるが、最初は怒号ではなく訴えに近い。
「頼む、頼むんだ。俺らもここに漂流して、もう三年になる。長いヤツは十年だ。まともな船なんて何年も見ていない。家族も国も待っているんだ。なあ、助けてくれないか」
別の者が続ける。
「食い扶持は出す。漁の分け前でも、労働でも、金でも何でも払う。船の補修だってやる。頼む、ひとまず数人だけでも」
男たちの声には疲労と切実さが混じっている。ざわめきがざっと波打ち、甲板の船員たちの顔にも揺らぎが走る。レイは一瞬、胸が締め付けられるのを感じた。だがルークの顔は硬い。彼もまた計画と責任を抱えている。
「申し訳ないが、この船は探索専用だ。物資も定員も限られている。無理に詰め込めば、次の調査で全員が危険に晒される」
「俺らだってここで必死に生きてきた。どうしてお前らだけが行けるんだ!」 口調が荒くなる者が出た。拳を握りしめ、言葉のトーンが怒りへ傾く。
男の顔がいきり立った。周囲の者たちも声を荒げる。
「乗せてくれないなら奪うまでだ!」
一人が先んじて叫び、手にした投げ縄を甲板に放つ。縄は手すりに絡み、数人がそれを頼りに一気に船へ乗り込もうとした。
ルーク船長が舵を握り、鋭く叫ぶ。
「止めろ! 手を出すな!」
だが即座に飛びかかる者があり、船員たちと短い押し合いになる。棒や短剣が手に取られ、甲板は瞬時に緊張で張りつめた。レイは間に割って入るか、仲間に命令を下すか迷う。盾の共鳴がかすかに高まり、時を促すように響いている。
「プリクエル、バックだ! 急ぐぞい!」
「分かったぜ!」
ボルグルが機関室へ駆け下り、魔道タービンに点火する。
逆転レバーを引き、蒸気の流れを切り替えてプロペラを逆回転させる。低い唸りが甲板まで届き、汽笛が一度鳴った。水面が泡立ち、船体が港から押し戻される。
その瞬間、岸のあちこちから驚きの声が上がった。
「おい、船が下がってるぞ!」
「風がないのに動いてる!」
乗り込もうとした者たちは慌てて手すりにしがみつくが、次々とバランスを崩して海に落ちた。甲板の緊張は、混乱の慌ただしさに変わる。
船はゆっくりと港から離れ、波に揺られながら、やがて沖合に出た。波が静かに船体を揺らす。甲板ではまだざわめきが残っていたが、緊張は徐々に解けていった。
「これじゃ港に戻れないですね」
レイが小声で言う。
ルーク船長が俯いて肩をすくめる。
「ちょっと難しいですな。あの連中、数が揃っている。正面から押し切られたら厄介です」
「あの港の街のどこかに盾があるのは間違いないニャ」
「そうだな、近づくにつれ、共鳴音が強くなった」
セリアが遠くを見やり、声を潜めて言った。
「でも、あのままでは正面突破は無理ね」
港を改めて見渡すと、漂流者たちが船を見て声を上げ、手を振ったり叫んだりしていた。その様子が、これからの行動が容易ではないことを物語っていた。
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