第357話(あの頃と今)
出港から十八日目、ランプの明かりが揺れる船の食堂。
波の音がかすかに壁を伝い、外はすっかり夜に沈んでいた。
木製のテーブルを囲み、レイたちは湯気の立つスープを前にしていたが、誰も手をつけようとしない。話題は自然と、昼間の“球体の内部”のことに移っていた。
「それで……音が一段と大きくなったのは、イーサンが扉から中に入って火の盾を掲げた直後だったよね?」
セリアが言う。
「そう。火の盾が反応して、次に土の盾も共鳴を始めた感じです。その瞬間、魔法で動きが止まったのもありますが、石像の抵抗も弱まったように思えました」
レイはテーブルに手を置き、静かに説明する。
「共鳴か。あとは残りの三つの盾をどう見つけるかが問題だな」
フィオナが眉を寄せながら言った。
「その共鳴を利用しようと思います。近づけば盾同士がきっと反応するはずです」レイは言葉を続けた。
「そして、残りの盾の位置を推測できそうな手掛かりもあります」
レイは話題を壁画に移す。イーサンがメモに描いた壁画の写しをテーブルに置き、指でなぞりながら説明した。
「真ん中の球体と、その上空に翼を広げブレスを吐く龍、その下に沈む神殿、右には剣を掲げた兵士、左には大波……これが象徴のようです」
リリーが小さくうなずいた。
「なるほど……あの球体が土で、龍が火なら、沈む神殿は水。兵士は“物理”を象徴しているのかもしれない。そして大波は風……そんなところね」
レイが補足する。
「壁画の球体と龍神様の位置関係から、北の龍神が火、南の球体が土。さらに南に行けば沈む神殿、西には剣を掲げた兵士、東の荒れた海……次の手がかりになるはずです」
サラが笑みを浮かべ、まとめた。
「この海域を中心に、南と東と西に行けばいいってことニャ」
「なるほどのぅ、確かに理にかなっておるわい」
ボルグルは唸るように言った。
レイは地図を指しながら続ける。
「球体の島の位置は記録しましたが、この先の海域は依然として不明です。ですから、盾の共鳴を頼りに、距離と方角を確かめながら進むことになります」
その話のあと、女性陣の顔に微かな笑みが浮かんだ。くすくすとニヤニヤしているのが、レイの目にも入った。
「やはり変わったわよね」
「そうだな」
女性陣は小さく笑いながら自然とレイのことを話題にした。その笑みは、ほんの少しだけ船の食堂に静かに響く。
レイは首をかしげた。
「何かおかしなことでもありましたか?」
セリアが少し間を置き、口を開いた。
「このところ、レイ君が居ない時にみんなと話してたんだけど……」
セリアはフィオナとサラに目を向ける。
「セリンでフィオナやサラに出会った頃と比べて、レイ君って本当に成長したよねって話をしてたの」
「初めてレイに会った時は、フィオナをオークジェネラルから助けた時だったニャ、その時は顔が真っ青だったニャ。それが今じゃ龍神と勝負するまでになったニャ」
サラがにやりと笑う。
「Eランクに上がった頃は、毎日『ゴブリンの穴』に行ってゴブリンと戦い、生傷も絶えなかったわ。その度に本人は『剣の扱いが少し上手くなった』とか『戦いのコツを掴んだ』って言うけど、毎回どこかしら怪我して帰ってきたのよ」
セリアは当時、ギルドの受付嬢として見守っていた。何度も「パーティを組むように」と勧めたものだ。
その頃のレイを知るセリアは、少し感慨深そうに顔を伏せた。
「特にアルディアに行って大聖者になってからは、ホントにレイ君なのかと思える行動も増えたなって」
「そんなに変わってないと思うんですけど?」
レイが首を傾げると、リリーがにやりと笑った。
「いやいや、国王の手紙だってスラスラ書いちゃうし、この間も船長に論文の話してたでしょう?」
リリーが茶化す。
「出会った頃、赤レンガ亭で傷の手当てをしていた時に話していた本の話題は、密偵シリーズだけだったぞ」
フィオナがからかうように言った。
「やはり、アルのおかげなのかしら?」
「そうですね。アルがいなかったら、まだEランク冒険者のままだったかもしれません」
レイの網膜に映るアルのアバターは、淡々と無言のまま。
微かに、視線だけこちらに向けているようだった。
アルも、褒められるのは苦手らしい。
「そうだニャ。アタシも段々、“少年”と呼びにくくなってきたニャ」
サラが微笑む。
「サラさんに“少年”って呼ばれるの、もう慣れちゃいましたから。
今さら違う呼び方されると、逆に落ち着かないですよ」
レイは苦笑しながら頭をかいた。
「そうやって照れているところは、昔から変わらないんだけどね」
女性陣のくすくす笑いが、静かな船の食堂に溶けていった。
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レイのヘタレもなりを潜めて、魔改造が行動に現れるようになりました。
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