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第351話(ヒカリイカ漁)

シルバーが海を走った島から、約一週間。船は凪に沈んだ海の上をじりじりと進む。帆は畳まれ、スクリューの回転だけがかすかに水面を揺らした。


機関室ではボルグルが魔石の樽を確認し、プリクエルがタービンを点検している。


「魔石の消費が……このままじゃあと二日で半分を使ってしまうぞい」

ボルグルが樽を叩き、声を張る。


「毎日スクリューで進んでるんだぜ。メンテもしないとヤバイぜ!」

プリクエルはタービンを見つめ、眉をひそめた。


魔石の残量も気になり、ボルグルは甲板に駆け上がった。


「船長、そろそろメンテせんとヤバいぞい。船を停めるか、帆で進むようにせんといかんわい!」


ルーク船長は答える。

「ずっと風が吹いていないんです。船を停めますのでメンテをお願いしたい」


ボルグルは頷く。

「分かったわい。でも魔石の消費も早いぞい。後二日もスクリューだけで進んだら在庫は半分になるぞい」


「そうですか……」


そのやり取りをしていると、レイが甲板に上がってきた。シルバーの様子を見に来たらしい。


ルーク船長が声をかける。

「レイ殿、ちょっと良いですか?」


「どうしましたか?」


「実はここ一週間、風が吹いておらず、ずっとスクリューで航海していました。一度メンテを入れないといけません。それと、この間に魔石の消費が加速しています。安全に航海を続けるなら、一度引き返すのもやむを得ないかもしれません」


「そうですか……風が吹いていないのは気になってました。どうするのが良いか、一度相談した方が良さそうですね」


「分かりました。後二日のうちに判断しましょう」


ルーク船長は頷くと、声を張り上げた。

「全員、注意! 本船はメンテのため、ただいま停船する!」


船員たちは手早くスクリューの制御用レバーに駆け寄る。

「了解! スクリュー停止!」


船員が力強くレバーを引くと、プリクエルが魔道タービンの魔力供給を止め、スクリューがゆっくりと停止した。


「よし、止まったな。じゃあメンテに取りかかるぞい」

ボルグルは短く言い残し、甲板から機関室へと戻っていった。


甲板には、ルーク船長とレイ、そして仲間たちが集まる。

潮の匂いと陽の光の中、レイが口を開いた。


「この凪、しばらく続きそうですね」


ルーク船長は頷く。

「ええ。魔石の残量を考えると、進むにも戻るにも判断が要ります。意見を聞かせてください」


セリアが眉を寄せる。

「魔石を補充できる場所があればいいんだけどね…」


フィオナが腕を組む。

「海の魔物がいれば、補充も可能ではないか?」


リリーが不安そうに尋ねる。

「でも、海の魔物なんてそうそうお目にかかれるものなの?シーサーペントとかなら勘弁して欲しいんだけど」


ルーク船長は腕を組み、少し考えてから言った。

「ふむ、海の魔物ですか。そうですね……“ヒカリイカ”という魔物がいます。南の海でも広い範囲で見られるイカ型の魔物で、夜になると光に誘われて集まる習性があります。魔石はオークのものより小さいですが、強い光を焚けば群れで寄ってくることもあります」


「それ、やってみませんか?」

レイが提案する。


「問題は強い光ですね。漁火のようなものはこの船に積んでいませんから、何かで代用する必要があります」

ルーク船長が肩をすくめる。


「それなら考えがあります」

レイは口元にわずかに笑みを浮かべた。



***


夜になり、海は濃紺の闇に沈んだ。

月の光が水面に淡く反射し、凪いだ海は鏡のように静かだった。

船員たちは甲板に集まり、息をひそめて様子を見守っている。


レイは小舟に乗り込み、海中へ手を伸ばした。

両手で魔力鞭を広げると、その中にアルが放ったナノボットが舞い込む。

それらは治癒魔法の演出用に使われる発光素子を備えており、青白い光を帯びながら水中を漂い始めた。

やがて海面には、ゆらめく光の帯が広がっていく。


ルーク船長が甲板から身を乗り出し、不思議そうにその光景を見つめていた。

レイは船長の方を向いて言った。


「治癒魔法の光は、魔力の粒子が生体エネルギーと反応して発光するんです。

それを水中に拡散させれば、海の粒子が光を散らして、理屈の上では、より広く明るくなるはずです。

あとはその粒子を安定化させれば……夜の海でも灯りになります」


少し間をおいて、レイは続けた。

「アルディアの書庫で読んだんです。『光の原則』という古い論文に、似た理屈が書かれていました。水や霧の中では、粒子が多いほど光が拡散しやすくなるって」


ルーク船長は感心したようにうなずいた。

「なるほど、いや、すごいですな。治癒魔法の光にこんな使い方があるとは……!」


(実際はナノボットが光ってるんだけど……)

レイは内心で頭を掻いた。


しばらくすると、光に誘われるように、ヒカリイカの群れが姿を現す。小さな個体が無数に海面を泳ぎ、光に向かって浮上してきた。群れは夜空に舞う星々のように船を取り囲む。


「準備はいいか! 網を広げるぞい!」

ボルグルが叫ぶ。


船員たちは手際よく網を広げ、光に浮かぶヒカリイカを次々とすくい上げていく。小型の個体でも力が強く、二人がかりで押さえつけながら足を引き抜くと、胴体の奥から魔石が姿を現した。


数個の魔石が取れたところで、ボルグルが目を輝かせた。

「よし、十分だわい!」


彼はそれを布袋に放り込み、勢いよく立ち上がると機関室へ駆けだした。


「タービンが動くか試すぞい!」

背中に飛んだ水しぶきも気にせず、足音を響かせながら走っていく。


機関室に飛び込むなり、ボルグルが魔石を炉に差し込んだ。

「ヒカリイカの魔石で、タービンが回るか試すぞい!」


プリクエルが計器を確認しながら言う。

「出力は低いはずだぜ、無理はするなよ」


ボルグルがレバーを押し込むと、

――キュルルル……ゴウン、ゴウン。

タービンがゆっくりと回転を始め、推進軸に軽い振動が伝わる。


「おお、回ったぞい!」

「トルクは低いが、これなら船を進められるぜ」


ボルグルは笑顔で扉を開き、デッキに向かって声を張った。

「よし、みんな! 船をゆっくり進めながら、ヒカリイカを捕まえるぞい!」


船員たちは青白く光る魔石を一つずつ丁寧に樽に詰めていく。夜の海に輝く無数のヒカリイカと、光に反射して青く煌めく魔石。凪の海に浮かぶ幻想的な光景に、セリアたちは思わず見入った。


「綺麗ね…」

「海の中に星が光ってるみたいニャ!」


やがて樽は一杯になり、この漁で二日分の魔石を確保することができた。

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