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第349話(覚悟)

村人たちは礼の印にと、村で獲れた芋や地酒、大きな魚を持たせようとした。しかし、レイたちは食糧難の島から食料を受け取るわけにはいかないと、やんわりと断った。


代わりに、自分たちの船に積んでいた食料を差し出し、それを使って宴会を開くことになった。

マツコ村長やアイスケ村長、そして村人たちと笑いながら杯を交わす時間は、ほんのひとときの再会の余韻に満ちていた。


こうしてピポピ村とチャソリ村の面々、そしてレイたちは、別れを惜しみながらこの地を後にした。


龍に乗った際に見た島の位置をもとに、レイは事前に確認しておいた方角をアルに計算してもらい、次の島へと進路を取った。途中、帰らずの島にも立ち寄る予定だ。


船上では、シルバーが小さくいななき、前脚で甲板をカリカリ引っ掻きながら、ずっと島に上陸できなかったことへの不満を表していた。尾をぶんぶん振り回して怒りを示すシルバーに、レイは優しく近づき、頭を撫でた。


「まあまあ、落ち着いて。次は連れていくから」


機嫌が直ったシルバーを確認すると、レイはそのまま食堂に向かい、龍神から渡された盾を囲んで話し合いを始めた。


「龍神様から渡された、この盾なんですが、後四枚がこの世界に点在していると言っていました」

レイが皆に説明する。


「南方ではなく、世界全体と仰ったのですか?」

ルーク船長が眉をひそめて訊いた。


「そうですね。一気に範囲が広がってしまった感じです」

レイは肩をすくめ、軽くため息をついた。


「だから、龍神にもう少し話を聞くニャ」

再生治療で尻尾の先が治ったサラは、以前のように明るい表情でそう言った。


「チャソリ村に降りた時にもっと聞ければ良かったんですけどね。『また来い』と言って飛んでいってしまいましたから」


「それにしても、この盾、一体何で出来ておるのかのう。こんな材質は初めて見るぞい」

ボルグルは首をかしげて、じっと盾を見つめた。


「龍神様は神器と呼んでいました」


「帝国はこの盾を欲しがっていたのかしら。それに、なんでこの盾があることを知っていたのかも不思議よね」

リリーが首を傾げながら言った。


レイは心の中で皇帝とのやり取りを思い浮かべながら言葉を継いだ。


「帝国も、まさかこの盾があと四枚あって、それが一つの神器である情報は掴んでいなかったと思います」


そしてレイはふと考え込んだ。


確かに、この盾が揃った場合、この世界で無敵の戦士が生まれ、世界の均衡が崩れるのもおかしくない。


だが、皇帝が言った「イシリア王国に道がある」という言葉と、皇帝自身がその道に同行すると言った言葉が、どうしても頭から離れなかった。


盾、光、五つの道、そして龍神が言った「アルは神器」という話。

さらに、正しき"死”が必要になる時、再び神器は集まる。


線が多すぎて、レイの頭はぐるぐると混乱していった。

どう繋がるのか、考えれば考えるほど、理解が追いつかない。


(レイ、ここまでの情報が集まった今、個人の力では限界があります。もっと多くの仲間を増やすべきです。ただし、“正しき死“に対して向きあえる覚悟を決めてもらうことが条件になります)


アルの声が頭の中で響き、迷いかけていたレイの思考をそっと整理した。


レイは深呼吸をひとつして、ここにいる人たちの顔を順番に見渡した。

セリア、リリー、イーサン、ボルグル、プリクエル、ルーク、サラ、フィオナ。


「龍神様が言っていました。“正しき死”が必要になる時、再び神器は集まる、と」


レイは一度言葉を切り、視線を仲間たちへ向けた。


「だからこれから話すことは、自分の命を“正しき死”に向かって差し出す覚悟がある人だけに話します。話を聞く前に……それぞれ、どうするか選んでください。もちろん、聞かないからといって弱いわけではありません。覚悟の内容は人それぞれです」


一瞬、食堂は息を呑む静寂に包まれた。


部屋の空気が張り詰まる中、ルーク船長が静かに立ち上がった。


「私はこの船を預かる身です。ここにいる全員を無事にイシリアの港に戻すのが私の役目ですので」


言い終えると、迷いなく部屋を後にした。

続いてプリクエルも立ち上がる。


「命が惜しいわけじゃないぜ。ただ、モノを作る力があっても、オレに戦う力はないんだぜ」


そう言うと、彼も席を立った。


イーサンが少し何か言いたげな顔でレイの方を見る。

レイが視線を返すと、イーサンは意を決したように口を開いた。


「私は教会から派遣された身です。ただし、最後までレイ様にお仕えしたいと思っています。そのためには、自分に降りかかる死であっても受け入れる覚悟はあります。こんな私ですが、資格はあるのでしょうか?」


レイは静かに頷き、言葉を返した。


「イーサン、正しき死が、もしかしたら教会の教えに背くことになるかもしれない。それでも良いの?」

「それがレイ様のお考えであるならば、従うのが従者の役目です」


「ありがとう、イーサン」


その話が終わった瞬間、ボルグルが立ち上がった。

レイは一瞬、彼が部屋を出るのかと思った。

しかし開口一番、豪快な声が響いた。


「待ちくたびれたわい、さっさと話さんかい!」


思わず、残りのパーティメンバーは目を丸くする。

そしてセリアが、ちょっとお冠の顔で口を開いた。


「レイ君、もしかして、まだ何か隠してたの?」


ボルグルの勢いとセリアの問いかけに、一瞬場の空気は軽くなった。

それでも話の重みを察したのか、皆の視線は自然とレイに集中した。


レイは深く息をつき、ゆっくりと口を開く。


「帝国の呼び出しを経て、皇帝に会った時の話です。皇帝はオレのことを“鍵”だと言っていました。

最初、この話を聞いた時は、何のことなのかよく分かりませんでした」


サラが小さく息を呑んだ。


「ただ、今は違います。パーティメンバーの皆に“精霊様”と紹介していたアルが、龍神様の話では古代文明の神器の一つだとわかりました。これはアル自身も初耳な情報でした。そして、正しき“死”が必要になる時、再び神器は集まるという言葉。これで、アルがいることによってオレが“鍵”になる理由も説明がつきます」


リリーが軽く眉をひそめる。


「その盾が示す“道”が現れたとき、世界の均衡は崩れると言っています」


セリアが腕を組み、じっとレイを見つめた。


「そして、帝国が南進を進めた理由の一つも、これに関係しているようです」


フィオナが小さく頷いた。


「そして皇帝の要求は、『盾が揃い、その道が現れた時に、皇帝自身を同行させてほしい』というものでした」

レイは少し間を置き、視線を仲間たちに巡らせる。


「この盾を探すのが、今回の南方探索の理由の一つです。

しかも、この盾が揃うだけでも、世界の均衡を崩す原因になり得ると思っています。

そして、この件に関しては、オレたちよりも皇帝の方が、はるかに情報を持っていることが分かりました」


レイは一度言葉を切り、静かに息を吐いた。

仲間たちの視線が集まる中、再び口を開く。


「でも、龍神様の話を聞く限り、皇帝は何かを知りながらまだ情報を隠しているとしか思えません。

その言葉の意味と、この盾が集まるとどうなるのか、まず、オレたちが確かめる必要があります」


食堂は一瞬の沈黙に包まれた。

誰もが言葉の重みを噛みしめている。


その静けさを破ったのは、やはりボルグルだ。


「ちょっと待つんだぞい、情報が多すぎてよく分からんかったわい。もう一回頼むぞい!」


レイは眉をひそめ、口元に苦笑を浮かべた。


残りの仲間たちは思わず笑いをこらえ、食堂に少しだけ温かい空気が混ざった。

こうして、新たにレイの仲間にボルグルとイーサンが加わった。


第十一章 完

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