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第342話(帰らずの島)

「争うつもりはありません。その“迷い人”のようなものです」

レイは穏やかな声でそう応えた。


先頭の男はじっとレイを見つめたまま、仲間に目配せをした。

「お前も鉄の箱に乗って来たのか?」


「鉄の箱?」

レイは首を傾げた。

「他にも、その箱に乗って来た人がいるのですか?」


男は小さくうなずいた。

「何年か前にも、鉄の箱に乗ってここにやって来た者がいる」


セリアが小声でレイに囁く。

「それって……もしかして、村長の奥さんのことじゃない?」


「可能性は高いですね」

レイは小さくうなずいた。


「その“箱から出てきた人たち”は、今どこにいるのですか?」


男はわずかに警戒を強め、目を細めた。

「村で保護している。お前らも同じ仲間じゃないのか?」


レイは静かに首を振った。

「いいえ、仲間というわけではありません。ただ、その人たちは“チャソリ村から来た”と言っていませんでしたか?」


「さぁな。なんという村から来たのかなんて、忘れた」


「その人たちと話をしたいのですが」


男はしばし黙り込み、仲間と短く言葉を交わした。それからレイに向き直る。

「……村で話を聞くといい。話ができるかどうかは、長が判断する」


男が手で合図して、レイたちを先へ促した。


茂みを抜け、しばらく土の道を進むと、湿った風が肌をなで、どこからか香辛料のような甘い匂いが漂ってきた。


やがて、木と竹を組み合わせた家々が現れた。屋根は乾かした大きな葉で葺かれ、軒先には貝殻の飾りが風に揺れている。

道の脇には果物が実った木が並び、赤い花が咲き、遠くで鶏の鳴き声が響いた。


男は立ち止まり、レイたちに向かって言った。

「ここが長の家だ。待っていろ」


木の塀に囲まれた敷地の奥に、大きめの建物がそびえていた。屋根は他の家よりも高く、乾かした大きな葉を幾重にも重ねて葺かれている。


男は一礼し、扉の前で手を叩いた。控えめな声で呼びかける。

「長よ、迷い人を連れて来ました」


扉がゆっくり開き、奥から年配の人物が現れた。

灰色に近い長い髪を後ろで束ね、褐色の肌に鮮やかな布を巻いている。目は深く、周囲を静かに見渡し、村の者たちに指示を与える落ち着いた佇まいだった。


長はレイたちを一瞥し、短く声を発した。

「……連れてきたか」


男はうなずき、軽く視線を下げる。

「はい。前に来た迷い人の話を聞きたいと言っています」


長は少し間を置き、鋭い目でレイたちを順に見渡した。

「外の者よ……。名は?」


レイは一歩前に出て、落ち着いた声で答えた。

「私はレイと申します。鉄の箱に乗ってここに来ることになりました。争うつもりはありません。以前こちらに来た、同じように鉄の箱に乗って来た迷い人について、どうしてもお聞きしたくて参りました」


長はしばし沈黙し、鋭い目でレイたちを順に見渡した。

「何を知りたいのだ?」


レイは言葉を選びながら答えた。

「その三人は、チャソリ村の出身ではないかと思われます。チャソリ村に立ち寄った際、そこの村長から行方不明になった者がいると聞きました。もしご存じでしたら、詳しくお聞きしたく……」


長は目を細め、考え込むように静かに間を置いた。

やがてゆっくりと頷き、男に向き直した。

「ユウタロウ、ユカリ、レンカを呼べ」


男は素早くうなずき、敷地の奥へ駆けていった。

「承知しました」


やがて、三人の男女を連れて案内役の男が戻ってきた。


三人はそれぞれ自己紹介を行い、チャソリ村は自分たちが暮らしていた村と教えてくれた。


先頭のユウタロウは、三十代前後に見える落ち着いた体つきで、額に少し線はあるが、目は鋭く周囲を注意深く見渡していた。ユカリは中背で、肩まで届く黒髪をざっくり束ねている女性だ。

レンカは細身だが立ち姿はしっかりしており、栗色の髪をしている。動きには無駄がなく、静かな包容力が漂っていた。


レイは三人に向かって話しかけた。

「皆さんは、フウガン君、ユウキ君、ユキノさんの親御さんで合ってますか?」


レンカが少し前に出て、驚いた声を上げた。

「ウチの息子を知っているのですか? フウガンは…あの子は元気ですか?」


後ろにいたユウタロウとユカリも、ユウキとユキノの名前を聞き、目を見開いた。


レイが深く息をつき、落ち着いた声で話を切り出した。

「五年前、チャソリ村で神隠しにあった方々のことを知りたくて参りました。私たちもその話を聞き、神社を調べていました」


三人は互いに顔を見合わせ、沈黙が一瞬流れる。


レンカが静かに口を開いた。

「……それなら、私たちのことを聞きたいのね」


ゆっくりと息をつき、遠くを見つめるように話し始める。

「五年前、私たちは奉納する魚を神社に届けるために向かいました。その途中で……火山が噴火したのです」


ユウタロウが少し身を乗り出すようにして続ける。

「噴火はそれほど大規模ではありませんでしたが、その日は神社の祭壇に階段が現れたんです。なぜ、こんなところに?と思って色々見ていたら、外に出られなくなってしまった」


ユカリも小さく息をつきながら説明を加える。

「仕方なく階段を降りていくと、鉄でできた箱が向こうからやってきました。それに乗ったら、この島に流れ着いたということです」


レンカが苦笑交じりに肩をすくめる。

「島から出ようと船を探したり、作ろうとしたこともありました。でも、この島では船を作ること自体が禁忌で……」


三人の表情はどこか痛みを含み、重みを帯びていた。


レイは眉を寄せ、素直に尋ねた。

「この島に船は無いんですか?それに、なんで作っちゃいけないんですか?」


長は咳払いをひとつして、レイたちを見渡した。

「ふむ……それはワシが話そう。この島にはな、龍神様が住んでおる。あやつは気性が荒うてのう。船が近づいたり、作られたりすると、たちまち怒って、その船を燃やしてしまうんじゃ」


ユウタロウも続けるように頷いた。

「だから、船を使って脱出することは到底できませんでした。それで、乗ってきた鉄の箱で戻るしかないと考え、その箱が着いた場所に向かいましたが、待てども鉄の箱は現れませんでした」


レイは小さく息をのんだ。

「ここが……帰らずの島なのか」


古くから棲むという龍が、近づいた船を灰にする。その伝承は本当だったのだと、レイは静かに思ったのだった。


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